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デパートのルネッサンスはどこにある? 2021年04月15日号-23

百貨店は『絶滅危惧種』なのか

あるアンケート

 百貨店の利用について、1万人以上に聞いたアンケートがある。その調査によると、百貨店に半年に1回以上行く人は約45%、月に1回以上行く人は 20%弱となった。百貨店の利用率は減少傾向が続いており、2018年からは年々、減少幅が大きくなっている、という。

 他の商業施設ではなく、百貨店を利用する場面としては、「デパ地下を利用する時」が38.9%、「菓子折り、お土産、差し入れなどを購入する時」「プレゼントを購入する時」がそれぞれ20%台だった。よく読むと、菓子折りや差し入れも、実体としてはスイーツ( お菓子) である。つまり、自家需要の総菜で4割弱、食品のギフト需要で2割強ということである。結果、実質百貨店利用の60%が食品= デパ地下での購買であることが判る。

 本紙前号(4月1日号)でも触れた様に、ファッション離れが加速する百貨店にあって、デパ地下がデパートの生命線となっている事の証左であろう。

 最近、百貨店以外で購入するようになった商品がある、と回答した人は、百貨店利用者の50%弱おり、前述のファッションに限らず、コロナ禍での顧客の脱都心志向が、脱百貨店傾向を、生み出していることが読み取れる。

 百貨店の魅力については、「高級感がある」(41.8% )「商品の品質が良い」(29.0% ) などがあげられ。逆に不満については、「価格が高い」が64.1%で、「店員が煩わしい」(13.1% ) を大きく上回った。店員が煩わしいは減少傾向であり、以前にも増して「百貨店= 高価」の図式が顧客の意識にあるようだ。

 興味深いのが、利用頻度が高い層になるほど「欲しいブランドを扱っていない」という回答の比率が高くなっていることだ。このまま高額購買者の百貨店離れが進めば、正にその存在意義が問われる事態と言える。

 ※因みに、回答者のプロフィールを見ると、男女比が男性55%に対し、女45%。年齢別では20代までが3%、30代9%、40代22%、50代30%、60代以上36%となっている。

地方百貨店の減少

 2020年1月に山形市の百貨店「大沼」、同8月に徳島市のそごう徳島店が閉店し、百貨店が1つもない「デパート消滅都市」が生まれた。本紙本欄でも度々とりあげているが、「百貨店空白県」とも呼ばれるこの現象、地方、郊外の老舗デパートの閉店は、この1年で着実に進行した。これにより、百貨店が1店舗しかない県は全国で計17となった。

 百貨店があるのは、東京や大阪など人口100万人以上の大都市だけ、という未来が着実に近づいているのだ。人口減少が加速する中、百貨店はいかに変革を進め、新たなスタイルで生き残るか、が問われているのだ。

百貨店は大都市が前提のビジネスモデルか

 百貨店業界はこのまま時代の変化の波にのみ込まれていくのか。

 コロナ禍による在宅勤務の普及や外出自粛で、消費者の行動が大きく変わりつつある今、ターミナル駅に隣接した大型の百貨店が、とくに大きな影響を受けている。

 コロナ影響により外出を控え、都心にある百貨店に買物に出掛ける人が減っている。人が大都市に集まりにくくなっているのだ。百貨店は今までの大都市中心のビジネスモデルを、変えていかなければいけないが、実際はそこまで「踏ん切り」がついていない。

 実は、この10年ぐらいのスパンで見ると、大都市の大手百貨店の売上はあまり落ちていない。百貨店が持っている市場のパイがだんだん小さくなる中で、百貨店は全体として売場面積を調整しながら「しぶとく」生き残ってきたのだ。人口30万人以下の地方老舗百貨店は消滅( 減少) していく中、東京や大阪といった大都市圏の百貨店は、まだ盤石に見える。

 問題は、この先の様々な(小売業界の)構造調整だろう。コロナ禍だけでなく、ECと呼ばれるネット通販がもっと普及してくると、国内から百貨店がなくなるかどうかもそうだが、小売業全体のパイの中で、何が、どれぐらいの確率で生き残っていくのか、という問題だ。

都市と地方の差

 首都圏にある百貨店に比べ、地方都市の百貨店の状況はより深刻だ。岡山の天満屋や熊本の鶴屋など、人口50万人以上の都市であれば、百貨店はそれなりの規模で残っている。ただ、都道府県庁所在地でも、鳥取や徳島など、人口20万~30万人規模の都市では、前述した様に厳しいのかもしれない。10 ~20年前であれば、百貨店はもっと人口規模が小さい街でも成立していたが、顧客の選択肢が増えた今では、それが不可能になりつつある。このことは、山形の大沼や、そごう徳島店を例にあげるまでもない。

