デパートのルネッサンスはどこにある? 2023年05月01日号-68

第68回『そごう・西武』売却第7弾 – セブン&アイへの通告 【後編】

ここからが本論だ。

池袋の一等地

 そごう・西武の売却が難航する理由は、ファンドによる「池袋西武へのヨドバシ出店プラン」だ。池袋駅直結の西武百貨店の一等地である、北館の地下1階から6階にヨドバシカメラを入店させる案が有力だと言う。

 池袋西武の北側に連結する池袋パルコの北にはビックカメラ、向かいにはヤマダ電機(かつての三越)があり、ヨドバシ予定地が既存のライバル達よりも好立地なのは言うまでもない。

 また、本紙3月1日号の1面トップで訃報を掲載した豊島区の故高野区長や、商工会議所、商店会などの団体も、池袋の文化が守られないとして懸念を表明していることも事実だ。これらを受けて、地権者である西武ホールディングスも、現在ラグジュアリーブランドを集積した1階に、ヨドバシが入店することに難色を示している、と言う。

従業員からも

 筆者も、シリーズ「そごう・西武」売却で何度か言及しているが、セブン&アイの株主である一部の従業員やOBが、売却差し止めを求めている。

 また、そごう・西武労働組合の寺岡中央執行委員長も「そごう・西武の社員として入社しているわけですから、そごう・西武の社員として働くこと、これを前提とした雇用の場の確保をお願いしたい」と直球の正論をぶつけて来ている。

 そもそも、ヨドバシが関心を示すのは、全国10店舗のうち、池袋と渋谷の西武、そして千葉そごうの3店舗のみであり、それ以外で働く人の雇用がどうなるかは「不透明」だ、というのだ。

 前編でもお伝えした通り、モノ言う株主はセブン&アイが「コンビニ事業に集中すること」を求めており、今更「売却」をやめるわけにもいかないという切実な事情がある。セブン&アイと言うより井坂社長は、そごう・西武の売却を延期はしても、最後は実行するしか道はないのだ。

 ここで少しだけ、セブン&アイ( イトーヨーカ堂とセブンイレブン) の来歴を振り返ってみよう。それは、2人のカリスマ経営者、伊藤雅俊と鈴木敏文の物語だ。

突然の訃報

 2023年3月10日、大手スーパー「イトーヨーカ堂」の創業者で、総合スーパーやコンビニエンスストアなどを傘下に持つ「セブン&アイ・ホールディングス」の伊藤雅俊名誉会長が98歳で亡くなった。

 「精神的な支柱を失い社内は悲しみに包まれている」と、イトーヨーカ堂幹部。判で押した様なコメントだが、他に言い様がないのも事実だ。

 伊藤氏は1958年、家業の洋品店をもとにイトーヨーカ堂の前身となる衣料品店「ヨーカ堂」を東京・足立区に設立して社長に就任。その後、アメリカのスーパーを参考に、品揃えを食品だけでなく生活用品にまで拡大した「総合スーパー事業」に乗り出し、社名を「イトーヨーカ堂」に改めた。

栄枯盛衰

 1973年5月にファミリーレストランの「デニーズ」を、そして同年11月に盟友である鈴木氏の力を借り、コンビニエンスストア「セブンイレブン」を設立するなど幅広い事業展開に着手し、イトーヨーカ堂を国内有数の流通グループである「セブン&アイ・ホールディングス」に成長させていった。

 ところが1992年に総会屋への利益供与事件が起き、責任をとって社長を辞任。2005年にセブン&アイの名誉会長になり経営の一線から退いた。名実共に経営は鈴木氏にバトンタッチされたものの、イトーヨーカ堂の従業員たちにとっては創業者として文字通り「精神的な支柱」であり続けた。

 今ではイオンと双璧をなす国内有数の流通グループとなったセブン&アイだが、当初は「先達の足元にも及ばなかった、という。というのも中内功氏率いるダイエーや、堤清二氏率いるセゾングループなどが先んじて巨大な流通グループを全国展開しており、当時のイトーヨーカ堂は「関東のスーパーチェーン」に過ぎなかったからだ

