デパートのルネッサンスはどこにある? 2023年07月01日号-72

第72回シリーズ『そごう・西武』売却 第8弾

【迷走するセブン&アイ】後編

 一月のインターバルを経て、再び シリーズ『そごう・西武』売却 に戻り後編をお届けする。

 前回はセブン&アイの株主総会にて、井阪社長を含めた現経営陣に対し、退陣を迫ったモノ言う株主「バリューアクト・キャピタル」の主張を掲載した。※もちろん株主総会では、彼らの株主提案は退けられてしまったのだが・・・

 今号では、公平を期すため、そうしたアクティビスト(株主)の主張に対して、井阪社長が株主総会で主張した「本業」であるイトーヨーカ堂のリストラからスタートしよう。

イトーヨーカ堂が店舗の1/4を削減

 5月の株主総会でもプロキシーファイトの焦点となった「祖業撤退」は本当に進むのか?

 セブン&アイ・ホールディングス傘下のイトーヨーカ堂は、構造改革を推進している。具体的な中身を見て行こう。

 セブン&アイは、2026年2月末までに全国125店舗のイトーヨーカ堂の中で、1/4に当たる33店舗の閉鎖を決定した。同時に「祖業」であるアパレル事業からも撤退するとの意向を明らかにしたのだ。

 こうした改革に着手した同社は、アクティビストの求めているセブンイレブン事業のスピンオフ(分離独立)を回避した後、どこに向かおうとしているのだろうか。

 ここでちょっと過去に遡ってみたい。

イトーヨーカ堂興亡史

 総合スーパーで知られるイトーヨーカ堂の母体は、1920年に浅草で創業した「羊華堂洋品店」である。百貨店以外の小売が、ほぼ専門店一色であった1960年代に、元々洋装店であった店舗を「衣・食・住」の商品を1店舗に結集させ「ワンストップショッピング」化したのだ。

 これだけでも、かなり画期的な小売モデルなのだが、イトーヨーカ堂は更に、それを定価ではなく廉価で販売する事業モデルに転換したのだ。

 こうして、先行するダイエーや西友など、他の総合スーパーと同様、消費者の支持をることに成功した。

※5月1日号の本欄「栄枯盛衰」でも言及しているが、この時点でイトーヨーカ堂は、まだ「関東のスーパーチェーン」に過ぎなったと言う。(以下ヨーカ堂と記載)

 それから30年、バブル崩壊後の1990年代、 売上が低迷する百貨店に代わって、成長し続けたのが量販店=総合スーパーであるが、好調期はいつまでも続かない。

 停滞のきっかけの一つが、1990年代初期に始まった大規模小売店舗法の規制緩和だ。規制が大幅緩和されたことで、大規模小売店の出店ラッシュが始まったのだ。

 総合スーパーは店舗数が過剰になったことで1店当たりの販売効率が低下し、多くの店舗で収益が悪化し始めた。

新たなライバル

 そして、苦戦を強いられた要因はそれだけではない。皮肉な事に、ヨーカ堂が捨て去ったはずの「専門店」の逆襲が始まったのだ。

 2000年代に入り、無印良品やユニクロ、しまむら、ニトリといった、安価で高品質な商品を扱う専門店が日本市場に再び台頭してきたのだ。

 これにより、ヨーカ堂の収益の柱だったアパレル事業(後には日用品も)は、集客力や価格競争力で見劣りする様になった。総合スーパーの凋落の始まりだ。

 ヨーカ堂はこういった環境変化に対し、衣料品ブランドの製造小売化(SPA)などの事業改革を試みたが、アパレル事業の売上はみるみるうちに減少した。

 2005年の3000億円超から2018年の1500億円へと、13年で半減したのだ。ユニクロショックとでも呼べば良いのだろうか。

 アパレル事業の停滞により、ヨーカ堂全体の営業収益は、2000年代初頭に1・5兆円だったものが、20年後には2/3の1兆まで下落した。それまで小売業界でトップを争っていたヨーカ堂は、窮地に立たされることとなった。

 なぜこのような状況に陥ったのか? 問題の根源はその「強い」ビジネスモデルにある。

変革を妨げるモノ

 強固なビジネスモデルであればあるほど、ユニクロの台頭の様な環境変化により、ひとたび必要な要素が成立しなくなれば、ビジネスモデル全体も大きな影響を被る。

 戦国最強と言われた「常勝」武田の軍勢が、信玄の死を境に、戦に負け続けていた「弱小」徳川に攻め込まれ、滅亡にまで追い込まれた。
※NHKの大河ドラマファン以外には通じない比喩で恐縮だ。

 ヨーカ堂は、この強固なビジネスモデルがゆえに、環境変化について行けずにビジネス全体が苦しむ結果になった。

 ヨーカ堂は、シングルの若年層からファミリー層まで、老若男女問わず幅広い顧客を想定していた。こうした顧客層に対し「低価格で多様な」商品を提供していた訳だ。

 本来、この利益を生む構造は、広い顧客層に対して購買頻度の高い食料品をフックに「先ず来店」して貰い、その後、比較的利益率の高い日用品や衣料品等も「ついで買いして貰う」ことだった。こうして一客当たりの単価を高め、トータルの利益を高めるのだ。こうしたビジネスを実現するには、廉価かつ大量販売に基づく多品種・大量仕入れが必要であり、そのために、素早く正確な商品補充や在庫管理といった、強いオペレーション力が大前提となる。

