デパートのルネッサンスはどこにある? 2023年03月15日号-65

第65回【東急本店の閉店と百貨店閉店時代】後編

電鉄系の再開発相次ぐ

 前号でも伝えたが、鉄道会社の「経営理念」を反映させた結果なのか、都心の電鉄系百貨店では渋谷東急本店以外にも再開発計画が相次いでいる。

 新宿の小田急百貨店新宿店は2022年10月、建て替えに伴って本館での営業を終了し、解体作業がすでに始まっている。そして、2029年度に完成する地上48階建ての再開発ビルの中に百貨店が入居するかどうかは未定、としているのだ。同じく新宿駅西口では、京王百貨店新宿店も建て替えを計画しており、小田急同様、百貨店の存続等は決まっていない。

  電鉄系百貨店は、三越伊勢丹ホールディングスや、Jフロントリテイリング(大丸松坂屋)、髙島屋など、呉服屋をルーツとする「呉服屋系百貨店(いわゆる老舗)」と比べ、グループ内における百貨店事業の位置づけが低い。

 いや、かつては高かったが、今は駅近の商業施設の中の選択肢の一つに過ぎない、と言っても良いだろう。それは彼らの生業のルーツが、電鉄とその沿線開発(不動産業)であり、百貨店という商売を始めたのは、電鉄の起点となる駅立地の利点を最大限に活用できるから、というのが理由だからだ。

 前号でも述べたが、それが今や、デパート業は儲からないし、もはや「ステイタス」でもないというのが、電鉄系が「再開発でビルを建て直しても百貨店の再開は未定」という真意であろう。

先義後利と先利後利

 「先義後利」は老舗デパート大丸の創業からの理念であるが、電鉄系は「先利後利」( 筆者の造語:後にも先にも利益しか考えていない) だから、と言ったら言い過ぎだろうか。

 現にそごう・西武の売却を決めた「日本一の小売業」であるセブン&アイも、同様の発想(理念とは呼べない)で池袋西武のヨドバシ化を進めている事は、2月1日号でお伝えした通りだ。

 ある老舗百貨店の幹部は「都心の好立地の不動産を持つ私鉄各社は『百貨店を入れるより、テナント型の商業施設にしたほうが儲かる』という考えなのだろう。電鉄本体の力が強く、本社が百貨店をやめると言えば、百貨店側は何も言えないのでは」と、電鉄系百貨店が置かれた立場を代弁している。

 彼らにとっては、百貨店はOne of them(選択肢のひとつ)に過ぎない、という事になる。

 渋谷東急、新宿小田急、京王だけではない、池袋西武に至っては、電鉄の後ろ盾のない元電鉄系百貨店であり、親会社であるセブン&アイのお家事情(というか「物言う株主」の圧力)から、ヨドバシに「身売り」することに決まっている。

 前号の1面で、豊島区の高野区長の特集記事を掲載しているが、セブン&アイの思惑は「先利後利」どころか、詰まる所「株主利益ファースト」であり、それが様々なステークスホルダーの反発を招いているのだ。

ターゲットは富裕層

 ついつい興奮して話が逸れてしまった、話を戻そう。

 東急本店なき後、周辺にある競合百貨店の間では松濤の超富裕層を含めた「外商顧客」の争奪戦が始まっていると言う。いや、閉店のニュースが流れたとたんに、各社とも体制を強化して顧客獲得を狙って動いたというのが本当の様だ。

 「東急本店は、その立地から元々集客に苦戦しており、だからこそ上顧客への特別なサービスを提供する「外商」に注力していた。」と話すのは、都内の百貨店幹部だ。

 東急本店の西側には都内有数の高級住宅街である松濤エリアが広がっている。そして東横線を筆頭に、東急沿線は東京の南西部から神奈川まで網羅しており、元々富裕層の居住比率が高い。

 こうした事を背景に、東急本店では売上の40%を外商に頼っていた、と言うから驚きだ。

 東京、大阪、名古屋など、大都市にある百貨店でも、外商比率は10~20%がせいぜいで、東急本店が抱える外商顧客が、競合他社にとって魅力的なのは、言うまでもない。

※一般客のシェアが低かったから、余計に外商に「おんぶにだっこ」だったのかもしれない。

 近隣の新宿には伊勢丹や髙島屋、銀座には三越や松屋があり、渋谷からの距離が近い百貨店ほど、顧客の乗り換えを狙って蠢いている。

 もちろん渋谷には西武百貨店もあるが、先に述べたセブン&アイの事情により、家電量販店となることが取り沙汰されており、今は勘定には入れないでおこう。

外商員のスカウト合戦

 一部の百貨店では、東急本店で働いていた外商担当者をスカウトし、中途採用する動きまで出ていると言う。なぜなら外商担当のスタッフは、顧客との信頼関係を築くために、細かくこまめにアプローチを続けており、もし担当者が他社に移籍すれば顧客も移ってくることもあると言う。百貨店の「のれん」よりも外商員との「絆」の方が勝っているという訳だ。

