デパートのルネッサンスはどこにある? 2024年02月15日号-86

コロナ明けも二極化する百貨店

 ここ最近、毎月の様に増収増益のニュースが飛び交い、絶好調が伝えられる百貨店業界。

 コロナの収束に加え、円安効果によるインバウンド需要の拡大に加え、富裕層へのシフト政策が株高を背景に奏功した結果であろう。

 だがしかし、それはあくまで大都市圏の一部デパートに限られ、地方百貨店の苦境と閉店の連鎖は、コロナ禍が終息した今でも終わりが見えない状況だ。

地方の閉店ラッシュVS.都心の過去最高売上

 島根県の一畑(いちばた)百貨店(松江市)が2024年1月14日で閉店した。コロナの5類移行で客足は戻って来たものの、郊外のショッピングセンター等に対する劣勢に変わりなく、黒字化は見込めないと判断した結果だ、という。

 これにより、島根県は全国で3番目となる「百貨店ゼロ県」となった。驚くべきことに、百貨店は過去3年の間に30店舗近くが閉店している。

 一方、大都市にある大手デパートの基幹店では過去最高売上の達成が相次いでいるのだ。コロナを経て、デパートの二極化がますます鮮明になって来ている。

 筆者は、このデパートの地域格差について「優勝劣敗」という言葉は使いたくない。もちろん増収増益を続けている大手デパートは「地の利」以外にも優れている事は認める。

 だが、過疎化や少子化による人口減少にさらされる地方にあって、独立系の老舗百貨店はけして「劣っている」訳ではないのだ。
※一部の例外については後述する。

 日本という国の、社会の成り立ちそのものが変容していく中で、政治や行政が手をこまねいている間に「取り残されて」しまったのだ。

 結果として山形の大沼の様に、従業員の解雇を伴う突然の閉店、という「好ましからざる例」も散見される様になってしまった。

※ご興味のある購読者諸氏は、本紙1面の連載「デパート破産」のバックナンバーを参照されたい。

島根から百貨店がなくなった

 1958年に創業した一畑百貨店は、1998年にJR松江駅前に移転し、長らく営業を続けてきた。親会社は一畑電気鉄道。2002年に記録した売上高のピークは108億円だが、直近の2022年は年商43億円まで落ち込んだ。

 2020年1月に創業320年の大沼が経営破綻した山形県、同じ年の8月にそごう徳島店が撤退した徳島県に続き、島根県も百貨店が消滅した「百貨店ゼロ県」という不名誉な称号を受けることとなった。

 かつて百貨店は全国の県庁所在地だけでなく、人口数十万人の地方都市でも当たり前のように存在していた。

 転機となったのは2000年の大店法廃止であろうか。その後、郊外に増加したSCやカテゴリーキラーに客足を奪われていったのは前述の通りだ。

 一畑百貨店も島根県内で2016年に浜田店、2019年に出雲店を閉店し、松江の1になっていた。

ゼロ県予備軍

 今現在、全国17の県で、百貨店が1店舗しかない状況だ。
※秋田県のタカヤナギは日本百貨店協会の加盟店ではあるが、スーパーマーケット「グランマート」の運営が主体であり百貨店とは呼べない、と判断した。

 従って本稿では(後述するが)福井県同様秋田県も、西武が閉店すればゼロ県になる予備軍としてカウントしたいと思う。あくまで筆者の独断である。ご了承願いたい。

百貨店1店舗のみの県

秋田:西武秋田店
茨城:水戸京成百貨店
新潟:新潟伊勢丹
福島:うすい百貨店
山梨:岡島
岐阜:岐阜髙島屋
富山:大和富山店
滋賀:近鉄百貨店草津店
和歌山:近鉄百貨店和歌山店
福井:西武福井店
香川:高松三越
高知:高知大丸
佐賀:佐賀玉屋
熊本:鶴屋百貨店
宮崎:宮崎山形屋
鹿児島:山形屋
沖縄:リウボウ

