デパートのルネッサンスはどこにある? 2024年03 月01日号-87

インバウンドと富裕層英雄たちの経営力

 前号で「二極化する百貨店」として、都心大手百貨店の増収増益と、取り残される地方百貨店についてお伝えした。

 今号では引き続き、インバウンドと富裕層に支えられた高額品の高稼働について、様々な側面で考えていきたい。

インフレ環境

 先ずは、2月21日の最新ニュースからスタートしよう。

 2024年春闘で、自動車大手ホンダとマツダが、労組からの月例賃金と一時金の要求に満額回答すると発表した。ホンダの月額の内訳は、ベースアップが1万3500円、定期昇給などが6500円で計2万円。更に、22年に労組と合意した月1500円の能力開発関連を含めると総額2万1500円となり、賃上げ率は5.6%となった。

 ホンダの昇給額は1989年以降で最高を記録。
 物価高騰を受けて幅広い業種で賃上げが相次ぐ中、過去最高水準の好業績を給与で社員に還元し、優秀な人材の確保につなげたい考えだ。

 上記が「ニュース」として取り上げられたのは、日本では物価上昇に、賃金の引き上げが追い付かない、いわゆる「インフレ環境」が長らくつづいているからだ。

 実際に、物価上昇を加味した実質賃金は昨年の9月統計で、18カ月連続前年比マイナスとなっている。

支持率最低内閣

 長引くインフレ環境。それなのに、我らが総理は「企業が賃金を上げないからだ」と責任のすり替えをしたまま、国民に負担増ばかり強(し)いて来る。

 自らが公約に掲げた「異次元の少子化対策」の財源について「国民一人当たり月500円の負担を」と言いながら、「増税ではない」と宣(のたま)う。まるで先輩の安倍首相の「募っているが募集はしてない」という「異次元の言い逃れ」の粗悪な焼き直しの様だ。因みに、最近では「500円ではなく1000円増だった」と、あっという間に200%のインフレとなった。

 日銀総裁には、短観で首相の「増税インフレ」も監視対象として貰いたいくらいだ。
 億単位の金をパーティー券として、キックバックや中抜きをしても、罪に問われない政治家に比べて、負担ばかりが増える国民が「怒り心頭」なのは当然であろう。

還付金詐欺?

 安倍派の議員達は、ちょろまかしたキックバックの事を「還付金」と呼んでいたそうだ。その時点で裏金なのに「戻って来て当然のお金」という風に聞こえるから不思議だ。

 還付金は、正々堂々と納税した国民にだけ許される「正当な権利」なのだ。我々の様に、すべてがガラス張りの納税者を、どこまでも愚弄する気なのだろう。

 本来、こうしたひとつひとつの不正や横暴に対して、我々は有権者として、そうした政治家(議員)に対し、選挙により自らの行動の責任を取ってもらわなければならない。
この際「野党がだらしないから」という言い訳は聞かない。我々はプラス要素がなければ、少しでもマイナスの少ない方に投票するしか、術(すべ)を持たないのだから。

忘却という罪

 問題は、わが国の有権者が(そもそも少子化の裏返しとして)どんどん高齢化していることだ。そして投票する年寄り達の記憶力と判断力がどんどん衰えていることなのだ。そうでなければ、どうして自身の生活を蔑( ないがし) ろ にする議員に繰り返し投票したりできるだろう。

 不誠実な政治家の名前も顔も、そして、そもそもその「所業」を覚えていなければ、何にもならないではないか。

 世論調査の内閣支持率が10%台に近づき、不支持率が8割を超えても、岸田総理がまるで他人事( ひとごと) なのも、そういった「達観」があるからなのか、と勘ぐってしまうぐらいだ。

 確定申告の時の「怒り」を次回の選挙まで保てないことが、この国の政治の悪循環につながっているのだ。

 さて、政治に期待できない我々国民の目は、自らの生活基盤を担う経済のニュースに移る。
これがマスコミによる「印象操作」だったら、とは思いたくないが、日々多忙な現代人は、嫌なニュースのイライラを、少しでも明るいニュースで、リカバリーしようとする。その好例から紹介しよう。

