デパートのルネッサンスはどこにある? 2024年05 月01日号-91

近鉄百貨店が脱百貨店路線
本来は前号に引き続き「セブンVS.イオン」の続編をお届けする予定であった。しかし、近鉄百貨店が新たな方針をマスコミ発表したため、そちらを優先する。
本紙はデパート「新聞」であるから、新しいニュースを優先すべきなのは当然と言えば当然だ。
前号で予告していた「イオンについて次号で論じる」というのも5月15日号以降になる。訂正してお詫び申し上げる。
「近鉄よ、お前もか?」
・近鉄百貨店が、本店以外は「百貨店」の看板を外すと発表
・首都圏での電鉄系百貨店の「脱百貨店」の流れが近畿圏にも波及?
4月10日、近鉄百貨店は5年後の2029年2月期までに、店名から「百貨店」の名称を外すと発表した。尚、大阪の「あべのハルカス近鉄本店」は変えない、と言う。
郊外や地方の店舗については、従来の百貨店モデルを辞め、日常使いの商業施設として生き残る道を選択する。今後、近鉄は「脱百貨店」のスタンスを鮮明にする方針だ。
それは即(すなわ)ち、ブランドファッションに代表される、アパレルテナントを集積させる様な従来の百貨店手法から「距離を置く」戦略だ。
実は、近鉄が「脱百貨店」を宣言するのは、今回が始めてではない。
3年前の2月25日の日経に秋田社長が「百貨店事業には頼らない。百貨店の域を脱して暮らしに役立つマルチデベロッパーを目指す」と宣言した、と記事では伝えている。
郊外店を地域の拠点とする事やFC加盟など、百貨店以外の収益源を探る、としている。逆に言えば、3年たっても方針がブレていないことの証左なのかもしれない。
百貨店ゼロ県
大前提として「地方百貨店の閉店連鎖」があるのは言うまでもない。
日本百貨店協会によると、東京や大阪など10都市を除く、地方都市の百貨店の数は、2024年1月時点で109店舗となり、直近10年で約50店舗減少しているのだ。
地方や郊外エリアでの大型商業施設(イオンモール等)やカテゴリーキラーとの競争に加え、人口減少の加速など、逆風が強まっているのは、本コラムで毎度お伝えしている通りだ。
デパートがなくなった都道府県、いわゆる「百貨店ゼロ県」も山形、徳島と続き、次は岐阜県だ。郊外や地方都市では、百貨店をとりまく事業環境は年々厳しくなる一方なのだ。
少々酷な言い方になるが、近鉄百貨店は、あべの本店以外は元々「百貨店らしさ」に乏しかった。言い過ぎかもしれないが。
脱百貨店
本コラムでは常々言及しているが、電鉄系百貨店のこうした「百貨店辞めます」の動きが、更に加速する可能性は否定できない。
東急、小田急、京王、に続き関西の雄、近鉄百貨店も例外ではなかった、という事なのだから。
誤解を恐れず言えば、近鉄の「脱百貨店」はワンテンポ遅れている、とも言える。但し、近鉄は「あべの本店」は百貨店として存続させる、とも発表しており、この辺りの事情は「脱百貨店」を先行する東急や小田急とは異なる動きだ、詳しく後述する。
「郊外店は『百貨店』という店名から脱却し、新しい施設に生まれ変わらせたい」4月10日、近鉄百貨店の秋田社長はマスコミに対しこう述べた。競合の撤退が相次ぐなか、地方では「脱百貨店」を進め、5年かけて近鉄の店舗としてのブランドの見直しを進める意向だ。
以前にも述べたが、三越伊勢丹や髙島屋、大丸松坂屋といった呉服店系デパートは、その「屋号」がブランドそのものである。これに対し、後発で参入した電鉄系デパートは、ターミナル駅という地の利に加え、「百貨店」の看板を冠することにより、ブランド価値を生み出して来た。
なので、近鉄の様に本店以外の全店舗から百貨店の看板を外す様な例はかつてなかったのだ。
※前述した関東圏の私鉄デパートは主にターミナル拠点の「本店」建て替えに際し「百貨店としてのリニューアル」をしない、としており、近鉄の対応とは対照的だ。
地方と郊外に
名称を変える対象は近鉄百貨店奈良店や和歌山店など、地方・郊外9店舗であり、近鉄百貨店あべのハルカス近鉄本店は変えない。
各店の新しい店名は決まっていないが、「近鉄」という屋号自体は残す方針だという。
近鉄は2024年度からの5年間に250億円以上を投じ「日常利用」をテーマに、幅広い目的を持った商業施設に作り替えていく。近鉄の秋田社長は、こうした「地域密着型の店舗戦略」のために「店名の見直しが必要だ」と強調する。
いくつかキーワードに絞って説明する。
●上層階
地方・郊外店は駅前立地のポテンシャルを生かし、上層階に行政サービスやクリニックモールなどを入居させる。それ以外にも、洋裁教室、学習塾など、子育て支援や金融など、生活サービス関連のテナントを導入し、地域コミュニティーとしての利用を促す考えだ。奈良店など2店舗では、既に大規模な改装がスタートしている、と言う。
