デパートのルネッサンスはどこにある? 2023年07月15日号-73
シリーズ『そごう・西武』売却 第9弾 - セブン&アイによる「池袋西武ヨドバシ化」再び
西武百貨店池袋本店
1940年に、旧西武百貨店が開業した西武池袋本店。昭和15年生まれということは御年83歳となり、日本人男性の平均寿命に等しい。
だからと言って、デパートとしての魅力が尽きたとは思わない。もはや池袋西武は、呉服店系の老舗百貨店と、電鉄系の駅上デパート、という単純な図式には収まらない存在だからだ。
顧客が、新宿伊勢丹や銀座三越に比べ、梅田阪急や池袋西武を格下に見る理由は存在しない。もちろん立地からくる利便性や、趣味趣向の問題はあるだろうが・・・
話しを戻そう。
タイトルに掲げている様に「池袋西武」へのヨドバシカメラの出店について、地元の豊島区などは池袋の「顔」として、百貨店業態の存続にこだわった。
当然、周辺施設、特に既存の家電量販店「ビックカメラ」はヨドバシカメラの入居に「猛反対」している。
この辺りは、本コラムでは何度もお伝えしている通りだ。
「池袋西武へのヨドバシカメラ出店」に反対していた豊島区の高野之夫区長については、本紙3月1日号の1面に訃報を掲載しその功績を記した。
興味のある方はバックナンバーをご参照願いたい。
尚、本年1月15日の本コラムでも「西武池袋本店の存続」を求める同区長の主張を「嘆願書」とともに掲載している。
2023年は、早くも半年が経過し、株主総会をどうにか乗り切ったセブン&アイの井阪社長が、ヨドバシホールディングスとの仲介役である米投資ファンド「フォートレス・インベストメント」の命を受け、再び「蠢(うごめ)きだした」様だ。
ヨドバシ導入プラン
セブン&アイ・ホールディングスの井阪隆一社長は、あろうことか「西武池袋本店へのヨドバシ導入プランは、そごう・西武が自分たちで作ったことにして欲しい」と発言した、と伝え聞く。業界ではこんな話が「まことしやかに」聞こえて来る。良くある「関係者によれば」というニュースソースであるが・・・
それが6月の初めにそごう・西武の林社長を呼び出しての発言、という細かい状況まで聞こえてくるのだから、念の入った話だ。
セブン&アイによるそごう・西武の売却劇が、また新たな局面を迎えている。正直、新たな局面が多すぎて、もはや本コラムの「飯のタネ」と言っても過言ではない。
そもそも、セブン&アイがそごう・西武の売却を決断したのは2022年2月に遡る。2度の入札を経て同年11月、アメリカの投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グループに、そごう・西武の全株式を2000億円超で売却する契約を結んだことに端を発する。
だが、西武池袋本店(池袋西武) をめぐって、フォートレスと組んでいる家電量販大手・ヨドバシホールディングスとの条件交渉が難航。今年に入り売却実行の時期は2度も延期され、ついには「無期限延期」になったまま今に至っている。
既存店の玉突き
しかし、5月25日にセブン&アイが定時株主総会を終えると、事態は再び胎動を始める。セブン&アイは「ヨドバシSCプラン」と呼ばれる改装案を自ら作成し、関係者への根回しに走っているというのだ。その全容は本紙の購読者であれば、概ね既知の内容だ。
ヨドバシカメラ入居に伴う「池袋西武改装プラン」は、池袋西武の本館北~中央にターゲットを絞って進められる。店舗内の「一等地」といえる池袋駅直結の本館北~中央の地下1階から地上6階の大部分を占拠するという計画だ。
ヨドバシは多額の資金を拠出して池袋西武の不動産を取得し、池袋駅の正面玄関に位置する本館北~中央ゾーンの低層階への出店を画策したのだ。
しかし、この「低層階占有案」が、現行テナントの事実上の「強制移転」を意味するのは、火を見るより明らかだ。こうした痛みを伴う改装プランが、各方面からの批判を呼んでいるのだ。
※4月15日号の本コラムを再掲し、振り返ってみよう。
フォートレスと手を組んだヨドバシカメラは、西武池袋本店の不動産を取得し、東京の「ターミナル駅立地」の最後の聖地を手中に収める。そして、ライバルであるビックカメラと対峙し、地の利を生かしてビックを凌駕するつもりなのだ。だが実際には、ヨドバシが店内のどこに入居するかでフォートレス+ヨドバシ連合とそごう・西武とは合意に至っていないのだ。