株高でも生活苦

 GDPの順位がドイツに抜かれて世界4位に陥落したと嘆いていたら、今度は株高で日経平均が34年ぶりの「史上最高値」更新のニュースだ。日経平均株価は2月22日に1989年12月29日に記録した史上最高値39857円44銭を上回り39098円68銭で取引を終えた。
※株高を背景に台頭する新たな富裕層については後述する。

 前号でもお伝えした様に、都心の大手百貨店では富裕層シフトとインバウンド効果により高額品が高稼働し、過去最高売上に沸いている。ここまでは大変ポジティブな話だが、一方で生活者が直面しているネガティブな実態も見過ごすことができない。

 物価高による実質賃金のマイナスは1年半に及んでいることは、文頭でお伝えした通りだ。値上がりが生活必需品である食品やエネルギーを中心としていることから、特に低所得層への影響は大きく「SDGsの名を借りた」強制的な節約を余儀なくされている。

 まるで、戦中の軍部のプロパガンダ「欲しがりません、勝つまでは」の現代版悪夢の様だ。

 少なくとも戦中は「米英への勝利」という、例え大嘘であっても、目標( ニンジン) は目の前にぶら下げられていたのだ。

 今は只「給料が低いのは自己責任」論に転化されてしまっている。だから余計に虚( むな) しさを感じるのだ。

 買物をする時に、消費者が買上点数を減らしているというデータもあり、多くの消費者が家計のやりくりに苦労している。

 食品などの生活必需品への支出の負担が増え続けているため、今後は「白物家電」などの耐久消費財の先送りや、外食頻度の減少といった影響も予想され、生活サイクルの悪循環は避けられない。当然関連業種の企業は戦々恐々だ、という。

格差社会の賜物

 こんな状況にもかかわらず「コロナ前の2019年超え」「開業来過去最高」といったキーワードで好調を報じられているのが百貨店業界だ。何度も言うが、一部の都心百貨店に限ってだが。

 この20~30年間、売上の右肩下がりが続き、オワコンとか構造不況業種ともいわれていた上に、コロナ禍で甚大なダメージを受けた百貨店業界が、一部とは言え、どうやら本当に回復期を迎えているのだ。

 こういった大都市圏デパートの隆盛は、格差社会の賜物(たまもの)と言ったら、どこからかクレームが来そうだが。

 インフレで生活苦の庶民にとって、都心デパートはかつての「高嶺(高値)の花」に逆戻りしてしまったのだ。ざっと半世紀は時代を遡る事態だ。

消費回復でも

 日銀のマイナス金利政策「異次元の緩和」も、そろそろ先が見えてきた昨今。

 後は、企業がため込んだ利益を、賃金として労働者=生活者に返還する「内部留保還元祭」を待っているだけなのだ。各企業がホンダ、マツダに続き、日本人の実質賃金が物価高に「追いついた」時に、本当の意味での「消費回復」が始まるのだろう。

 ことここに至れば、地方百貨店であっても、少しは潤うだろう。焼け石に水とは思いたくない。只、インバウンドと富裕層に極端にシフトした今の都心百貨店は「やっと給料が増えたから買い物に来ました」というレベルの人を、もはやターゲットにはしていない。

もし居たとしても、極めて少数派であろう。

円安が後押し

 ニュースで報じられる大手百貨店の三越伊勢丹、髙島屋、J.フロントリテイリング(大丸松坂屋)などの業績は、コロナ禍からの反動もあり増収増益で、三越伊勢丹は過去最高売上を達成している。