百貨店ゼロ県

 地方都市というのは「車社会」であるため、必然的に中心市街地の空洞化といった問題を抱えている。

そしてその地域の百貨店が撤退するという事は、周辺の小売店や飲食店の経営にも響き、街やエリア全体の地盤沈下を誘発する危険を孕(はら)んでいる。

 セブン&アイ・ホールディングスが傘下のそごう・西武を米投資会社フォートレス・インベストメント・グループに売却するに際し、秋田県と福井県の首長がそろって百貨店の営業存続を強く訴えた、という。

 もちろん「損得抜き」の外資系ファンド等というモノは存在しないが、フォートレスが損得だけで西武秋田店と西武福井店の撤退を決めれば、当然両県も百貨店ゼロ県の仲間入りとなる。地域の「空洞化」が一気に進むという、両県のトップの懸念は至極当然であろう。

都心地方を問わず

 人口65万人の島根県で、唯一の百貨店がなくなる衝撃はけして小さくない。

 丸山知事は「地域経済への影響に懸念」とコメントを出し、島根県と松江市による対策チームを立ち上げた。

が、筆者に言わせてもらえば「時すでに遅し」だ。山形の大沼でも行政トップによる「購買促進の呼びかけ」を行ったが、当然「焼け石に水」以上の効果は得られなかった、と前述の「デパート破産」にも記されていた。

 もちろん都心でも閉店ラッシュは起きている。昨年1月の東急百貨店渋谷本店、立川髙島屋、一昨年の小田急百貨店新宿本館(ハルクに移転)、渋谷マルイ等々。

 更には北海道・帯広で100年以上の歴史を持つ藤丸が閉店した。
そして直近(先月末)には愛知県の名鉄百貨店一宮店が23年間の営業を終え閉店した。御多分に漏れず、こちらもピーク時から売上が半減している。

 日本百貨店協会に加盟する百貨店数は1999年に311。それが今の時点で180に減っているのだ。それは25年間で40%減という速さなのだ。

 百貨店の閉店は「失われた30年」と揶揄されるわが国の社会・経済の「負の変容」の具体的な証人であり、雄弁な証言者なのである。

潤うのは都心だけ

 地方や郊外の百貨店の苦境とは対照的なのが大都市の老舗基幹店である。特に東京、大阪、名古屋の売上高一番店のコロナ明けの好業績は際立っている。

 伊勢丹新宿本店の2023年2月期の売上高は前期比29・2%増の3276億円となり、31年ぶりに過去最高を更新した。

 阪急本店(阪急うめだ本店、阪急メンズ大阪)の2023年3月期の売上高も前期比30・1%増の2610億円で過去最高になった。

 JR名古屋髙島屋(タカシマヤゲートタワーモール含む)も2023年3 月期で前期比21・7%増の1724億円と過去最高を記録した。

 コロナ前水準までの回復どころではなく、今までになかった活況に沸いているのだ。

 この好調の立役者は、前号で特集したラグジュアリーブランドに代表される高額品だ。「ルイ・ヴィトン」「シャネル」「エルメス」といったハイブランドと、「カルティエ」「ブルガリ」といった宝飾品、そして高級腕時計「ロレックス」だ。海外ブランド以外にも現代アートを含めた美術品、工芸品が飛ぶように売れているというのだ。

富裕層も様々

 繰り返しになるが、百貨店の高額品を買い支えているのはニューリッチ( 富裕層) とインバウンド( 訪日客) である。

 昨今の株高で、富裕層の持つ資産は増加の一途を辿(たど)り。野村総合研究所によると、純金融資産1億円以上の「富裕層」は2005年の81万世帯から2021年は13 9 万世帯へ、5億円以上の「超富裕層」は5万世帯から9万世帯にそれぞれ増えている。百貨店各社は外商販売を強化するため、外商員を増やし、サービスメニューを見直し、手厚くしたのだ。これが功を奏し、デパートで年間数百万円を落とすニューリッチと呼ばれる若い世代の富裕層が増えている。若い世代は買わないという、デパートの「定説」を覆した格好だ。

