デパートのルネッサンスはどこにある? 2023年02月15日号-63

シリーズ「そごう・西武」売却 第6弾 【ヨドバシが作る池袋西武】後編

 前号の冒頭(前編)でお伝えした様に、1月24日、セブン&アイ・ホールディングスが、米フォートレス・インベストメント・グループへのそごう・西武の株式譲渡を、予定していた2月1日から3月中に延期すると発表した。

 結果として、ヨドバシカメラによる池袋西武出店計画が( 本紙が伝えている様に) 実際に難航しているのが明らかとなった。

 この事案の背景には、セブン&アイが関係者の合意がないまま、売却を急いできた事が第一にあり、すべてはそれに起因している。言うまでもなく、ヨドバシへの売却を橋渡しする「投資ファンド」の思惑なども影響していると思われる。

 本来出番などないはずの行政機関が、意見表名どころか「嘆願書」を公にするなど、ちょっとした「騒動」に発展した経緯を、ドタバタ劇と評する向きもある様だ。もちろん売却に係わる当人達には、まるで面白くもないストーリーであろう。これからも様々な紆余曲折が予想されるが、一旦、利害関係者の「スタンス」を整理してみよう。

交錯する思惑

A 関係者の利害を調整できない、場当たり対応のセブン&アイ・ホールディングス

B 事業転売で儲けたいフォートレス・インベストメント・グループ

C ディールを成立させ、その報酬が欲しい三菱UFJモルガン・スタンレー証券

D 池袋の一等地出店で競合を一蹴したいヨドバシホールディングス

E 池西を百貨店として残し「文化の街」を守りたい、と言う豊島区長

F これ以上家電量販店は要らないと嫌悪感を示す東口美観商店会長

G 嘆願書を貰い、同調するのかどうか不明の西武ホールディングス

H 誰からも相談されないまま、勝手に去就が決められていく百貨店そごう・西武

I 当事者のそごう・西武以上に「蚊帳の外」の西武百貨店の顧客と地域住民

J 毎号特集記事組んで「騒動」を演出するD社やT社含む流通マスコミ

※失礼、我々も同じマスコミの端くれではあるが、本紙はデパートとその顧客のサイドに寄り添うスタンスを第一義としている。

 だからと言って家電量販店同士の健全な競争や、企業の利益追求を揶揄するような一方的な「正論」に与しないことは、前号でお伝えした通りだ。

労働組合

 さて、そごう・西武売却を巡る騒動は、今や直接の利害関係者(先に上げた十指に余るステークスホルダー)だけの問題に止まらなくなっている。

 今年に入り競合百貨店13社の労働組合幹部がセブン&アイ・ホールディングスに「要請書」を提出し、 そごう・西武労働組合への全面支援を表明した。

 池袋を拠点とする他業態の労組も「取引先への誠実な対応」などを求める署名活動を行った、という。

 豊島区長の嘆願書は「地域=街」を守るためという前提であり、今回の労組の要請書は、そごう・西武の従業員(とその家族の生活)を守る、というスタンスである。当然どちらも間違ってはいない。では逆に、ヨドバシの池袋進出計画は「健全な商売、競争、経済活動」ではないのか?と言えば、もちろんそんなことはない。問題は、これほど当事者だけでなく外野も含め、いろいろな疑義や要望が飛び交う事態は「異常」だ、と言うことに尽きる。

イメージダウン

 セブン&アイやヨドバシに対し、もう少しスマートな進め方は出来なかったのであろうか、と筆者は思う。

 ヨドバシカメラもそうだが、セブン&アイは「押しも押されもしない」日本の小売のトップ企業であることは論を待たない。

 セブン&アイを利用する顧客へのマイナスイメージを考えたら、今回の売却をめぐるドタバタ劇が、企業ブランドに与えるダメージ(最近はレピュテーションリスクと呼ぶ)は、はたして彼らの許容範囲(想定内)なのであろうか? 

 2019年のセブンペイ導入の失敗を思い起こしたのは、筆者だけではあるまい。「大男、総身に知恵が回りかね」といったら辛辣すぎるであろうか?