地方デパートの淘汰

 それでは、10年後には、人口が中小規模の地方都市から、百貨店は淘汰されてしまうのか。

 かつては人口30万人程度の地方都市でも駅前に百貨店があり、日々の買物は商店街やスーパーといった近くのお店で済ませるが、「ハレの日」は百貨店でファッションやギフトを買っていた。「百貨」というくらいだから、様々なバリエーションの商品を扱っていた訳だ。

 現在は、その多くが大型専門店などに需要を奪われてしまった。典型的なのは、かつて百貨店に大きな需要があった家電や家具である。それが今では、家電量販店やニトリなどの大型専門店に取って代わられたのだ。

 もちろんこれは地方百貨店に限った話ではない。都心の大手デパートでも、家電のノジマや家具のニトリをテナントとして誘致することは、珍しい事ではなくなった。

百~三十貨店に

 ニューヨークにブルーミングデールズという大型百貨店がある。本紙3月15日号と4月1日号に掲載した特別寄稿 でも特集しているが、アメリカ郊外のショッピングモール内には、そのブルーミングデールズ本店の2~3割の規模で、同店舗のテナントが入居している。ブルーミングデールズは、その地域の消費規模や消費特性に合わせて、ファッションや化粧品などを「厳選して」提供しているのだ。

 日本の地方百貨店でも、基本的なニーズがある化粧品やアパレル、高額品、あるいはデパ地下の食料品などに絞って、市場規模に合わせた業態に変えていく、という手法は考えられる。百貨店ではなく三十貨店、と呼ぶ専門家も居る様だ。

テナント・不動産業

 近年、百貨店フロアのテナント化を進めるなど、不動産ビジネスを強化する流れが、百貨店業界で加速していることは、本欄では何度も取り上げている。その方向性は間違っていない。百貨店の強みは、人が多く集まるところに不動産を持っているコト、だからだ。

 ゼロから銀座や新宿に商業施設を造ろうと思っても難しい。大変失礼な言い方だが、衰退した松坂屋銀座店が無ければ、GINZASIXも無かった訳だ。

 不動産業だけではなく、そこはバランス感覚が重要だ。たとえば、現在の髙島屋のビジネスは、百貨店、子会社である東神開発によるショッピングモールの運営、そして不動産業の3つから成り立っている。本紙12月15日号の本欄「百貨店よ、どこへ行く」でも「脱百貨店」の例として紹介している。

 髙島屋にとって、日本橋は理想的なケースであり、百貨店とS.C.と呼ばれるテナントモールがある。新館にはオフィスビル( 不動産業) もある。全体としてビジネスとしてうまく成り立っているのは、立地が大きく貢献していることは、言うまでもない。

 売場を埋められない地方の百貨店では、ユニクロやニトリに入ってもらう必要性が高くなっている。この流れは、もはや誰にも止められないのだ。

終わったコンテンツ

 百貨店の顧客層は中高年層に偏っていて、若い層をなかなか開拓できていない。※開拓ではなく育成が出来ていなかった、という見方も出来るが。

 百貨店ビジネスの将来性を考えたときに、「オワコン」だという見方をする人が多い。

 実際に日本の小売業の歴史を見ると、スーパー( ストア) のダイエーは、戦後の高度成長期を背景に、1972年に日本最大の売上高になった。何と 15年という短期間で、ゼロから日本最大になった訳だ。
※この時期には野球チームのオーナーでもあった。その後、チームが携帯電話の企業に引き継がれたことも、時代の変遷を感じさせる。
しかし、次の30年間で経営が行き詰まってしまった。

 1990年代に郊外のロードサイドから、都心の一等地に進出をはたし、文字通り時代の寵児であった紳士服チェーンの青山やアオキも、コロナ禍を経て、現在は非常に厳しい状況だ。

 飲食業界では、「いきなりステーキ」の名を挙げるまでもなく、もっと極端で、もっと短命な例も、枚挙にいとまがない。
さて、翻って我らが三越や大丸は、創業300年から400年という、栄華を誇っている。「栄枯盛衰」が世の習いであり、小売業界も例外ではないはずなのだが。

カメレオンか不死鳥か

 なぜ、長い歴史を作って来られたのか、というと、それは百貨店がその時代時代によって、その形を変えてきたからだ。1960年代から、アパレルメーカーと組み、二人三脚でやって来て、それが成功して百貨店は大きくなった。
※今ではそれが通用しなくなっていることは、前号「百貨店ファッションの空洞化」に詳しい。

 只、百貨店の強みは、前述の通り、その時代に合わせてビジネスモデルを変えていけるところだ。

 柔軟な発想と言えば聞こえは良いが、レナウンやオンワード樫山といったアパレル大手と組んでいた手を、今度はテナントビジネスを担う、子会社の東神開発( 髙島屋)や、パルコ( 大丸松坂屋)と組み直すだけなのだ。子会社以外にも、三菱地所や三井不動産といった大手から、建設会社~内装業者、中小不動産、果ては小さなリーシングコンサルを含め、テナントを誘致してくれる企業は今、引手あまたで、我が世の春を謳歌しているという。
※詳しくは本紙12月15日号の本欄をご参照あれ。

