デパートのルネッサンスはどこにある? 2022年04月15日号-45後編
「そごう・西武」売却はデパート業界を変えてしまうのか?
老舗と電鉄系の系譜
ちょっと大雑把すぎるかもしれないが、百貨店業界は大きく2つに分類される。
一つは江戸時代にその起源を持つ歴史のある老舗呉服屋の系統。髙島屋、三越、伊勢丹、大丸、松坂屋などがこれに当たり、彼らは一等地に店を構え、かつ古くから「お得意様」という名の多くの富裕層顧客に支えられてきた、という歴史を持つ。
もう一つは後発の、主に電鉄系百貨店で、戦後電鉄会社の沿線住宅開発に伴って始発駅を皮切りに、主要ターミナル駅にデパートを作った。そのスタートは鉄道利用の促進を狙ったものだ。言い換えれば、「富裕層」の地盤を持たない大衆向けの量販型百貨店というくくりになる。関東で言えば、東急、京王、小田急、西武、東武。関西では阪急、阪神、近鉄がこれに当たる。
※東急の田園調布( のちの二子玉川) や、阪急の芦屋のような、沿線が富裕層( 化) 住宅地域というパターンは別だが いずれにしても昭和( 戦後) 以降に発展した住宅街が起源となる。
そごう
そごうはもちろん電鉄系ではなく、呉服屋系ではあるが、関西の中小呉服店がその起源であり、昭和に入ってからの戦略は電鉄系と同じ「大衆向け」にならざるを得なかった。しかも高度成長期においてさえ、店舗数は全国で3店舗であり、一等地は既に老舗百貨店に占有されていた。
そのそごうを一気に大手百貨店の一角に押し上げたのが、日本興業銀行から転じた故・水島廣雄社長だ。水島氏は都内一等地出店を諦め、「レインボー作戦」と銘打ち、周辺地域である横浜、千葉、大宮、八王子など、都心部を囲む戦略を取り出店攻勢をかけた。バブル期には何と全30店舗にまで拡大し、横浜店は売り上げが世界一を記録したこともあった。
西武
片や西武百貨店は生粋の電鉄系であり、かつ沿線に富裕層向けの高級住宅地も持たない典型的な大衆路線=量販型百貨店であった。それを大きく発展させたのは、西武鉄道の創業者である堤康次郎の次男であった故・堤清二だ。
※因みに本家の西武鉄道は弟の堤義明が継ぎ、プリンスホテルや球団経営等のレジャー産業へと発展させた。因みに、この腹違いの兄弟は極めて仲が悪く、NHKの大河ドラマではないが、頼朝と義経の様に、決別の後、最後は対決の道を歩んだ。歴史( と言うのは大袈裟だが) に「たられば」は禁物だが、この兄弟がもし二人三脚で「西武」の事業を協業していたら、かつてのライバルである「東急」の様なコングロマリットになって生き残っていたのであろうか。沿線エリア的には「東武」に例える方が似つかわしいのでは、という声が聞こえて来る。
さて、文筆家でもあった清二による「感性経営」により、西武流通グループは西武鉄道と袂( たもと) を分かち、セゾングループへと発展させ、その絶頂期を迎える。渋谷西武やパルコ、ロフト、無印良品を若者文化のリード役的ブランドに成長させ、若い世代を中心とした大衆を呼び込み、事業を拡大し続けた。
丁度バブルの絶頂期を迎え、出自は違えども、同じような「成り上がり」伝説を作ったそごうと西武は、この機に、同じようにカリスマ経営者に導かれて大衆を取り込み、大きく発展を遂げた。その後、堤清二は弟の義明の牙城であるホテル業界、不動産業にまで業容を拡大したが・・・
最終的にはセゾングループは崩壊し、西友は外資に売られ、パルコは今やかつてのライバルであるJ.フロントリテイリング( 大丸松坂屋) の子分となった。この辺りの話については、あまたの書籍が揃っているので、そちらを参照願いたい。
バブルと共に
そごうと西武、バブルに支えられ急成長を遂げた大衆百貨店の末路は、その衰退もまた同じようにバブル崩壊とともに訪れた。そごうはバブル期の多額の借金に押しつぶされ2000年に経営破綻。西武は2003年に2200億円の債権放棄による私的整理を実施。再起を期した両社統合( ミレニアムリテイリング) を経て、2006年にセブン&アイ傘下に入った。
当時のセブン&アイ会長で「小売りの神様」と呼ばれたカリスマ経営者の鈴木敏文氏は、流通の各業態を複合的に結びつけ、グループとしてのシナジーを」と、語ったが、結果として今回の売却騒ぎにより、その幕が引かれた格好だ。
この20年弱、当然衰退期に突入していた「百貨店業」の再生は簡単ではなかった、と言うより困難を極めた、と言って過言ではないだろう。デパートの主力である衣料品ジャンルは、外資という黒船が( ZARAやH& M を筆頭に) 入り乱れ、迎え撃つユニクロやしまむらといった、ファストファッションが台頭した。そしてハイブランドを低単価で提供するアウトレットモール( 三井、三菱) の覇権争い、更には手軽に様々な商品が手に入るECビジネスの拡大などが追い打ちをかける形となった。
しかもそごう・西武の不幸は、セブン&アイ傘下に引き込んだ張本人の鈴木敏文氏が、イトーヨーカ堂創業家との確執から第一線を退いたことだろう。個人的には、例え鈴木氏が健在であったとしても売却の流れは変えられなかったのではないか、と思っている。歴史には「たられば」は付き物ではあるが、通用はしないのだ。
老舗も電鉄系も