※レピュテーションリスク
企業に関するネガティブな評価が広まった結果、企業の信用やブランド価値が低下し損失を被るリスクのこと。

負の遺産

 セブン&アイが売却を急ぐ理由については、いわゆるモノ言う株主( アクティビスト) からの圧力がある、と伝えられている。
※伝えているのは前述のD社などの流通マスコミだ。

 そごう・西武どころか、創業ビジネスであるイトーヨーカ堂でさえ整理の対象になっていると言う。先の投資家は、業界のガリバーであるコンビニエンスストア事業に特化、専念せよとセブンに迫っているという。

 セブン銀行でさえ増収減益と微妙な中、前述のセブンペイ同様、1月24日にはグループ横断のECサイト「オムニ7」も閉鎖された。7年にわたり同社グループの「デジタル戦略の中心」にあったオムニ7の閉鎖は、デジタル戦略の転換点と言うよりは、セブンペイやそごう・西武同様、それがセブン&アイの「負の遺産」であったという証左であろう。

 DX戦略(デジタルトランスフォーメーション)も行き詰まり、百貨店(小売業用の拡大)も手放すことにより、セブン&アイは本業に集中せざるを得ない状況に追い込まれたのだ。

イオンを逆転も

 1月13日、セブン&アイ・ホールディングスは2022年2月期の連結業績予想を、営業収益は期初予想より4130億円上乗せした8兆7220億円で、営業利益は200億円上積みした4000億円となると発表した。

 ライバルであるイオンが公表していた2022年2月期の営業利益予想である2 0 0 0 億~2200億円に対し、セブン&アイの上方修正は、11年ぶりの逆転劇であったが、マスコミがこれを大きく取り上げることは無かった。

 マイナス報道によるイメージ悪化が、足元の好調な業績をかき消してしまった格好だ。

 セブン&アイの「台所事情」は今回の本題ではないので、これくらいにしておこう。

 前述したそごう・西武労働組合との労使交渉の動きを追ってみよう

労使交渉

 そごう・西武労働組合は、同社株式の売却について、1年前の2022年1月末に報道が出て以来、セブン&アイの経営陣に対し、百貨店事業の継続と雇用の維持について事前協議を行いたい旨を再三にわたって求めてきた、と言う。

 しかし「決定事項はない」の一点張りで、セブン&アイの井坂社長との面談は、報道から8カ月がたった昨年10月になってからだった。

 協議の場すら与えられず、労組側は要望書の提出だけでなく、協議の必要性を訴え、最後はセブン&アイの社外取締役や監査役にも意見書を出している。

 そして面会がかなった昨年10月以降、説明を受けて判ったことは、

  1. セブン&アイがフォートレスと譲渡契約を結んだこと。
  2. フォートレスはヨドバシカメラをビジネスパートナーにすること。

 これだけだったと言う。
雇用の確保や労働条件に関わることは、労働協約上「協議事項」となっているものの、セブンは「何も決まっていない」「決まっていたとしても、秘密保持契約を結んでおり話すことができない」と繰り返しており、これでは「何も協議できていない」に等しいと労組側の不信感は強まる一方だ。

 当然労組側は、このままでは百貨店事業の継続と雇用の維持を担保できる根拠を得られず、組合員への説明責任を果たせない、と憤る。

売却に反対ではない

 株式譲渡はセブン&アイの専権事項であり「何もかも反対するつもりはない」と、そごう・西武労組の寺岡中央執行委員長は言う。売却自体には一定の理解を見せる労組は、セブン&アイの交渉に何を求めているのか。

 それはそごう・西武従業員(社員、パート)の「雇用の確保」であることは、火を見るよりも明らかであり、競合百貨店13社の労組も当然これに賛同している。

 自らも店舗を運営しており、日本最大の小売業者であるセブン&アイ・ホールディングスが、同業の従業員の雇用確保を「考慮しない」ということであれば、それこそ大問題である。

 もし万が一、セブン&アイが売却後のそごう・西武従業員の雇用については、フォートレスやヨドバシの決めるコト、と嘯く( うそぶく) のであれば、顧客は「セブンは売りっぱなし」で販売者としての責任を考えていない、と受け止める。「セブンは無責任な小売業者」というレッテルを貼られても、文句が言えない。

 先ずはセブン&アイの労働組合が、セブン井坂社長に「声を上げて」欲しい。雇用を守らない者に小売をする資格はない、と。
※労働者の権利は、もちろん小売業だけが守るものではない。但し何度も言うが、百貨店をはじめとして小売業の最大のステークスホルダーは顧客=消費者であるから、余計に配慮( 誠実な対応)が必要である、という意味だ。

