デパートのルネッサンスはどこにある? 2024年12月15日号-第105回新生池袋西武の富裕層シフトは成功するのか  

- 絶好調の新宿伊勢丹を支える富裕層戦略に学ぶ -

池袋西武

 本コラムでは11月1日号、15日号と続けて、「池袋西武の復活を占う」として、そごう・西武の池袋西武本店のグランドリニューアルプランである「新しい百貨店へ」の内情に迫った。

 発表された改装プランについて、いちいち文句を言いたい訳ではない。只、筆者は、そごう・西武の新たな経営陣が、米ファンド、フォートレス・インベストメント・グループの「傀儡(かいらい)政権」ではないか、という妄想が頭から離れないのだ。

用語解説:
傀儡政権とは 自らの意志をもたず、他国に操られるだけの、実権のない政権。
※具体的にはフォートレスとタッグを組むヨドバシHDの言いなりの経営陣という意味だ。

 劉勁(リュウ・ジン)代表取締役による池袋西武の改装プランの説明の半分が、ヨドバシとのシナジー(相乗効果)に終始していたことにより、筆者の妄想は裏付けられたと思っている。

 そして、改装プランのもう半分は、ヨドバシの池袋進出によって、売場面積を半減されても「売れるブランドだけに絞り込んだから大丈夫」という「絵に書いた餅」の様な説明だけだった。

 今号では、そのブランド集約、つまり750ブランドを売上や利益、坪効率などで順位をつけ、出店ブランドを上位380ブランドに絞った、氏曰く「効率化」を検証したい。

 そのために、ブランド戦略で先行する名実ともに「日本一のデパート」である伊勢丹新宿本店の富裕層シフトの実態と成功例を見て行こう。

新宿伊勢丹

 試しにパソコンで「伊勢丹 富裕層 ニュース」で検索をかけてみた。
結果は以下の通り。※日付の新しい記事を優先

1.三越伊勢丹HD「個客業」に突き進む 百貨店の事業モデルを転換 - 2024年11月25日 WWDJAPAN.com

https://www.wwdjapan.com/articles/1974100

 伊勢丹新宿本店の本館に初めての「ルイ・ヴィトン」常設店が11月にオープンした三越伊勢丹ホールディングスは、2025〜30年度の6ヵ年の中期経営計画(中計)を発表した。25〜27年度と28〜30年度の2つのフェーズに分け、27年度に総額売上高1兆4000億円(23年度実績は1兆2246億円)・営業利益850億円( 同5 4 3 億円)、30年度に総額売上高1兆5000億・営業利益1000億円を目指す。

 成否を握るキーワードは「個客業の進化」だ。「世界中から集まったお客さまを識別化し、多様な価値の提案で何度も利用を促す」。

 11月13日にオンラインで開催された三越伊勢丹HDの決算説明会(2024年4〜9月期)で、新しい中計を発表した細谷敏幸社長はそう話した。

 コロナ禍の21年4月に就任して以降「マスから個へ」のビジネスモデルの転換を唱え続けた。

 不特定多数の大勢の客を館(店舗)に集めて売り場にお金を落としてもらうマスマーケティングの手法では、消費者の変化に対応できない。識別顧客(カード、アプリ、外商などのIDを持った顧客)になってもらい、一人一人の購買データや趣味趣向に合わせて深く長く付き合う。漠然とした顧客ではなく、識別できる「個客」こそが向き合う相手と定める。

 百貨店へのロイヤルティーが高い顧客は、年間購買額も高い。人口減が続く日本で百貨店が成長できるビジネスモデルへの転換が必要だと説く。

2.過去最高益!データ主義で顧客を振り向かせる「三越伊勢丹」の戦略 - 2024年9月12日テレ東プラス

https://www.tv-tokyo.co.jp/plus/business/entry/202409/15698.html

 百貨店の未来形が見えた「館」全体で盛り上げる三越が百貨店の名を掲げて120年。客に尽くすというその決意は続いている。

 三越日本橋本店の食品売り場のお酒コーナーをのぞいてみると、並んでいたのはユニークなデザインのカップ酒。漫画家・水木しげるさんが育った鳥取・境港市の蔵元「千代むすび酒造」のものがあれば、インパクトのあるデザインの新潟・佐渡市「北雪酒造」のカップ酒もある。 これは食品売場の社員たちが考えたミニ企画。より楽しく酒を飲んでもらおうと全国からカップ酒を集めた。

 一方、本館6階で客を集めていたのは、1927年に会場した三越劇場。この日は、さだまさしさんプロデュースの落語会という、ユニークな企画が行われていた。館をあげて客を楽しませる、その努力に終わりはない。

村上龍の編集後記

三越伊勢丹は客を識別している。
 選んでいるのは単なる金持ちではない。岩田屋三越時代、年300万円以上の買い物をする富裕層向けのラウンジを作ったが、それは客とのコミュニケーションだったように思う。

 「マスから個へ」という考えは時代にマッチしている。新宿伊勢丹はファッションで若年層からも高い人気を誇り、百貨店の店舗別売上高において日本一であり、小売業全体でも日本一だ。百貨店をブルーオーシャンと評する細谷さんは、上質な客を求めている。上質な客の数は増えていくだろう。「マス」から「個」が生まれる。

