デパートのルネッサンスはどこにある? 2023年06月15日号-71

第71 回 絶好調の三越伊丹

 台風2号の影響により、大雨が各地に災害をもたらした6月上旬。各地を襲った豪雨は「走り梅雨」などと言う生易しい雨ではなかった。


 そんな中、西武・そごう売却を巡り迷走するセブン&アイは、5月の株主総会は辛うじて乗り切ったものの、「土砂降り」の状況が続いている。奇しくも関東甲信地方は6月8日に、例年より1日遅れて「梅雨入り」となった。

 じめじめとした季節の始まりに、本コラムは「迷走するセブン&アイ」は一回お休みにし、暗くなりがちな季節を、ちょっとだけ明るいニュースで癒して貰いたい。

明暗

 コロナ禍がようやく落ち着き始め、企業業績も日に日に日常を取り戻している昨今。だが一方で、円安、資源や原材料費の高騰といった難題が、いまだに我が国を苦しめている。

 そうした状況下で、同業種であっても企業によって業績の明暗がくっきり分かれて来ている。百貨店で言えば「伊勢丹と西武」がそうだ。片や我が世の春を謳歌し、片や( 前号でもお伝えした通り) 基幹店である池袋西武の存亡自体が危ぶまれている。

 かつて新宿と池袋で、「日本一のデパート」の座を争っていた両店が、である。

 失礼、今号は明るいニュースをお届けする、とお約束したばかりであった。筆者のネガティブさのせいだ。気を取り直して話を進めよう。

三越伊勢丹が2桁増収営業利益は前年5倍に

 百貨店各社が発表した直近四半期の決算で、売上高を前年同期と比べた。

 三越伊勢丹ホールディングスと併せて、J.フロントリテイリング、エイチ・ツー・オー・リテイリングの業界3社の業績を追った。※髙島屋は集計期日が異なるため除外した。

 企業の決算データから「直近四半期の業績」に絞って、前年同期比で増収率を算出。百貨店3社の直近四半期(J.フロントは22年12月〜23年2月期、三越伊勢丹とH2Oは23年1〜3月期)としている。 各社の増収率は以下の通りだ。

・三越伊勢丹HD(伊勢丹、三越) 増収率:15・9%(四半期の売上高1202億円)

・J.フロントリテイリング(大丸松坂屋、パルコ)増収率:9・3%(四半期の売上収益1027億円)

・エイチ・ツー・オー・リテイリング(阪急阪神百貨店)増収率:4・1%(四半期の売上高1532億円)

 コロナの感染拡大によって大きな打撃を受けてきた百貨店業界だが、いずれも四半期増収率がプラスとなった。中でも、三越伊勢丹は15%超の大幅増収を成し遂げた。コロナ禍に伴う大減収からの反動増の影響には注意が必要だが、復活の兆しが見え始めていると言って良いだろう。

 同社は、通期累計の営業利益が前期から約5倍、最終利益が約2・6倍と大きく伸びた。通期累計の売上高も2桁増収だった。

新宿本店が牽引

 さらに、伊勢丹新宿本店の通期累計売上高は3000億円を突破し、三越と伊勢丹が経営統合して以降で最高を記録した。この水準はバブルの最盛期の数字を超えていると言う。

 新宿伊勢丹は名実ともに日本一のデパートであることが証明されたのだ。

 筆者はなるべく週に一回は新宿伊勢丹を訪れる様にしているが、インバウンド客が戻った直近の四半期は、コロナ前に匹敵する「賑わい」だ。館の富裕層シフト政策や、円安によるインバウンド需要の高まりもあり、単純に客単価が右肩上がりなのは、肌で感じられる。極端に言うと伊勢丹の客は「値札をみていない」のではないかとさえ思う。

 詳しく見ていこう。

三越伊勢丹HD

 第4四半期に当たる2023年1〜3月の売上高は1202億円、前年同期比増収率は15・9%だった。同社の12カ月間の累計売上高は4874億円(前期比16・5%増)。第3四半期までの累計売上高は3672億円(前年同期比16・7%増)だった。四半期増収率は、23年3月期第1四半期から4四半期連続でプラスとなった。

 三越伊勢丹HDの売上高(通期累計)をセグメント別に見ると、百貨店業が前期比11・1%増の4133億円、クレジット、金融、友の会業が同2・8%増の181億円、不動産業が同8.7%増の176億円だった。

 主力の百貨店業では、コロナ禍の落ち着きに伴って一般消費者の外出機会が増えたことで、国内店舗の入店客数、買上客数が回復した。首都圏の店舗だけでなく、地方における大都市圏の一部店舗でも復調傾向が見られた。

 ただし三越伊勢丹によると、客足が戻りつつあるとはいえ、入店客数の回復度はまだ「コロナ前の8割の状態」であり、大都市圏の一部を除いた地域店舗では消費の回復が遅れている状況だという。このほか、インバウンド(訪日外国人)の利用状況も「コロナ前と比べて5割強の回復」にとどまっているとも。