 繰り返しになり恐縮だが、その要因とされているのが「帰ってきた」インバウンド消費と、百貨店が率先して育ててきた富裕層による高額品消費だ。

 インバウンド消費の回復は、東京、大阪、福岡を始めとする大都市ターミナルに急増した外国人観光客の姿を目にした人には納得のいく話だろう。

 百貨店協会のデータにも明確に表れており、最近はコロナ前の2019年の実績を大きく上回っている。その大きな要因は「円安環境」であることは、前号でもお伝えした通りだ。

 インバウンド需要は、中国の動向次第という見方もあるが、今後も安定的に拡大すると考えられている。しばらくの間、都心百貨店の売上を下支えしてくれることに間違いはないだろう。

インバウンドの実態

 因みに直近のインバウンド実績については、毎月本紙の「1日号」に掲載されている。

例えば2024年2月1日号

  • 12月のインバウンド売上高、過去最高477億円
  • 3か月連続記録更新 23年は過去最高3484億円
  • 12月訪日客数、273万人 コロナ以降で最多更新 年間で2500万人突破

2024年3月1日号

  • 1月のインバウンド売上高399億円 過去2番目の高水準1月として過去最高
  • 円安効果・客数増加・単価上昇効果 コロナ禍前比5 割増 地方にも徐々に波及
  • 1月訪日客数、268万人 コロナ禍前水準に回復 
  • 訪日客数、韓国首位、次いで台湾・中国・香港・米国 上位5か国で8割、韓国、台湾、豪州は単月で過去最高を記録

と、大変にぎやかだ。一方でオーバーツーリズムに対する懸念もニュースで伝えられる様になった。

高額品消費好調

 富裕層による高額品消費の回復についても、データで確認できる。

 大手百貨店の基幹店が集積する東京地区の百貨店売上計(2023年7~9月)を、商品別にコロナ前の2019年同期と比較してみよう。

●マイナスの大きい順に
・衣料品▲143.8億円
・化粧品 ▲103.4億円
●プラスのアイテムは
・身の回り品+102億円
・美術宝飾貴金属 +65.6億円
●合計▲386億円となっている。

 この4年間で新宿小田急(移転縮小)や東急本店など、いくつかの主要百貨店が閉店しており、全体としては売上を落としていることが判る。

 元々分母の大きい衣料品や、コロナ過で出番の減った化粧品が、総額のマイナスを象徴している。

 そして、店舗数=売場面積の減少を補って余りあるほど、身の回りや宝飾・貴金属が大幅伸長していることは明らかであろう。

 従来の一般客からすると、今日の都心百貨店の好調は、ある種「いびつな復活」とでも言おうか。なにを言っているんだ!売上の回復にキレイも歪(いびつ)もありはしない、という反論が聞こえて来そうだが。

偏在する富裕層

 もちろん上記の数字は、東京の百貨店売上なので、インバウンドをも含んだ数字であり、これらの高額品は、外商を中心とした富裕層向けの消費を軸とした売上であることに間違いはない。

 これで、大都市の百貨店売上が、インバウンドと富裕層によって支えられていることの裏が取れただろう。

 逆に言えば、インバウンド来街が少ない地方百貨店には、この恩恵はほぼ及んでいないということでもある。

 もちろん地方であっても一定の富裕層は居るが、彼ら彼女らが、より商品集積の厚い大都市圏まで足を運んでいるだろうことは、想像にかたくない。 

 なぜなら富裕層というのは押しなべて「購買のシチュエーション」を楽しむ人種であるからだ。「下種の勘繰り」で恐縮だが「小金持ちは観客を欲して」いるモノなのだ。良く言えば、商品の価値だけでなく、お買い物の時間も楽しみたいと言うことだ。決して悪いことではないと思う。

※本当のミリオネア~ビリオネアは「ひっそり」と外商を使っているのかもしれないが。
あいにく筆者の周りには、この手の大富豪は生息していないので、正直すべてが推測の域を出ない。残念ながら。