生き残ったセブン

 ところが1990年代、バブル崩壊を皮切りに、ダイエーやセゾンといったガリバー達の足元が崩れ始める。ダイエーは産業再生機構の支援を受けた後、丸紅を経て、イオングループの傘下に下った。

 言うまでもないが、セゾングループは、西武百貨店が民事再生法の適用を受け、そごうと経営統合し、そごう・西武となったが、最終的にはセブン&アイの傘下に入った。
この買収を主導したのが、セブン&アイ・ホールディングスの現名誉顧問、当時のCEO「小売の神様」鈴木敏文氏である。

 30 年の時を経て、ダイエーとセゾンの時代からイオンとセブンの時代となったのが、歴史は繰り返すのが「世の習い」だ。前号でお伝えした井坂社長への退任要求など、そごう・西武の売却の成否によっては、大きな混乱は必至だ。新たな統合や、百貨店(小売)
業界全体の再々編に繋がるかもしれない。

 セブン&アイは生き残ったとしても、近い将来、もはや百貨店も量販店も切り離した、コンビニ専業となり、アイ(イトーヨーカ堂)が抜けた只のセブン(イレブン)になるのかもしれないのだ。

今度は視点を変えて、反対側から見てみよう。

モノ言う株主

 セブン&アイは株主に翻弄されている。

 曰く「イトーヨーカドーを分割、売却し、コンビニ事業に注力すべき」、と。提案を実施すれば、純利益は中期経営計画の「1・4倍超」株価は「1・85倍超」になる、とも。

 米投資ファンド「バリューアクト・キャピタル・マネジメント 」はこう訴えているのだ。

 これに対し、セブン&アイが打ち出した対案は(実態は折衷案だが)「削減案」だ。

 傘下のスーパー「イトーヨーカドー」の不採算店舗33店舗の閉鎖を発表し、今後3年間で、現在の約7割、ピーク時の「約半分」にまで店舗を減らすというIYとしては「踏み込んだ」内容だ。但し当然、バリューアクトは納得していない。

 彼らの論点は、セブン&アイが「イトーヨーカドーを持ち続けるメリットがあるかどうか」なのだから。

 もう少し具体的に言うと、共同商品開発、共同仕入など「コンビニとスーパーのシナジー効果」があるかどうかなのだ。

セブンの反論

 セブン&アイによると、立地要因を除き、消費者がコンビニを選ぶ時は、その半数近く(46%)がセブンイレブンを選択している、と言う。そしてその理由の3分の2が「食品の美味しさと品揃え」だというのだ。

 購読者諸氏も、自分ならどうだろう、と内省してみて欲しい。筆者はこの意見に、正直頷( うなづ) かざるを得ない。

 セブンイレブンの優位性は、プライベートブランドである「セブンプレミアム」の品質でありそれはすなわちイトーヨーカドーの品質管理であり「味へのこだわり」だ、ということなのだ。セブン&アイが訴えるシナジー効果は、こういった「目には見えない」優位性の積み重ねだ、というのだ。

 3月9日の「中期経営計画」発表後、株価は4・1%上昇。上場来高値を更新した。市場から一定の評価を得たようだ。

※前号の前編で言及した「たったの4・4%で」の解説をしておこう。

共同歩調?

 バリューアクトが保有するセブン&アイの株式は4・4%。大株主とはいえない比率にもかかわらず、圧力をかけることができるのはなぜか。それは、バリューアクトが、他の株主と共闘して企業に相対し、共同歩調を取るからだ。

 アクティビストの仕事は、企業価値(株価)向上策を提案し、株価を上げ、売却して利益を得ることなのだ。

 2000年代以前に多かった「ハゲタカや乗っ取り屋」に比べ、保有する株式は極めて少ない。それは、彼らが経営権の獲得を目的としていないからだ。多くは、株主提案可能な株数を取得し、他の株主と共同戦線を張り、企業側に自分たちの「改善案」を呑ませる手法を取るのだ。