 顧客を奪われる側の東急も、お得意様をつなぎ留めようと必死だ。本店の閉店を受け、東急百貨店では渋谷駅前にある東急グループの商業施設ヒカリエ「ShinQs(シンクス)」内に、外商顧客専用の「お得意様サロン」をこの春に新設する、としている。

 渋谷の駅近に拠点を持つことを最大限に生かす作戦であり、ここまでは順当な話だ。

顧客ニーズは無視

 顧客の「つなぎ止め」をそつなくこなしているかに見える東急だが、一方でこんな話も聞こえて来た。

 東急百貨店本店の稲葉店長は「お客様から『私たちは今後どうなるのか』という声を聞いているが、東急グループ全体での連携によってモノ以外のサービスも提供するなどして、お客様とつながっていきたい」と話した、という。

 筆者は「いちゃもん」をつける気はないが、お客様からの「私達は(東急本店がなくなったら)どこで買物をしたら良いの?」という極めて「切実で具体的」な危惧に対し、稲葉店長の答えは「お客様とつながってはいきたい(何らかの手段で)」という、抽象的な希望的観測でお茶を濁している。

 もし筆者がお客様だったら「真面目に答えろ!」と言いたくなる様な「ズレた回答」に思えるのだ。売場を失った百貨店が、顧客との関係性をどこまで維持できるか、というのはあくまで百貨店サイドの「問題」であり、稲葉店長の回答は、顧客の要望から逃げている。

 もう少し穿った見方をすれば、上顧客向けの外商の受け皿は用意したが、一般客はそれさえもなく「ただ見捨てられただけ」と言ったら言い過ぎであろうか。

顧客は財産 

 渋谷東急から池袋西武に目を転じてみよう。もちろんこれは新宿の小田急でも同じだ。

 セブン&アイ・ホールディングスが売却交渉を進めるそごう・西武では、西武池袋本店などに家電量販大手のヨドバシホールディングスが入居する案が検討(ほぼ決定)されており、それが実現した場合には従来の外商顧客が離反していくのは火を見るより明らかである。

 大手老舗百貨店は、この池袋の騒動も「千載一遇の好機」と見て顧客争奪の攻勢を強めている。小田急や京王も含めて、東急、西武の外商顧客の争奪戦の行方いかんによっては、都内の百貨店勢力図に大きな影響を与えそうだ。

 いずれの場合も「草刈り場」は電鉄系百貨店であり、呉服屋系の老舗同士の「つばぜり合い」は激しくなる一方だ。結果としてデパートのサバイバルは老舗だけが生き残るのだろうか。

≪閑話休題≫

 ここからはちょっと余談だが、( いや「デパートのルネッサンス」的にはこちらが本論なのだが) デパートに本来備わっているべき特性を考えてみたい。

デパートとSCの違い

 テナントを集積したSC(商業施設)は、例えるなら「縦積みの商店街」だ。基本的には個々の商店が、自らの魅力だけで勝負する。 そして顧客は個々の商店と個々に繋がる。もちろん、戸越銀座や吉祥寺のサンロードの様に「集積」として認知され、評価される場合もある。もちろん、逆の例で言えば「シャッター商店街」とうれしくない分類によって一括りにされてしまうリスクもある。

 一方デパートという「箱」をラベリングするならば、「のれんや包装紙」ではないだろうか。顧客は百貨店ののれんを「ブランド」として認知し、その商品を「保証」されたものとして受容し、信用する。だから商品のトラブルがあれば、必然的にクレームはメーカーではなく真っ先にデパートに行く。そして商品を包む包装紙が「万が一不良品があったら取り換えます、返金します」というギャランティとなる。

 商品は販売するデパートのブランドにより守られており、顧客はその品質を信頼し、いつでも安心して買物ができるのだ。

東急の街「渋谷」

 さて、百貨店無き後の渋谷の街に、東急は複数の商業施設を展開している。ヒカリエ、スクランブルスクエア、東急プラザ(フクラス)、飲食特化のストリーム、食品(デパ地下)のフードショー、そしてもはや「老舗」となった109。

 因みに、長年「都心DIY」という特異な世界に君臨した「東急ハンズ」は、昨年ベイシアグループのカインズの子会社となり、東急不動産と資本関係がなくなり只の「ハンズ」となった。

 それでは東急ハンズに対抗して誕生した西武百貨店の「ロフト」はどうなるのであろう。今回のそごう・西武売却により、西武百貨店内だけでなく、単独で出店しているビルも含め、その去就が気がかりだ。

不正受給と家宅捜査

 百貨店を辞め、ハンズを売った東急、セブン&アイからヨドバシ傘下となる西武、小田急や京王も含め、電鉄をバックボーンに持った百貨店の「いくすえ」はけして視界良好とは言えない。

 それでも、最近の電鉄系百貨店の「悪いニュース」のトップは「水戸京成百貨店のコロナ助成金の不正受給」であろう。

 水戸京成百貨店は茨城県唯一の百貨店であり、追徴課税含め13憶超を国に返還する事態となっている。数日前には茨城県警により幹部社員宅への強制捜査も行われている。電鉄系百貨店を巡るニュースは気がかりな事ばかりだ。本紙、本コラムは引き続きこれらのニュースを追って行きたい。

連載 デパートのルネッサンスはどこにある?

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