 モラルの欠如した商売は成り立たない。
セブン&アイは、説明責任を果たし、誠実にそして粛々と売却を進めて欲しい。そごう・西武労組も売却自体は容認しているのだから。

ヨドバシの構想

 筆者の私見ではあるが、反対や疑問の声はあるものの、それでもヨドバシの出店自体は変わらないと思っている。ここまで日本中に「公になった」開発計画が撤回される可能性はゼロに近い。セブン&アイや西武ホールディングス、そごう・西武、そして当事者のヨドバシカメラも、後には引けないところまで来ているからだ。

 このシリーズの当初から述べているが、池袋の駅立地への出店はヨドバシの「悲願」とも言える計画であり、まだまだ紆余曲折はあるかもしれないが、出店自体は揺るがないだろう。

 次々と新しいニュースが飛びこんでくるので前置きが大変長くなってしまった。後編の本題である池袋西武におけるヨドバシの新たな店づくりを考えていこう。 

 西武百貨店池袋本店から転換する新生ヨドバシカメラを、リンクス梅田に倣い、今は仮に複合商業施設「LINKS IKEBUKURO」としよう。西武百貨店の既存ラグジュアリーブランド集積に、ヨドバシのマルチメディア池袋とその専門店ゾーンを付加したもの、と考えている。

テナント化

 テナントリーシング=専門店の出店を募るショッピング・センター方式は、池袋でも、西口のルミネや、お隣のパルコで同様の店作りを行っている。百貨店でも、日本橋髙島屋S.C. や、それこそ西武百貨店も例外ではなく、所沢西武S.C.も地下食品フロアを除き、実態はほぼテナントビルとなっているのだ。

 もちろん、そごう・西武とヨドバシカメラの考えが、正確に一致するとは考え難く、結果的にヨドバシ色の強いショッピング・センターになるのかもしれないが。

 ヨドバシによるテナント複合化、その先行事例の「店作り」が、大阪梅田の複合商業施設「LINKS UMEDA」だ。リンクス梅田は、その名が示すように、ヨドバシのマルチメディア梅田とその専門店ゾーンのテナント200店舗とが一体になり、日本最大級の複合商業施設を形成している。ヨドバシが考える「大型SC」の最終形といっても過言ではないだろう。

 筆者は、ヨドバシによる「リンクス池袋」プランの可能性が高いのでは、と思っている。梅田リンクスに、デパ地下やラグジュアリーブランドといった百貨店要素を加えた、新たなハイブリッドショッピングセンターを目指すのではないだろうか。

 池袋西武の既存大型テナントは、三省堂、ロフト、無印良品は残存させるとして、新たユニクロ、GU等が俎上に上るのではないだろうか。
※ユニクロは西口の東武百貨店に複合フロアで大型展開しており、東口でも大型店舗を2拠点展開している。普通に考えると「もういらない」と思うのだが、駅ビル立地の集客力を東武で充分学んでいるファーストリテイリングは、路面をクローズしてでも、新生ヨドバシに移転してくる可能性は充分にあると思う。

家電量販の出店形態

 家電量販店の百貨店を含むSCへの出店パターンを見て行こう。そのスタンスは、各社様々だ。

ノジマ

 横浜を拠点とするノジマは、比較的中型から100坪クラスの小型店舗の展開が多い。関東圏に限って言えば、イトーヨーカ堂、イオン、ららぽーと、パルコ、マルイを始め、沿線の駅ビルへの出店が目立つ。

 面積はワンフロアか、その一部への出店がほとんどであり、複数フロアの出店はない。自社で開発を手掛けた府中のミッテンでさえも5Fワンフロア展開止まりだ。

ビックカメラ

 ビックカメラはノジマに比べ中型~大型展開にこだわっており、ビルインでも複数フロアにまたがる大型展開が多い。

 都心では新宿小田急ハルク2~6Fや日本橋三越の新館6~7F。

 SCビルのワンフロアに収める( 中型展開の)場合は、系列店の「コジマ+ ビック」の看板を掲げて出店しており、ひばりが丘西友の2Fがそうだ。

 ビックとタッグを組むコジマは、元々はノジマに近い展開であった。

ヨドバシ

 ヨドバシカメラもライバルであるビックカメラ同様「レールサイド戦略」を取っており、これまでも、東京や大阪などの大都市のターミナルに超大型店を展開してきた。川崎(西武百貨店)、横浜(三越)、吉祥寺(近鉄→三越)、京都(近鉄)など数多くの百貨店の跡地を、家電量販店を核としたヨドバシ流の商業施設に転換してきた実績がある。