デパートのルネッサンスはどこにある? 2023年04月15日号
-- 中略--
そして争点は、ヨドバシの入居区画について、ヨドバシはセブン&アイやそごう・西武の当初の想定をはるかに上回る「好立地かつ広範囲」のスペースを要求している、という話が、業界内でまことしやかに囁かれている。
要求がエスカレート
豊島区の故・高野区長は会見で「池袋西武の北側低層部(1~4階)への入居には反対だ」と強い口調で述べている。今回の情報は、以前の情報を上回る地下1~6階へと、ヨドバシゾーンは拡大している。批判を浴びて縮小するどころか、増殖しているのだ。
ここで、池袋駅のロケーションに詳しくない方のために説明すると、西武百貨店は駅の東口にあり、駅前広場から駅を望むと、向かって右側が北側になる。
西武の本館北と言われると、池袋駅の「右端=北の端(はずれ)」と思われる方もあると思うが、実際には本館北の右側(北側)にはパルコがあり、本館北(と中央)が西武のメインの館なのである。
本館北は地下1階でJRのコンコースに面しており、地下鉄や東武(西口)にも直結しているのだ。
うなぎの寝床の様な西武百貨店は、南に行くにつれ中央、南と連なり、西武池袋線の駅ホームはJRよりもかなり南側に位置しているのだ。
ヨドバシが本館北(及び中央)にこだわるのも当然と言えば当然だ。本館南や、書籍や無印良品のある別館まで行ってしまえば、ライバルであるビックカメラより、駅から遠くなってしまうのだから。
争点は北側
先ず、この本館北の争奪戦の最大の焦点は、ラグジュアリーブランドの雄である「ルイ・ヴィトン」の移転だろう。現在店舗を構える本館北1~2階は、昨年10月に改装を終えたばかりだからだ。
ヨドバシが本館北を占拠すれば、ヴィトンは中央や南側に移転せざるを得ない。7階では、という議論は無駄なのでしない。
ヴィトンはグッチやシャネルといった、他の海外ブランドの南側に移転するのか、それとも、それらのブランドも玉突きで移動させるのかは定かではない。
いざとなったら彼らには「東武やパルコに移転する」という選択肢もありうるし、最悪、池袋エリアからの「撤退」さえ考えられる。
これが高野前区長の言う「文化の街」としての危機なのかもしれない。ラグジュアリーブランドが「文化」の担い手なのか? については、当然「賛否」あると思うし、筆者は「ブランドは文化か」の問いに答える立場にはない。
但し、銀座、新宿、渋谷と並び、そうした百貨店のブランド戦略が「池袋」の土地の「価値」を押し上げて来たことは、だれにも否定しえない事実であり、そのことだけは、申し添えておきたい。その意味で、前区長の最後の主張は「区民への遺言」として、評価に値すると思われるのだ。
ルイ・ヴィトンの反発
そごう・西武関係者曰く「池袋西武とルイ・ヴィトンは10年に亘り信頼関係を築き、その結果として、現在のメゾネット化と増床が実現した。
そうした事情をまったく無視したプランだ」と憤る。
加えて「大規模改装直後に、再び移転しろ(それも今より悪い立地に)」という話に対してLVMH(ルイ・ヴィトンの親会社)の反発は必至だ、と看破する。
本館1階北に出店するヴィトン以外のラグジュアリーブランド(グッチやロエベ)も当然移転となる。現在は本館の中央に位置するシャネル、ディオール、トムフォードなども南側へ移転する計画になっており、グッチに至ってはさらに離れた別館に移すというのだ。
「このプランのブランドの配置は只のパズルであり、机上の空論だ。単に面積を合わせただけにすぎない」というのが事情通の共通見解の様だ。当然ブランド側の了承は得られないし、逆に「撤退も辞さず」と言うスタンスがほとんどでは、と見られている。
好立地でなければ「ブランドに傷がつく」し「電気屋(失礼!)より悪い場所など、考えられない」というのが彼らの商売としては「本音」であろう。
漁夫の利
西武百貨店との契約形態が「定借か否か」がポイントかもしれない。
万が一定借契約でなければ、テナントの移転や退店による違約金は、軽く億単位に達するだろう。