インバウンドも様々

 訪日客は一昨年10月の入国規制の撤廃と、昨年4月の水際対策の終了を経て、急回復の真っ最中だ。

 それでも、コロナ前は最大のボリュームゾーンであった中国からの観光客の戻りは鈍い、という。これについては、福島原発の処理水(汚染水)問題を含め、政治的プロパガンダなどが影響しているのだ。

 中国は2月10日に春節(旧正月)を迎えた。景気低迷や消費の減速が指摘されている中ではあるが、休みを2月9日から17日までの9連休とする企業が多く「史上最長の春節休暇」がトレンドワードになっているという。

 海外旅行者数はほぼコロナ禍前の水準に回復したと見られているが、上述の様に日本はランキング上位ではない様だ。

 SNS上では、今年中国人が春節に行く海外旅行先の上位として、シンガポール、マレーシア、タイをまとめた「新馬泰」という言葉がアップされている。

 併せて「日本に行くのやめた」や「日本に行くのは今じゃない」というフレーズも散見されている。

 替わって韓国、台湾、香港、タイといった東南アジア各国が主流となり、欧米からの観光客の回復も加わり、その消費は止まるところを知らない。

 コロナ下で進んだ円安と海外のインフレにより、訪日客にとって日本は「買い物天国」と化したのだ。

円安の恩恵

 日銀により今なお継続するゼロ金利政策、そして株高と連動する円安により、増加するインバウンド客は「空前の割安感」を享受している。

 逆に日本から海外へのアウトバウンドは、ドル高ユーロ高による「割高感」により「本当の富裕層」以外は躊躇している。リッチ層といえども、大多数は中々海外ツアーに出向こうとしない、というか出来ないのだ。

 極端な話、準富裕層やにわか富裕層は、高額なハワイや欧米旅行よりも、伊勢丹での買物を選択してしまう。「安近短」ならぬ「高近短」とでも呼ぼうか。中国人ではないが「今じゃない」のだ。過去最高売上高を達成した百貨店は、高額品の品揃えを充実させ、近隣SCやEC(ネット通販)と競合しない富裕層の分厚い顧客基盤を持ち、さらにインバウンドの恩恵まで受けている。

 これが可能なのは一部の(ブランド)アウトレットを除き、大都市の基幹店に限られる。

 同じデパートではあっても、地元住民に支えられ、ボリュームゾーンの価格帯で構成された地方・郊外のそれとは事情が全く異なるのだ。

冬から春へ

 一口に「百貨店冬の時代」などと言われて久しいが、大都市圏の基幹店舗は「我が世の春」を謳歌している。

 そして、3年に及ぶコロナ禍により、業態論では説明できないほど、百貨店の二極化が進んでしまったのだ。大都市に限ってだが、季節は巡って来たのだ。ようやく。

 では、大都市の絶好調店舗の代表である、東西の横綱、伊勢丹と阪急の今期、2023年4月~12月の数字を見てみよう。

三越伊勢丹ホールディングス

 4~12月の営業利益、経常利益は、伊勢丹と三越の統合後の最高を更新。三越伊勢丹HDが2月2日に発表した2024年3月期第3四半期決算によると、


売上高4017億7100万円(前年同期比9・4%増)
営業利益409億3900万円(66・7%増)経常利益449億7600万円(75・6%増)
親会社に帰属する当期利益311億800万円(59・0%増)

となり、増収増益を計上した。

 曰く「高感度上質戦略により、個客とつながるCRM戦略が奏功した」のだという。要は、質が良い物は当然高価だが、流行に敏感な「違いの分かる」顧客は躊躇なくそれを購入出来る。そう言った富裕層を「選り分け」単なる顧客ではなく「個客」として接遇し、買い上げにつなげた。という意味であろうか?