●下層階
客数の多い下層階では、飲食店や食品スーパー、ドラッグストアなどのフランチャイジーとして自社運営売場を大幅に広げる。更に、来店頻度を高めるため、本年度中に東大阪店と和歌山店に高級食品スーパーの「成城石井」を導入する。自社スタッフでFCを受ける一方、専門性が求められる高品位スーパーについては、エキスパートに任せるなど、メリハリをつける戦略だ。
●FC化
FC(フランチャイズチェーン)の場合、人員配置によって運営費のコントロールが可能で、テナント導入による賃料収入よりも利益率が高い。2029年2月期までに百貨店事業の売上高の半分以上をFCで稼ぐ考えだ、と言う。
FCの店舗数は現状から100店舗に増やし1・6倍にし、売上高は前年度(23年2月期) 比3倍の400億円を目標としている。
●本店
近鉄百貨店の本丸であるあべの本店も刷新を進める。急回復するインバウンド(訪日外国人)客らの高額消費を取り込むため、アパレルや宝飾品などの海外ブランドを20店舗に倍増する。
2027年をメドに改装を進め、ラグジュアリーブランドのゾーンを1階だけでなく2階以上にも広げる計画だ。
●デパ地下
地下食品フロアでは、日本各地の名産品を集め、ご当地グルメを楽しめる売場への改装を進め、この4月にはカウンター越しに和洋酒を提供する「ハルチカBar」をオープンする。クラフトビールやワインなどを、その場で楽しめるようにする、という。
但し、この発想もけして目新しい訳ではない。例えば新宿伊勢丹B1Fでは「テイスティングカウンター」や「キッチンステージ」「クラフトビアバー」という名称でイートイン機能の充実を図っており、半周遅れの「今更」感は否めない。
●脱とシン
近鉄のスタンスは、本店以外で「脱百貨店」化を進め、本店は「シン百貨店」化を進めるのだ。※シンは「新」ではなく「真・深」である。
秋田社長は「2025年の関西万博を控えるなか、あべの本店をインバウンドの受け皿にしたい」という。
本店と地方・郊外店との二極化戦略を近鉄の勝ち残り策と位置付けているのだ。
●関東との違い
関東県の電鉄系(東急、小田急※、京王)は本店の「脱百貨店」だけなのに対し、近鉄は地方・郊外店の「脱百貨店」と「本店は本来の百貨店道を貫く」という二極化戦略を打ち出しているのだ。
近鉄はデパートを辞めるのではなく、都市と郊外でメリハリをつけ、本店は百貨店業をより進化させようとしている。
●公益減
とは言え、デパートの看板を自ら下げる地方・郊外エリアにとって「日常使い」は公益性のダウンを招く。それは金太郎飴の様なチェーン店の仲間入りでしかないからだ。
近鉄の脱百貨店化は、出店エリアの公益性のダウンに繋がるという側面を忘れてはならない。
デパート新聞社としては、近鉄の新たな戦略を、期待と不安の両面から見守って行きたい。
従って、冒頭のサブタイトルで「お前もか?」と記したことは、一旦取り下げお詫びする。
小田急ハルク
※毎度お馴染みのエクスキューズで恐縮だが、小田急百貨店新宿店は本館を閉店したが本店機能はハルク館に移転し営業を継続している。
但し、旧小田急新宿店本館は前号でも言及した様に文字通り跡形もない。
要するに、小田急百貨店新宿店は「新宿西口ハルク」という複合商業施設に出店しているのだ。
そして一目で判るのは2〜6Fがビックカメラだという事だ。(小田急新宿店本館跡の画像と小田急ハルクのフロアガイドを掲出する)因みに小田急はターミナル拠点である新宿に於いてハルク以外にもミロードやフラッグス、サザンテラスといった複数のSC(商業施設)を運営している。小田急の新宿戦略については、別途お届けしたいと思っている。
近鉄ブランド
さて、関東の人間にとって近鉄百貨店はあまり縁がない。筆者の記憶にあるのは「吉祥寺近鉄」である。
あくまで筆者の個人的印象で恐縮だが「近鉄」はけして華やかではないが(失礼)実直、生真面目、というイメージがある。誤解を恐れずに言えば、洗練(ソフィスティケート)され過ぎていない、良い意味での「泥臭さ」を感じるのだ。
もしかしたら、かつてのプロ野球「近鉄バッファローズ」のイメージが重なっているかもしれない。
派手さはないが「いぶし銀」の様な当時の西本監督と選手たち、そしてそのプレースタイルを思い浮かべてしまうのだ。
1979年、広島との日本シリーズでは、カープの抑えの切り札である江夏投手の「21球」に光が当たりがちだが、日本一になれなかったパリーグの覇者「近鉄」にエールを送っていたものだ。
近鉄球団は、その後オリックスに吸収されたので、結果として日本一にはなれずじまいで終わってしまった。
いつものことだが脱線が過ぎた様だ。話を本論に戻そう。