一方、東武百貨店内でも同一ブランドを構えていれば、その店舗を拡充し「池袋エリアの基幹店」とすれば、事足りるのではないかと、シロウトでも考えつく。
どうしても「池袋東口にも拠点を」となれば、隣の池袋パルコへの移転という選択肢もある。現に、渋谷東急本店の閉店時には、自社グループのスクランブルスクエア内に吸収しきれずに、渋谷パルコに大型拠点を設けたハイブランドもあった。
老舗ブランドの若返り政策や、若年層をターゲットとする新興ブランドによる「脱百貨店」も相まってだが。
デパ地下も
この改装案の懸念点はそれだけではない。
地下1階の食品ゾーンの中で、いわゆる「デパ地下」の2本柱であるスイーツと総菜の内、ドル箱の総菜売場「おかず市場」が地下2階の南の端に移転させられる事になっているのだ。
総菜や弁当は、主婦層だけでなく、会社帰りの単身者が購入するケースも多く、改札階である地下1階からの移設は、顧客の利便性が損なわれ、デパ地下としての死活問題となるのは明らかだ。そして、上層階のファッションゾーンも同様だ。メインの婦人服だけでなく、紳士服や子供服などアパレルはほぼ消滅してしまう。
このヨドバシ改装案が実現すれば、池袋西武はもはや「百貨店」とは呼べなくなる。
セブン&アイやヨドバシホールディングスが何と言おうと、顧客はそう思うのだ。
反発必至
去る5月25日に、セブン&アイの定時株主総会が行われ、井阪社長の再任など、会社側の出した議案がすべて可決された。井阪体制の現経営陣は「株主の承認を得た」ことから、総会終了後すぐに喫緊の課題であるそごう・西武売却案件を再スタートさせたというわけだ。
但し、前述の様に、実態として「百貨店消滅」を招きかねないヨドバシ導入プランを、当事者であるそごう・西武が自作したことにして欲しい、といった「フェイクニュース」の様な話まで聞こえてくるところが、セブン&アイの「迷走」を裏付ける証拠なのかもしれない。
関係者によれば(このパターンばかりで恐縮だが)、担当役員がそごう・西武の林社長に拒否されると、今度は井阪社長自ら、林社長を呼び出し、改装計画をそごう・西武自らが作成したものにしろと迫り、もし受け入れないのであれば「社長を降りてもらう」と脅したと言う。
更に、セブン&アイは7月までに、フォートレスやヨドバシ、地元の豊島区、そして地権者の西武鉄道などを集めて説明会を開催し、改装計画について説明するという。だが、この会合でも参加者たちの反発は必至だろう。というのもJR池袋駅東口一帯は、2027年をメドに再開発を予定している。再開発計画の中核である池袋西武が百貨店の体をなさなければ、再開発自体が成立しなくなるからだ。混迷を極めるそごう・西武の売却劇。セブン&アイが作った改装プランが火に油を注ぎ、さらに迷走しそうだ。
最後の大物の苦言
セゾングループ(旧西武流通グループ) の最後の生き残りである、株式会社クレディセゾン。
2000年から同社を引っ張る林野宏代表取締役会長CEOは、セブン&アイの井阪社長に、面と向かって「百貨店を知らないコンビニ野郎」と言い放ったと言う。西武百貨店→セブン&アイ、西友→米ウォルマート、パルコ→J.フロントリテイリング(大丸松坂屋)、といった具合に、他社の子会社となり「解体した」セゾングループ。
散り散りになった同グループで只一人セゾンとしての独自路線を守っているクレディセゾンの林野会長。元セゾン最後の大物である林野会長からすれば「コンビニ野郎」の井阪社長に池袋西武を「蹂躙」されるのは、余程腹に据えかねた様だ。
昨年12月、井阪社長はそごう・西武売却に伴う提携カードの扱いについて説明するため、クレディセゾンの林野会長の元を訪れたと言う。
概要説明を始めた井阪社長に対し、林野会長は「あなたに池袋西武の何が判るのか? 百貨店の売場はコンビニの棚のように簡単には動かせない」と怒鳴ったという。
そして前述の「コンビニしか知らないコンビニ野郎」という発言に繋がった様だ。
井阪社長すぐさま逃げ帰ったと言う。
※関係者の話というのはすべからく「まるで目の前で見て来た」様な話ばかりだ。しかし「あの人なら、そうしただろう、こう言っただろうな」という不思議な納得感があるのも事実だ。
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