 地方の回復の遅れは、他の百貨店からも聞こえて来ておりこうした格差が縮まる気配はない。

 この状況下で、2桁増収を達成した理由について、同社は「顧客との繋がりが深くなったから」だと述べている。要するに、前述した客単価アップ策の成功による訳だ。

好調要因

 三越伊勢丹はコロナ禍の3年間を通じても、優良顧客による高額商品の需要が継続していた。

 コロナ禍の影響が色濃く残っていた昨年でさえも、同社では首都圏の店舗を中心にラグジュアリーブランド、宝飾品、時計にアートといった新たな高額商品を付加し、好調を維持した。

 この消費トレンドが続く中、三越伊勢丹は「三越伊勢丹アプリ」「エムアイカード」の会員獲得や、販売担当者が優良顧客の元に自ら出向く「外商」ビジネスの強化を図ってきた。手法自体は百貨店ビジネスの王道中の王道であるが、伊勢丹は愚直にここを磨き続けたのだ。

 その効果もあり、同社では優良顧客による取扱額が大きく伸長した。お得意さま限定の販売会である新宿伊勢丹の「丹青会」と日本橋三越の「逸品会」では、23年2月の売上高が過去最高を記録した。

本業以外は

 一方で、セグメント別の営業損益(通期累計)を見てみると、本業である百貨店業は前期63億円の赤字から今期は204億円の黒字に転換しているものの、クレジット、金融、友の会などの営業利益は前期比37・5%減の38億円、加えて不動産業は同28・1%減の40億円といささか物足りない。絶好調の本業に対し、関連部門はやや苦戦した、という結果だ。

 百貨店業は前述した増収効果や構造改革によって黒字転換を果たしたが、クレジット、金融、友の会業は減益となってしまった。

 特に不動産業では保有物件のテナント誘致が計画通りにいかなかったことが響いた格好だ。具体的には新宿サブナードやアルタ( 新宿とサンシャインシティ) の遊休区画の状況が、それを物語っている。

都心以外も

 さらに三越伊勢丹は、「連結子会社が保有する一部の店舗において収益性の低下がみられた」と言う理由で、通期累計で50億円の減損損失を計上した。

 百貨店業の利益改善によって一連の減益をカバーし、全社の営業利益は前期比398・4%増の296億円、最終利益は同1 6 2・4 % 増の324億円で着地した。営業利益については、コロナ前の2019年3月期の数字を上回った。

 しかし、絶好調の百貨店業においても、新宿伊勢丹や日本橋三越といった基幹店以外の収益性改善という課題は残されたままだ。奏功した顧客メインの高額商品の需要が、世界情勢の影響から、いつまで継続するか不透明だからだ。もちろん、百貨店業以外のセグメントでの利益改善も急がれるのは、言うまでもない。

アフターコロナの時代

 5月8日に新型コロナが2類相当から5類となったことを受け、我らが百貨店業界だけでなく、旅行業、飲食業を含めたインバウンド需要の恩恵とその力強さを、関係者はひしひしと感じているに違いない。

 それでも、接客業のスタッフがマスクをしていない事に激昂したり、クレームを言う輩( やから) がニュースになったりと、予想通り「悪しき同調圧力のなごり」は散見される。

 心配症の日本人の心は「2類から5類に」へと、直ぐにシフトチェンジするのは難しい様だ。

 もちろん満員電車やエレベータの中など、まだまだ「マスクマスト」に近いシチュエーションに遭遇すれば「どうしようかな?」という内心の「コロナ後遺症」は筆者にも残っている。

 マスクは、自分も含めた「世のため人のため」というより「私は安全です」を示すバッジの意味合いが濃くなってきた。筆者もそれを全否定する気はない。

 只、前述した「伊勢丹パトロール」中には、そうした葛藤を忘れて、2019年に戻れるの事実だ。コロナによる「失われた3年間」の記憶も、こうして薄れて行くのだろう。

 だとしたら、元首相銃撃事件に端を発する旧統一教会の問題も、東日本大震災で感じた「脱原発」への機運も、あっという間に忘れてしまうのも当然なのかもしれない。

 災害大国ニッポンに暮らす我々には、震災や疫病を比較的短期間に忘れてしまう「忘却遺伝子」が組み込まれてでもいるかの様だ。

 今号では、インバウンド需要の回復を期に、百貨店ビジネスが回復しつつある、という明るいニュースをお届けしたつもりだ。しかし、インバウンドを切り口に考えると、デパート間の「都心と地方の格差」は却って鮮明になってしまった。百貨店の大閉店時代は、それを加速させたコロナが終息しても、密かに進行している。「真綿で首を締める」様に。

連載 デパートのルネッサンスはどこにある?

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