吉祥寺ブランド
吉祥寺近鉄は、正式には近鉄百貨店東京店という名称で1974年にオープンしている。残念ながら今から20年以上前の2001年に閉店した。
運営していた株式会社東京近鉄百貨店は三越との共同出資で設立された経緯もあり、跡地は三越や大塚家具に変わった。が、三越も早々に手を引き、2007年からヨドバシカメラの「マルチメディア吉祥寺」となって現在に至る。
都心ターミナル駅近くの百貨店はすべからくヨドバシやビックといった家電量販店になってしまうのではないかと、そんな妄想をさせる程、良くある変遷をたどった施設だ。
若者の街という「こっぱずかしい」呼び名も今は昔、吉祥寺では東急百貨店は辛うじて健在なものの、F&Fというビルに入居していた伊勢丹も2010年に撤退し、現在は三菱商事系のコピスというSC(商業施設)に変わってしまった。
因みにF&Fは、武蔵野市の吉祥寺駅周辺再開発事業の一環として、有名なサンロード商店街と同時期の1971年に伊勢丹吉祥寺店として開業している。
百貨店不毛の地
近鉄(三越)、伊勢丹が去り、吉祥寺の百貨店は東急が孤軍奮闘という形だ。もちろん、井の頭線でつながる本拠地渋谷でも百貨店の営業を終えたことは、本コラムで重ねてお伝えしてきている。
東急グループの思惑も含め、吉祥寺東急の行く末も正直気になるところではある。
旧伊勢丹跡のコピスは、駅中のアルタ、キラリナ、駅前のパルコ、井の頭公園側のマルイと併せて、吉祥寺のテナントビルの一角を占めている。
端的に言うと、JR吉祥寺駅上に鎮座するアルタ(昔はロンロンという名称だった)以外は、中々売上好調という話は聞こえて来ない。
繁華街としては新宿、渋谷には及ばないものの、ある程度の成功を想定していた各事業者も「吉祥寺の商売は難しい」と実感しているのではないだろうか。
本コラムでは2020年の5月1日号で立川髙島屋の百貨店区画の営業終了をお伝えしているが、各社からドル箱の様に思われていたJR中央線沿線のターミナル駅であっても、デパートの生き残りは容易ではないのだ。
新宿、渋谷、池袋、立川、吉祥寺と、デパートの閉店の歴史を遡(さかのぼ)れば、死屍累々(ししるいるい)だ。縁起でもないが。
若者の街の錯覚
吉祥寺を「若者の街」と呼んでいた時期はあったし、今も若者が遊びにやって来るのは間違いない。けれどもそれは「ショッピング」目的ではなく、カフェやスイーツや(もちろんファッションや雑貨の購入もあるだろうが)果ては目的すらない無い「街ブラ」のためではないだろうか。
土日に限らず、来街者の多さを見れば、商売人の血が騒ぐのは否めない。只、実際の百貨店(吉祥寺東急)の購買層は、そうした「若者」ではなく、彼ら彼女らの親や祖父母世代なのだ。
なぜなら吉祥寺の住宅事情(不動産、賃貸相場)からいって、壮年、老年層以外、周辺に住める訳がないからだ。
なぜ自治体や百貨店事業者、デベロッパーが、吉祥寺の実態を見誤るのか? そもそも原宿、青山、表参道、代官山といった、若者が徘徊(失礼、周遊か)する街はデパート不毛地帯なのだ。
筆者は事業者が吉祥寺を立川の様なターミナル駅と勘違いしているのではないかと思っている。デパートであれSCであれ、街自体(路面店)に魅力があることはかえってマイナスなのだ。
吉祥寺論
吉祥寺のデパートは東急以外すべて淘汰されてしまい、失礼ながら丸井も青息吐息だ。
デパートだけでなくキラリナ、コピス、パルコ等のSCも、好調とは言いかねる。街は路面店も含め競合が多く、オーバーストアであることはだれの目にも明らかだ。そしてこの街は、インバウンドに関してもその恩恵を享受出来ていない。ハイブランドも名所旧跡も皆無であり、広い公園と狭い路地裏の横丁のみにぎわっている…
対して、街にライバルのいないヨドバシカメラやユニクロといったカテゴリーキラーは、比較的健闘していると聞く。絶対客数が成せる技なのかもしれないが。
そもそも筆者には、吉祥寺の何が人びとを引き付けているのか解らない。店が店を呼び、客が客を呼ぶのだろうか。
中央線沿線の中で、中野や高円寺よりも文化度が高かった、等と言うとまた叱られそうだ。
只、少なくとも昔から物価や賃料と、そして住民のプライドが高かったことは間違いない。
そもそも吉祥寺の土地は、その名が示す様に、大部分が寺の所有であり、壮大な不動産価値がある。「坊主丸儲け」の語源の様な話である。
今回は近鉄百貨店の「脱百貨店」の話から、吉祥寺(商業施設不毛)論で紙面が埋まってしまった。
「セブンイ&アイがヨーカドーを上場」の解説は次号に譲る。

デパート新聞編集長
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