デパートのルネッサンスはどこにある? 2024年04 月15日号-90
イトーヨーカ堂の閉店から考える2 ライバルであるイオンとの差別化
承前
前号で、セブン&アイ・ホールディングスがグループの祖業でもあるGMS ( 総合スーパー) イトーヨーカドーの店舗削減のニュースをお伝えした。
縮小の理由については、競合激化や顧客心理の変化から収益構造の変化( すなわち悪化) などを挙げ、分析を試みた。
そして、デパート業界も他山の石ではないと戒(いまし)めてコラムを結んだ。
その中で、コンペティターとして、カテゴリーキラーや食品ディスカウンターについても言及した。特に、閉店する17店舗中7店舗の受け皿となったロピアについて紙面を割いた。
かつてライバルであったダイエーや西友に比較し「小売りの優等生」と言われたヨーカ堂でさえ、地方マーケットで生き残れない様子を、同じく地方都市での閉店が相次ぎ、絶滅の危機に瀕している百貨店になぞらえて論じた次第だ。
一般論としては、まったくその通りであり、コラムを書いた本人が「混ぜっ返す」のも気が引けるが、デパート新聞としては、いささか皮相的であったとの反省から、若干の補足をしたい。
デパートとGMS
前述した様に「地方百貨店は閉店が続き、このままでは淘汰されてしまう」と、本コラムでは何度も言及している。
だがそれは「地方」であることが大前提であり、都市部の大手百貨店である新宿伊勢丹や梅田阪急、大丸東京が閉店してしまう訳ではないのだ。
只こう書くと、直ぐに「とは言っても、渋谷東急や新宿小田急(※1)だって閉店したし。全国売上第三位の池袋西武だって半分が家電量販店になるじゃないか」という反論も聞こえてくる。筆者の被害妄想だったら申し訳ないが。
※1 先ずデパート新聞社としてお伝えすべきは「小田急百貨店新宿本店は、閉店したのではなくハルク館に移転した」ということである。
もちろんこれについても外野から「本館の建物は既に跡形もないじゃないか、3月29日放送のNHKの『解体キングダム』で見たぞ!」というマニアの方もおられるかもしれない・・・
小田急「本館」は営業を継続しているのだ。もちろん規模は縮小しているが「本館が閉店」は間違いなのだ。本紙は小田急の広報担当から直接クレームをいただいたので間違いない。
もしもNHKの番組を視聴して「新宿小田急本館は閉店した」と思われた方(もちろん受信料を払っている方に限るが)は、日本放送協会にクレームを入れて頂いて構わない。
もちろん番組内でキチンと説明していたら申し訳ない。全部を見てはいないので・・・
閑話休題
話しを戻そう。何が言いたいかと言うと「イトーヨーカドーは、17店舗の閉店を決めたが、それはもちろん、セブン&アイの生き残り戦略の一環である」 という事なのだ。
順を追って説明したい。
ヨーカ堂の都心戦略
第一に、閉店を決めたエリアは北海道、東北、信越地区の店舗だということ。
前号でも述べたが、ヨーカ堂はライバルのイオンとは真逆の、首都圏ドミナント政策をとっており、都道府県別の店舗数を見ると、
神奈川県29
東京都20
埼玉県19
千葉県16
で首都圏は計84店舗。
これに、
大阪府4
兵庫県3
愛知県4
といった中京、阪神の大都市圏を加えると95店舗となる。
念のためセブン&アイのホームページを確認したが、4月7日現在、ヨーカ堂は全国に118店舗ある。
その中で、都心店舗が占める割合は8割を超えており、いかにヨーカ堂が都市部に集中出店しているのかが判る。
イオンの田舎戦略
次に、セブンの最大のライバルであるイオンと比較してみよう。
イオンタウン、イオンモール、イオンショッピングセンターの総数は370店舗である。その中で10店舗以上出店している都道府県を順にピックアップしてみる。(尚、グループ内の食品スーパーは約2,200店舗、ディスカウントストアは約600店舗、そして小型店は約1,000店舗あるが、これは含めていない。むろんコンビニ2,000店舗も除外している。因みにセブン- イレブンは全国で2万店舗以上ありミニストップの10倍だ)
北から
北海道16
青森県9(おまけだ)
岩手県14
宮城県23
秋田県12
埼玉県15
千葉県30※
静岡県11
愛知県22
三重県16※
大阪府19
兵庫県14
福岡県19
人口の多い大都市を擁する都道府県の店舗数が二桁なのは当然だが、それを除いても、北海道から東北エリアの店舗数がエリア人口に比べ際立っているのが判る。