2月21日に締め切られたそごう・西武への一次入札については、前述した様に全て投資ファンドだった。多額の資金を投じて買い取っても、事業会社にはもはや収益モデルを描けないというのが実情なのだろう。そごう・西武の行く末は、百貨店に限らず、流通ビジネスが解体・売却された場合、老舗であろうが電鉄系であろうが、跡形もなく消滅するのではないかという予兆を感じる。
特に電鉄系百貨店は、いずれも転換点を迎えている。
渋谷東急
本店は2023年春に解体し、東急グループに投資会社が加わり再開発が進められる。
新宿小田急
2022年9月に営業を終了し、48階建ての高層ビルが2029年に竣工予定。
この様に、思い切った業態転換は、いずれもそごう・西武とは真逆な「前向き」の決断ではあるが、百貨店として「生き残る」のかどうかは、未だ不透明だ。
そごう・西武を「他山の石」とせず、老舗百貨店の終わりなきサバイバルは続く。
次に三越伊勢丹と大丸松坂屋の生き残り策、それぞれの異なるアプローチを見て行こう。
百貨店を蝕むコロナと戦争 富裕層シフトの死角
ここ2年のコロナ禍により、電鉄系ばかりでなく、老舗百貨店も大きな苦境に陥っている。ただ老舗デパートには昔から馴染みの「外商顧客」という富裕層がついている。各百貨店は生き残り策としての「富裕層シフト」により、外商の強みに更に磨きをかけた戦略に注力している。今後、ウィズコロナの時代に突入しても、百貨店業界での淘汰を回避するため、富裕層の購買意欲に頼るしかないのだ。
日本百貨店協会の調べでは、コロナ禍で全体の売上が伸び悩む中、「美術・宝飾・貴金属」の売上は前年比約30%増(東京地区)というデータが出ている。富裕層は海外旅行や国内レジャー行かれなくなり、更に観劇やライブといったエンターテインメントに使っていたお金を、高額品の購入に回しているのだろう。但し、今回の「ロシアのウクライナ侵攻」が引き起こした、エネルギー価格の高騰と世界的な株安により、頼りの富裕層の資産は目減りしている。グローバル経済下では、日本の富裕層も、世界経済の趨勢に左右されるリスクは格段に増加しているのだ。
三越伊勢丹
さて、老舗百貨店の最右翼である三越伊勢丹では、富裕層にどんな施策を実施しているのだろう。まずエムアイカード会員をその年間購買額に応じて4つの階層に分類し、階層ごとにバックマージン= 販促費予算を決めている、という。三越伊勢丹の顧客は1年間の買上げ金額に応じてカスタマープログラムと呼ばれる4つのステージに分類され、それぞれのステージに応じたサービスを享受することになる。
ステージ | 年間買い上げ額 | |
---|---|---|
ホワイトステージ | 30万円未満 | エムアイカード⁺のポイント率5% |
シルバーステージ | 30万円以上 | エムアイカード⁺のポイント率8% |
ゴールドステージ | 100万円以上 | エムアイカード⁺のポイント率10 % |
プラチナステージ | 300万円以上 | エムアイカード⁺のポイント率10%+α |
更に最上位のプラチナステージには、館内での顧客アテンド、駐車場無料やラウンジ利用、自宅配送などのサービスが付帯する。プラチナ顧客の1 番人気は意外なコトにラウンジの利用だという。富裕層というのは「上顧客として接遇される」という優越感をくすぐるサービスに弱い様だ。高級ホテルもそうだが、「金持ち」とはそうしたものなのだろう。
失礼、話が逸れた。
ひと昔前からこういった施策は「CRM=カスタマー、リレーションシップ、マネジメント」と呼ばれており、顧客をランク付けし、階層毎に受けられるサービス( ポイントアップ等) を分けて、戦略的に使う手法だ。上顧客を優遇する一方、端的に言えば、逆に買上げ金額の少ない客へのコストを抑え、全体の収益を上げるのだ。すなわち、一般客の売場人員を減らし、現在全国約30万人の外商人員のさらなる増加に充てるとか、年間購買額が一定以上の顧客だけを対象とした催事やネット販売会を企画し、富裕層との取引シェアを引き上げる等、顧客の「選別」を明確化していくのだ。
大丸松坂屋
同じ老舗でも大丸松坂屋は、いささか状況が異なる。GINZA SIXなど一部の付加価値が高いリアル店舗は、世界の高級ブランドショップへの賃貸をメインとして不動産業収入で底支えし、外商員はその高級ブランド品を持って富裕層顧客を回るというスタイルをとっている。不動産賃料という安定収入を得る一方、上得意向けの外商客( 大丸松坂屋では「コネスリーニュ」と呼んでいる) の利幅の縮小や、バイヤーの仕入れ力の低下などの問題も孕んでいるという。
不動産= 店舗をあくまで自前で活用し、売場の人件費負担を継続し「王道」を行く三越伊勢丹。外商利益を削りながら、安定した不動産収入を得る「変革」の大丸松坂屋。どちらが正解かは筆者には正直わからない。生き残ったものが「百貨店」として正しい、とも言えないのが、ビジネスの難しい所だ。少なくとも顧客は、三越伊勢丹を「百貨店らしい」と評価するのかもしれないが。
そごう・西武を「他山の石」とは言っていられない。老舗百貨店の終わりなきサバイバルはこの後も続くのだ。今回も同じ様な「結び」となって恐縮だが、都心ターミナルという立地と、富裕層を含む多くの顧客を後背地に持つ「都心老舗百貨店」はまだ良い。それらに比べ、地方、郊外立地の中小デパートはルネッサンスの策も、選択肢も限られている。
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