背景に株高

 百貨店売上の対前年比増減率を大都市と地方とでくらべると、百貨店の売上回復は大都市のみに止まっており、地方ではコロナ後もほとんど増えていない。何度も言う通り、コロナ後の百貨店の活況は、大都市にある大手百貨店に限った話なのだ。

 富裕層による高額品消費が好調な背景として、もう一つ、付け加えておかなければいけないのは、コロナ禍に膨れ上がった「資金余剰」にあると言われている。日銀統計による家計の金融資産は順調に拡大しているのだ。

 前述した22日の日経平均株価の最高値更新のニュースが正にそれを示している。

 我々からすると、ほとんど実感がないのだが、新NISAが話題になる数年前から、株式相場は海外国内とも順調に推移しており、ちょっと投資をかじったばかりの人であっても、その資産を増大させているのだ。そしてそれは、富裕層であればあるほど資産が増える、という単純な理屈から、金( カネ) がカネを生んできた結果なのだ。

 正に、トマ・ピケティの言う r > g であり、世知辛い話だが、貧富の差は開くばかり、ということの様だ。資産価格の上昇によって個人消費が増加する「資産効果」により、富裕層の消費が活発になっている訳だが「持たざる者」には、何の効果も起こらないのだ。実際。

「r大なりg」

 トマ・ピケティの著書『21世紀の資本』に書かれている公式、法則。

 資本収益率rは資本を運用して得る収益、つまり株式配当や不動産収入などの「不労所得」のリターン率である。 一方で経済成長率gは、日々の労働で得る給与所得などの上昇率のことである。  

 つまり、極論すれば、働いて得る賃金よりも、株や不動産に投資して得られる収入の方が多いということなのだ。

 結論として「貧富の格差は縮まるどころか、拡大する一方」ということらしい。実際には資産課税とか、改善方法はあるらしいのだが・・・

CAプロジェクト

 都心の大手百貨店は、好調な業績の裏に隠れた課題を直視し、常にNEXTを考えなければならない。もし、株高を背景としたニューリッチと、インバウンド特需をただただ享受するだけであれば、10年後のデパートの存続は危ういだろう。
上記の恩恵を受けたくても、ほんの少ししか受けられない地方百貨店は、更に存続の可能性が狭まっている。高まるのは消滅可能性だけだ。

 それでも、本紙が後押ししている「地方デパート逆襲プロジェクト」の様に、地域のコミュニケーションを強化すべく、ご当地スイーツの催事や、地方鉄道とのコラボレーション企画や、前述したアートフェア等々、小売業として「やれること」はまだまだあるのだ。

 要は、都心か地方かに関わらず「好景気」に甘えずに、次の一手の準備が大事だという、商売の常識を忘れるな、という事だ。  
説教じみて恐縮だが。

バブル崩壊?

 訳知り顔の投資の専門家やF P ( ファイナンシャルプランナー) は、政府の「貯蓄から投資へ」の尻馬に乗って、口を開けば新NISAの推奨ばかりしてくる。そして証券、銀行、保険、郵便局までが、こぞってNISA窓口として名乗りを上げる。

ちょっと待ってほしい。超低金利が長く続いて、銀行預金の利率がほとんどゼロに近いのは知っているし、「日本国民も少し投資を増やした方が良い」も、ご意見として理解はできる。

 只、30何年前の「バブル崩壊」の時もこんな雰囲気だったのではないだろうか。

 投資にはリスクが伴う、という当たり前の「理屈」を忘れて浮かれていると、バブルの二の舞では、と思うのは筆者だけであろうか?

 自称経済専門家は「バブル期とは異なり、企業業績に今は実態経済がともなっている」と言う。が、アメリカの半導体大手一社の好業績だけで、一喜一憂(乱高下)する日本の株価は本当に大丈夫なのだろうか。

 相場は暴落することはあるのだ、いや絶対に避けられないのではなかったか。

 最後に筆者の常套句で終わろう「栄枯盛衰世の習い」だ。これは消防官だった祖父の口癖だ。

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