次に単純な店舗数比較ではなく、人口対比で見て行こう。これが実態を表しているからだ。
先ず、全国のイオン系ショッピングセンター全370店舗の人口10万人あたりの全国平均は0・30店だ。
※100万人あたり3店舗、つまり33万人毎に1店舗というのがイオン系SCの全国平均だ。
日本一のイオン王国秋田
さて、人口10万人あたりの店舗数が最も多いのは
1位秋田県1・27店(全国平均の4倍だ)
2位岩手県1・17店
3位宮城県1・00店
4位三重県0・91店
5位青森県0・74店
と続く。
※青森でも平均の2・5倍なのだ。賢明なる購読者諸氏はもうお気づきだろうが、続ける。
一方、最も店舗数が少ないのは全国で唯一イオンSCのない福井県で、人口10万人あたり0店。
何とこれに、首都圏の
東京都 0・05店
神奈川県0・05店
群馬県 0・10店
が続くのだ。
※因みに2024年夏に福井市にイオン系ショッピングセンター「そよら福井開発」が開業予定だ。
福井は前身の「ジャスコ」が閉店し、全国で唯一の「イオンなし県」だった。
答えは東北
結果は歴然であり、分布状況を見ると、明らかに東北の店舗が多い。
関東圏では千葉、埼玉は多いものの、10万人あたりの店舗数では、東京、神奈川が極端に少なくなる。
因みにイレギュラーな所を見ると、三重県は、イオンの前身である岡田屋~ジャスコの創業地である四日市を擁しているからであり、近隣の名古屋(愛知)、静岡を含む東海圏も、祖業の地盤に近いことが、現在も店舗が多い要因と思われる。
同様に、全国都道府県の中で、千葉県がトップの30店舗なのは、後にジャスコに統合された扇屋発祥の地であるからなのだ。
「扇屋ジャスコ」と言っても、もはや知る人は少ないだろうが・・
いつものことだが、余談が長くなって恐縮だ。
結論は言うまでもないが、果たして、ヨーカ堂とイオンは、真逆の出店戦略で、日本を二分していたことが判る。
相互補完
結論として、ヨーカ堂が撤退を決めたエリアは、正にイオンが強みを発揮していた東北エリアであったのだ。弱い所から撤退し、持てる資源を強みに集中するのは、企業戦略の鉄則だ。
カーマーケットに強みを持ち、人口密度を度外視し、土地代が安い所に大型店を作るイオン。
人口密度が高く、当然公共交通網の発達しているエリアにドミナント出店し、後発の参入を防いで勝ちパターンに持ち込むヨーカ堂。
日本の小売りの両雄が、並び立つために、期せずして、お互いが差別化戦略を突き詰めた結果に違いない。
強い所で徹底的に「勝つ」のが強者の王道であり覇道なのだ。
であれば、そもそもセブン&アイが百貨店である「そごう・西武」を傘下にし、そして放逐(ほうちく)した事案は、小売りの覇者の仕業(しわざ)として(くどい様だが)最初から間違っていたのだ。
※但し、イオンはこの状況を、只指をくわえて看過する様な企業ではない。次号で論じる。
首都圏に注力
この点で、東京発祥の老舗の総合スーパーであるイトーヨーカドーは、大きなアドバンテージを持っていた。
世界有数の公共交通網を有する首都圏中心部において、乗降客数が多い駅前をはじめとする交通動線の要所を、他社に先んじて押さえているのだ。
そんな優良立地に広い売場を展開しているイトーヨーカドー、そして特に食品売場は、首都圏の顧客にとって便利な存在であり続けたのである。
後塵を拝する食品スーパーやディスカウンターは、そもそも立地(と面積)の面でビハインドを負って戦わなくてはならないのだから、勝敗は明らかだ。
逆に、クルマ社会と化した地方、郊外では、こうはいかない。
クルマが主要な移動手段となっている地域では、機動力を持っている消費者の行動範囲は首都圏の何倍も広い。
従って、そのエリアに存在するGMSや食品スーパーは、そのすべてが競合になるという厳しい競争環境なのだ。
追い打ちをかける様に、地方の人口減少はより深刻度を増している。ヨーカ堂が撤退するほどに。
土日と平日
そして、地方、郊外のクルマ社会における商売は、すべからく「土日型」となる。
休日にファミリーで車来店し、極端な場合1週間分の買物をして帰るのだ。当然平日は土日ほど潤(うるお)わず、必然的に週の中での売上格差は著しい。
そして前述した様に、何よりカテゴリーキラーやショッピングモールとの熾烈な競争にさらされるのだ。
家電やホームセンターや大型ドラッグといった他業種のみならず、道の駅や、それこそレジャー施設との時間消費の争奪戦にもなりかねない。
土日にクルマで活動するファミリーの、そのすべての選択肢との消耗戦が待っているのだ。