 単純に富裕層シフトと言っても、ターゲット個客への「選択と集中」を徹底しているのだ。だから売上の伸びに比べ、はるかに利益の伸びが顕著なのだと思われる。

 これは、インバウンド客と趣味の良い富裕層だけで伊勢丹は潤うので、我々庶民はそもそも顧客ではない、ということを意味する。

 ひと昔前だと、百貨店の「顧客離れ」とネガティブに言われていたが、今では百貨店側が率先して一般客(庶民)を「蚊帳の外」に追いやっているのだ。

 それでも、庶民の楽しみは「ちょっと高いな」と思っても「時々だから」と言い訳しながら、デパ地下の美味しい総菜やスイーツを買って帰ることだ。

 せっかくデパートに来たのだから、このくらいの贅沢は許して貰いたいのだ。いや、ちょっと卑屈になりすぎだろうか。

 営業利益、経常利益は伊勢丹と三越の統合後の最高益を更新し、第3四半期累計でも今までの最高益となっている。

 百貨店事業の売上高は3370億1700万円(6・7%増)同営業利益は341億9000万円(94・4%増)とほぼ倍増だ。

伊勢丹新宿本店

第3四半期累計売上高は、引き続き過去最高売上げを更新。
 インバウンドの好調が牽引し、首都圏各店、地域各社の主要5社とも業績は堅調に推移している。
クレジット・金融事業の売上高は244億300万円(6・1%増)
同営業利益は29億5000万円(5・1%減)。外部取扱高は継続して堅調、利益は計画通りとなった。
 不動産業の売上高は183億9500万円(29・4%増)同営業利益は20億1500万円(32・7%減)。人件費と円安を背景とした原材料高が続いていることが影響し、家賃収入減で減益も、建装売上げは引き続き好調に推移している。

■エイチ・ツー・オーリテイリング

4 ~12月営業利益221億円、百貨店の利益改善で過去最高更新。H2O(阪急阪神)が2月2日に発表した2024年3月期第3四半期決算によると、売上高4954億6400万円(前年同期比4・3%増)営業利益221億8400万円(134・0%増)
経常利益239億1900万円(105・4%増)親会社に帰属する当期利益177億7200万円(62・2%増)となった。

 売上面は、百貨店事業では円安や株高などの外部環境の好影響が継続したこともあり、国内消費は堅調に推移し、インバウンド売上が予想を上回り大きく伸長した。

 食品事業では単価の上昇と客数の回復により、既存店売上高が前年を上回り、連結全体で増収となっている。

 利益面では、百貨店事業の売上伸長に伴う利益改善により、過去最高益を計上した。とにかく全体的に良くなっていることが判る。
百貨店事業の総額売上高は4246億6300万円(16・3%増)、営業利益は16億5500万円(113・3%増)とこちらも倍増。

 好調な高額商品売上とコロナ禍からの回復に伴う入店客数の増加により、国内売上高は引き続き好調推移。インバウンド売上高は円安の影響もあり過去最高となった。

阪急梅田本店

 全てのカテゴリーが前年を上回り、化粧品を含めたファッション全般が好調。

 インバウンド売上の押上げもあり、ジュエリーや時計、ラグジュアリーブランドファッションなどが継続伸長。 

 食品事業は、売上・粗利益率改善に向け、曜日販促による集客施策に加え、総菜・PB商品の取組強化が奏功。

総額売上高が3236億3300万円(2・6%増)
同営業利益は72億1800万円(58・5%増)

 西も東も(名古屋も福岡もだが)とにかく人口が集中する大都市圏の百貨店に関しては軒並み絶好調だ。

 以前に、シリーズ「そごう・西武売却」の中でこう言及した。「このタイミングで池袋の西武百貨店をヨドバシ化することが、投資家であるフォートレスにとって『最善手』なのか、と。」もう一度言うが、池袋西武は、先に数字を挙げた新宿伊勢丹とは梅田阪急に次ぐ全国第3位の売上規模があるのだ。筆者は、大いに疑問だ。

もちろん「覆水盆に返らず」だが。

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