陳腐化というオマケ

 もちろんテナントリーシングという手法にも、当然限界がある。人気のテナントは百貨店各社の争奪戦の標的となり、必然的に賃料は限界までディスカウントされる。それだけではない、プレイヤー( やり手) 側にも、スタッフや商品の物理的限界があるのだ。

 そして、これが一番厄介な点なのだが、人気店ばかりが出店を拡大すると、どの施設も「金太郎飴」になってしまうというジレンマを抱えてしまうことだ。これは「陳腐化」と呼ばれ、百貨店側はもちろんのこと、顧客=消費者がその陳腐化した店舗を、「オワコン」として認識するからだ。

2021年4月10日

 それでは、現在の大手百貨店の状況を確認しておこう。

 新型コロナウイルスの感染拡大による2度目の緊急事態宣言が3月22日に解除されたのも束の間、半月後の4月8日には「まん延防止等重点措置」が東京の一部市を含む23区と、京都、沖縄に適用された。

 東京の新規感染者数は連日500人を超え、耐えきれなくなった小池知事が、政府に「まん防」を要請したのだ。4月1日から既に適用されている大阪、兵庫、宮城に続く措置となった。

 百貨店店業界にとっては、1~2月に続く3度目の試練となるのだろうか。関係者は皆、久々に戻り始めていた3月の客足が、再び先細りする可能性を危惧している。

 百貨店大手が発表した2021年3月の既存店売上高は、三越伊勢丹ホールディングス、髙島屋、J・ フロント リテイリング( 大丸松坂屋)、エイチ・ツー・オーリテイリング( 阪急・阪神百貨店) とも、1~2月の前年割れから一転、プラスに転じている。

 もちろん「種明かし」をするまでもなく、昨年3月には既に新規感染者数が急増し、各百貨店の売上は下降を始めていた。続く4~5月には、初めての緊急事態宣言の発令を受け、百貨店は休業した。

2020年4月7日

 本紙2020年4月15日号の本欄冒頭を転記する。

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、4月7日夕刻、安倍晋三首相が非常事態宣言を発表した。政府の東京、埼玉、千葉、神奈川の首都圏と大阪、兵庫、福岡を加えた7都府県を対象にした緊急事態宣言を受け、百貨店大手各社は8日から営業自粛=一斉休業に踏み切った。

 前年の3月には、既にコロナ禍に突入していたのだ。当時、百貨店の売上の柱であったインバウンド売上も、既に大幅なマイナスに転じている。 

 そのインバウンド売上は、主に中国からの観光客に支えられて来た訳で、その中国でコロナ最盛期の2020年3月に、日本でインバウンド需要があるはずがないのだ。

 続く前年4~5月は、国民は自粛し、百貨店は(一部食品フロアを除き)休業した。

 今、百貨店の担当者は、少なくとも前年対比の心配だけは、しなくて済みそうだ。救いはそれだけだが。

コロナ禍の1年

 遂に、何も解決されないまま、1年が過ぎてしまった、という印象だ。もちろん筆者は、新型コロナウイルスのまん延防止には、一切貢献していない。それは素直に認める。それが事実だからだ。ただ、人並にマスクを付け、手を洗い、なるべく3密を避ける行動を心掛けている。リモートで仕事もしている。自分と家族と同僚を感染させないために。

 只、この国には、本当に優秀な医者、学者から、厚生労働省の職員にいたるまで、コロナの根絶は無理としても、減らそうとしている、あるいは減らすのが仕事だという人が、それこそ何千、何万人といるはず、なのではないか?

 政治家はワクチン接種を急ぎ、東京オリンピックを開催する、と発言していたのではなかったか? 国民の自粛が足りないと嘆き、「気が緩んでいる」と批判し、マスクを付けたまま会食をしろ、という担当大臣が居たのではないか?観光業が困るから、旅行に行けと金をばらまいたり、やっぱり止めろと言った政治家もいたのではなかったか?誰も使わない布マスクに260億かけた人もいた。使えない接触確認アプリは・・もういいか。

 もちろん国民もいろいろで、マスクをしないで飲食店に入ろうとしてトラブルになったり、飛行機から降ろされたりした人もいた。いろいろな警察が表れては消えた。

 この1年、我々日本人は何をやっていたのだろう。この先の1年をどう過ごせば良いのだろう。

 ただ一つ言えるのは、百貨店は、この未来を、この非日常が日常にとって代わった日本と世界で、商売を続けなければならないのだ。

 そう、飲食店や観光業や医療従事者だけでなく、どんな仕事をしていても、どんな生活をしていても、この困難を乗り越えなくてはならないのだ。
お互い様なのだから。

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