一方で、首都圏の勤労者世帯を顧客とするヨーカ堂には、平日は駅から家への動線上に立地していることが、圧倒的に有利に働く。
単独、夫婦、子連れを問わず、そして曜日や昼夜をも問わず来店してくれるのだ。もちろんコンビニに行くよりも割安なのは言うまでもない。
※因みにコンビニであるセブンイレブンとGMSイトーヨーカドーとの自社内競合( カニバリ=共食い)については、別の機会に論じたい。
独壇場
イトーヨーカドーの首都圏特化戦略は、立地という先行者利益を最大限生かして来た。さらに言えば、今や首都圏中心部には空き地はほとんどなく、競合の出店という競争関係は発生し得ないのだ。
あるとすれば駅前の再開発や、工場の移転などであろう。そうしたコトがなければ、都心部で新たな大型店の出店(土地の確保)は土地価格の上昇も含め、かなり難しい状況だ。
また、当然だが、首都圏は人口密度が非常に高く、その上(地方に比べ)人口減少の可能性も低い。
ヨーカ堂が、不利な地方をスクラップして、元々有利な首都圏で再起を図る、という選択肢には、誰もが賛同せざるを得ない。
もちろん、そのドル箱の都心部であっても、セブンはスクラップ&ビルドを怠らない。
3月のニュース
セブン&アイ・ホールディングス傘下の総合スーパー(GMS)であるイトーヨーカドーが夏以降、新たに川越店や柏店など4店を閉店することが分かった。
北海道や東北などから撤退し、首都圏中心の体制に移行する計画で、首都圏でもこれまでに津田沼店などの閉店が明らかになっている。お膝元であっても、手は抜かないのだ。
ドル箱の首都圏であっても、例外なく店舗の新陳代謝により、効率アップを進めている、というメッセージでもある。アクティビスト(モノ言う株主)向けのパフォーマンスだけではないだろう。
30年前は
ここで、セブン(イトーヨーカドー)とイオン(当時ジャスコ)の戦いの歴史を振り返っておく。
当時は百貨店の合従連衡も起きておらず、GMSもダイエー、西友も含め、正に群雄割拠の小売り戦国時代であった。
1994年の小売業ランキング
1位 ダイエー(GMS)2兆5千億円
2位 イトーヨーカドー(GMS)1兆5千億円
3位 ジャスコ(GMS)1兆2千億円
4位 西友(GMS)1兆円
5位 ニチイ(GMS)1兆円
ここまでが30年前の1兆円企業だ。驚くべきは、小売りベスト5には百貨店は登場しない。
以降のランキングは、
6位 三越
7位 髙島屋
8位 西武百貨店
であり、9位のユニーは今やドン・キホーテを擁するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスの傘下となった。
念のため10位は大丸で、ここまでが5千億以上の売上を計上している。
そして最も驚くべきは2024年現在、当時の1位と3位と5位はすべてイオングループなのだ。
因みに4位の西友は現在ウォルマートの傘下ではない。外資(65%)と楽天(20%)が大株主だという。
筆者の好きな言葉「栄枯盛衰世の習い」を地で行く様な、小売り(流通)業の変遷である。
両雄並び立つ?
この30年に亘り、セブンとイオンが日本の「小売り」を文字通りリードしてきたコトに疑問の余地はない。
そして、誤解を恐れずに言えば、本コラムで述べた両雄の都心と地方での「棲み分け」が、直接対決を今まで回避させてきた要因かもしれない。
※デパートやカテゴリーキラーやアウトレット、そしてコストコやIKEAだけでなく、コロナ過を経て完全に市民権を得たネットスーパーや、アマゾン、楽天といったECサイトたち。
そうしたコンペティターの台頭を考えれば、イオンとセブンは「安泰だ」などと言うのは虚言に等しいことは、オールドタイマーの筆者でも理解はしているつもりだ。
そして(ネットでの商売は別にして)両雄は実店舗での争いについて、遂に互いの領分を侵食し始めている様だ。
もとい、既に水面下では熾烈な領土争いは散発しており、我々がそれを見逃しているだけだ。
百貨店以外の小売りも等しく「転換点」を迎えており、各社生き残りを模索している。
それに比べると、百貨店はあまり変化していない様な気がする。いや、変化を嫌っていると言って良い。GMSや食品スーパーとは決定的に違うのだ。残念ながら。
百貨店にGMSのマネをしろ、と言っているのではない。だけど、答えはいつも消費者の中にあるはずだ。
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