 ビックカメラがいずれも大型SCの「キーテナント」としての出店するのに対し、ヨドバシは土地、建物を取得するスタイルを貫いており、家電各社とは一線を画す。

 もちろんビックカメラも、2001年にそごう有楽町を、2012年には新宿三越を、一棟丸ごと家電量販店に転換させているが。

 ヨドバシもビックも百貨店跡地の超大型店舗は家電専業ではなく、スポーツ用品からブランド品、食品に至るまで、ある意味百貨店的なMD展開となっている。

ビックのコラボ戦略

 最後にヨドバシカメラのライバルであり、池袋で直接「覇権を争う」ビックカメラの百貨店戦略を見て行こう。ご存知の様にビックカメラは、既に終了してしまったが、日本一のアパレル企業であるユニクロと組んで、新宿三越跡に「ビックロ」という実験店舗を展開していた。

 一方で一昨年2月から、富裕層ターゲットに向けて三越とタッグを組んでいたのだ。見て行こう。

ビックカメラ日本橋三越

 富裕層向けプレミアム家電強化を狙い、ビックカメラは2020年2月7日、日本橋三越本店新館に「ビックカメラ 日本橋三越」をオープンした。コンセプトは「三越のおもてなしと、ビックカメラの家電に関する専門的品揃えを融合した家電の新スタイルショップ」としており、両社のメリットを次の様に謳っている

  1. ビックカメラは三越が得意とする富裕層の顧客を三越の外商と連携して取り込む。
  2. 三越はインテリアとともに家電を提案メニューに加え、顧客満足度向上を目指す。

約360坪の売場面積に、富裕層向けのプレミアム家電、人気の美容・健康家電、近隣のビジネス顧客をターゲットとしたスマートフォン、パソコンといった日常使いの製品を揃えた。

電子プライス

 全ての商品に電子値札(価格表示)を採用。ビックカメラの全店舗、インターネット通販で共通化している商品売価を常に最新表示する。「ビックカメラ公式アプリ」を起動したスマートフォンを、電子プライスカードに触れるだけで、購入者のレビュー、商品情報、在庫などが見ることができる「アプリでタッチ」機能にも対応し、顧客利便性を向上させている。

ラグジュアリー

 既存店と異なり、三越日本橋店の隈研吾氏がデザインした化粧品売場を参考に清潔感と高級感のある内装に仕上げた。

 同店だけの「家電コンシェルジュ」が三越の販売スタッフと連携し、家電製品の全般的な提案を行うほか、商品搬入の立会い、アフターケアまで、サポートする。

 そして、ビックカメラの販売スタッフの服装は日本橋三越本店の雰囲気に合わせ、これまでの赤ベストの「制服」ではなくスーツを着用する。接客時のイメージは大事なのだ。

 筆者は、大手家電量販店の対百貨店政策に於いて「ヨドバシカメラは敵対的」「ビックカメラは友好的」といったレッテル張りをしたいわけではない。只、顧客、消費者の目に「その企業活動がどう映るのか」は、当然考慮すべき、と思っている。その事を何度も述べているのだ。

『訃報』

 2月9日、豊島区の高野之夫区長が、同区南長崎の自宅で亡くなった。85歳だった。死因は肺炎。

 年明けに新型コロナウイルスに感染後、体調不良を理由に登庁できない状態が続いていた。

 区長として6期24年の長きに亘り、一時「消滅可能性都市」とされた池袋の汚い、危ない街のイメージを払拭した功績は大きい。

 区長はビックカメラ擁護のためヨドバシ反対を表明した、とする一部報道も見られたが、嘆願書は百貨店の「文化」としての役割を残したい、という内容であった。デパートを文化の担い手と考える本紙と通ずる意志を感じる。謹んでご冥福をお祈りしたい。

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