 もちろん共同戦線を張るには、改善案が「私益」ではなく「全株主の利益のため」であることを、他の投資家に納得してもらわなければならない。そのためバリューアクトは、セブン&アイを長期間調査し、分析結果を75ページもの提案書にまとめ公開している。

その骨子は以下四点だ。

  1. イトーヨーカドーの売却
  2. セブンイレブンへの注力
  3. そごう・西武の売却完了
  4. 国外セブンイレブン運営の見直し。

シロウトが聞いても「なるほど」と思う、至極妥当な提案に思える。

株主達の判断は

 セブン&アイ・ホールディングスは4月18日、井阪隆一社長らが続投する取締役人事案を公表し、5月の定時株主総会に諮る。一方、米投資ファンドのバリューアクト・キャピタルが、井阪氏ら4人の退任を求める株主提案をしていたことは、前号で詳しく伝えている通りだ。

 セブン&アイは株主提案に反対し、井阪氏らの続投について「最適な体制であると確信している」としている。株主たちは、どのように受け止めるだろうか。

企業は誰のモノか 誰のためのモノか

 セブン&アイに限らず、日本の経営者は(創業者に限らず)自社を「わが社(マイカンパニー)」と呼ぶ。昨今のコンプライアンスとか、ガバナンスといった状況を考える企業は「わたくしどもの会社(「アワーカンパニー)」と呼ぶ。お客様や社員、取引先からそう言ってもらえるのが理想だという考えだ。

 一方でアクティビストの聖地アメリカでは、株主に対して自社を「あなたの会社(ユアカンパニー)」と表現するのが普通だという。さすが、株主資本主義の米国は違う。

 こういったコトを理解していないと、セブン&アイによる、今回のそごう・西武売却の行方、是非を見誤ってしまうかもしれない。

 筆者は、セブンは日本の企業なのだから日本流を貫(つらぬ)けば良い、等と「ガラパゴス化推進協議会」の様なコトは言いたくない。※もちろんそんな団体は存在しない。

 だからと言って「株主良ければすべて良し」という株主至上主義に与(くみ)する気も毛頭ない。

公益

 小売の世界には昔々から「三方良し」や「先義後利」の考え方が根付いているはずではないか。社員(労働者)、消費者、取引先に(もちろん株主にとっても)ベストではなくともベターな決着を模索して欲しい、と筆者は願う。そして可能な限りで良いので、周辺施設や企業、自治体の意向も勘案して欲しい。

 それこそが本紙が提唱する「公益」のスローガンの神髄だ。この公益という理念こそが、絶滅危惧種たるデパートを存続させる「キーワード」なのだ。

 バリューアクトとヨドバシが、そしてそれに従うセブン&アイが、株主と自社の利益だけを考えて行動し、そごう・西武の従業員や、池袋西武の顧客を蔑(ないがしろ)にすることは許されない。

「閑話休題」池袋から新宿に目を移してみよう。

過去最高業績

 三越伊勢丹ホールディングスが4月3日に発表した3月の売上高(速報値)によると、伊勢丹新宿店の3月度売上高が前年同月比で24・8%増を記録した、という。

 2022年累計では1991年度の過去最高売上高(3000億円)を上回る勢いだ。

 2021年度の国内百貨店の総売上高は4・4兆円で、1991年度の9・7兆円から大幅に縮小していた。そして、購読者諸氏が「肌感覚」で認知している様に、インバウンド需要が本格的に戻ってきたのは今年に入ってからということを考え合わせても、驚異的な好業績と言える。

 果たして、この好調は「オワコン」と言われていた我らがデパート業界(全体)が、活気を取り戻したからなのだろうか?

富裕層とインバウンド

 都心の大手百貨店がコロナを機に「富裕層シフト」を進めている事は、本コラムで何度も言及している。加えて、コロナ禍3年間の空白を取り戻す様に、インバウンド需要がいっきに解放されたことが重なり、大きな購買の波となったことは、想像に難くない。

 富裕層とインバウンドと言う、二つの恩恵を受けたのが、新宿伊勢丹だ。

 そして、閉店した新宿小田急や渋谷東急等の「受け皿」となったことも、付け加えておこう。

 池袋西武の業績が気になるところだ。

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