顧客行動の変容

 顧客行動サイクルの大前提であった「ついで買い」が、専門店に取って代わられ、減少したことにより、それまでのビジネスモデルは成立しなくなった。

 ヨーカ堂で食品を買っても、衣料品や日用品には見向きもせず、近隣のユニクロやしまむらに行ってしまうのだ。

 結果として、ヨーカ堂のトータル売上は低迷し、利ザヤの低い食品だけが売れ、収益が悪化する、という負のスパイラルに陥ってしまったのだ。

 再起を図ろうと、これまで何度も変革に挑戦してきたヨーカ堂であるが、一度築いた強固なビジネスモデルの再構築は困難だった。

 結局、食品での集客が稼働しても、衣料品、日用品で稼ぐモデルである以上、その非食品アイテムが活性化しなければ、収益は低迷するのは自明の理だ。

 今回の店舗削減とアパレル事業撤退は、ヨーカ堂が再起を図るための大胆な変革の最後の一手ではあるのだが・・・ 

「首都圏の食」へ集中

 経験豊かな購読者諸氏は、既に答えを先読みしていることと思うが、ヨーカ堂の親会社であるセブン&アイ・ホールディングスは、2025年までの中期経営計画を修正し、グループ戦略を「食」テーマにフォーカスすると発表した。これに合わせて、ヨーカ堂も「首都圏、かつ食」に集中することで再起を目指す目論見だ。

 市場を見れば、グループの店舗密度が高い首都圏での「食」のマーケットは大きく、当然伸びも期待できる。2023年2月に東京都が公表した予想からも、首都圏人口は2030年までゆるやかな増加傾向であり、しばらくは大幅な減少は想定されていない。

 競合についても(これが一番大きな要素だと筆者は思うのだが)新たに参入しようにも、首都圏は地方に比べて広い空き地が極端に少なく、出店余地はほぼ皆無といって良い。特に、駅前や駅近の一等地は、すでにヨーカ堂が押さえている。これほどの参入障壁は中々ないだろう。

「選択と集中」の死角 

 特定の顧客や地域などにターゲットを絞り、経営資源を投入する戦略により、ヨーカ堂は、競合他社に対して効果的かつ効率的に戦おうとしている。

 加えて、食に集中する戦略により、売上を上げつつ、コストカットも出来、収益性を高めることが出来るという訳だ。

 また「総合スーパーからアリオ等のショッピングセンター事業への転換」という、もう一つの戦略にも好影響をもたらすだろう。なぜなら、今後「食」に集中することで店舗の魅力が高まれば、顧客を一層集めることができ、有力テナントのさらなる誘致につながるからだ。

 それこそ、かつてドル箱であった衣料品シェアを奪った「ユニクロ」に、今度はテナントとして入居して貰い、賃料でSC事業に貢献して貰う、という寸法だ。これも皮肉と言えば皮肉だが。

 では、この戦略にリスクは存在しないのか、というと、先程から何度も言及している、ヨーカ堂の「食」への集中、「食の強み」に死角があるのだ。

グループ内競合

 セブン&アイ・ホールディングスのメインの事業は、言うまでもなく「コンビニエンス事業」だ。そのコンビニ「セブンイレブン」は同業他社であるファミリーマートやローソンに比べ、何が「強み」か、と問われれば、「食」であろう。

 何が言いたいのかと言うと、セブンイレブンが「食」に集中し「食」を強めると、同じグループであるヨーカ堂が、一番の競合相手になってしまう、ということだ。

 当然「総合スーパーや大型ショッピングセンターとコンビニは土俵が違う」という反論が聞こえて来るのも、筆者は承知している。

 だが、本当にそうだろうか、そもそもコンビニ事業が好調で、スーパー事業が不振なのも、業種の垣根を越えた「新たな競合関係」が首都圏の狭いエリアで現出しているからではないのか。

 生活者=消費者は、自身の限られた時間やライフサイクルによって、コンビニやスーパーだけでなく百貨店をも、使い分けている。

 セブン&アイは現実的に、グループ内競合の沼にはまってしまったのだ。

 これは前述した様に、そもそも「首都圏の食」におけるセブンイレブンとヨーカ堂の優位性があってのことなのだ。これもまた皮肉なことではある。

 シリーズ『そごう・西武』売却は、本来、日本有数の大型デパートである池袋西武が「ヨドバシカメラに乗っ取られる」という、「百貨店業界全体の危機感」からスタートした。

 しかし、その根本原因は「そごう・西武」の売却を無期限延期にせざるを得ない所まで追い込まれた、親会社であるセブン&アイの「迷走」にある。このことは本コラムで繰り返し述べてきた。セブン&アイ・ホールディングスの2023年2月期の連結営業収益は前期比35% 増の11兆8千億円だった。日本の小売業で初めて10兆円を超え、正に「偉業」を成し遂げたのだが、それをお祝いする空気は、全くない。

 セブン&アイは自らが成し遂げた「偉業」を、そごう・西武売却による「迷走」によって帳消しにしてしまったのだ。

 小売業全体のエポックメーキングであったにもかかわらず、にだ。大変残念だ。

連載 デパートのルネッサンスはどこにある?

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