3.三越伊勢丹、業績好調も「インバウンドを特需にしない」 - 2024年8月26日 日経ビジネス

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC222OS0S4A820C2000000

 「インバウンド(訪日外国人)の売上は右肩上がりで、色々な国の方々が当社のファンになっている」三越伊勢丹ホールディングスの細谷敏幸社長は5月14日の決算説明会で、経営への手ごたえを語った。 

 同日発表した2024年3月期の連結営業利益は前の期比84% 増の543億円と過去最高だった。従来予想を上回る業績を好感し、翌15日の株価は一時前日比21%高をつけた。

 けん引したのは主力の百貨店事業だ。衣料や化粧品、宝飾品の売り上げが伸び、同事業の営業利益は451億円と全体の83%を占めた。

 「継続的な物価上昇により、顧客が買い控えしなくなった」(細谷氏)。旗艦店の伊勢丹新宿本店(東京・新宿)は総額売上高が15%増の3758億円と過去最高を更新した。 

伊勢丹新宿本店は総額売上高で過去最高を更新

 円安によるインバウンド消費の強烈な追い風が大きかった。特にアジアからの訪日客の需要が旺盛で、免税売上高は1088億円と前の期の2・6倍に増加。新型コロナウイルス禍前の最高額だった2019年3月期より約4割多い。

 三越銀座店(東京・中央) の免税売上高は297億円と、前の期の約4倍に増えた。

 エイチ・ツー・オーリテイリングは2024年3月期の営業利益が前の期比2・3倍の261億円だった。大丸や松坂屋を展開するJ・フロントリテイリングは2024年2月期の営業利益が前の期比2・3倍に増え、髙島屋は過去最高となった。

 ただし、三越伊勢丹HDの収益力はその中でも際立つ。同社の百貨店事業の売上高営業利益率(総額売上高ベース)は4%と、髙島屋(2・6%)やJフロント(3・2%)を上回る。

 株価は5月15日の終値で2700円前後と20年末の約4・3倍に上昇。値上がり幅は髙島屋(2・6倍)やH2O(2・7倍)、Jフロント(約8割高)をしのぐ。

 JPモルガン証券のシニアアナリストは「インバウンドといった外部要因だけでなく、三越伊勢丹HDの成長戦略を高く評価できる」と話す。

4.三越伊勢丹社長「120年の百貨店モデル、顧客分析で変革」 - 2024年6月27日日本経済新聞

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC06BP40W4A600C2000000

 百貨店国内最大手の三越伊勢丹ホールディングスは、大衆(マス)向けに商品を売って稼ぐ旧来の小売りモデルから脱皮する。国内外からの来店客をIDで識別・分析して品ぞろえの精度を高める。

 百貨店で集めた顧客に金融などのサービスを提案し収益の幅を広げる。顧客のライフスタイル全般に関わるようにする狙いだ。細谷敏幸社長に成長戦略を聞いた。

「1904年に当社がデパートメントストア宣言をしてから、百貨店のビジネスモデルは120年変わっていない。『百貨』と言うように多種の商品を集めて館内を買い回ってもらうマス向けビジネスは、個人消費が鈍ったり競合が増えてきたりすると陳腐化する」

「カギになるのが当社のクレジットカード『エムアイカード』やアプリなどを通じた顧客基盤だ。データを徹底的に識別・分析して個々人に合った商品やサービスを、百貨店だけでなく金融や不動産などグループの事業を組み合わせて提案する。私はこれを『個客業』と呼んでいる」

「カードとアプリの会員を合わせると現在のべ約700万人の顧客がいる。伊勢丹新宿本店では買い物客の7割ほどがそうした客だ。一人ひとりの買い物の嗜好を購買データなどから分析し、より精緻な商品提案につなげていきたい」

5.(番外編)

 我がデパート新聞の2024年6月 「百貨店のニュース」も検索に引っかかった。「大手百貨店 5月売上高4社そろって2割超増、インバウンド好調続く」という記事だ。本紙も有名な業界メディアの仲間入りをしたのだろうか?

https://www.departshinbun.com/archives/18018

以上

 大変示唆に富んだ記事ばかりだ。伊勢丹がいかにして富裕層に注力して来たのかが理解出来た。そして前号でも申し上げたが、新宿伊勢丹に限らず、富裕層シフトは周到な施策の積み重ねであり一朝一夕にはいかないという事が判る。

 もちろん池袋西武が、面積半減化のビハインドをリカバリーするために、高効率ブランドに絞り込み、富裕層シフトを目指す事自体は決して間違ってはいない。
 但し、新たな池袋西武をスタートするタイミングで、効率化にのみ注力するというのは、ちょっとリスクが高過ぎるのでは、と思う。

 ましてや昨日今日経営のトップになった新参者が、顧客ファーストに立ち還ろうが、選択と集中を徹底しようが、そう簡単に「デパートのルネッサンス」が達成できるとは考えづらい。

 くどい様だが、筆者にはそうした施策について、どうしても付け焼刃の印象が拭えないのだ。

 インバウンド需要の急激な回復により、大都市圏のデパートの業績は過去最高を更新し続けている。但しそれは、都心のターミナルに旗艦店を構える、大手4社(三越伊勢丹、大丸松坂屋、髙島屋、阪急阪神)のとその地方支店に限った話であり、残念ながら独立系の地方百貨店への朗報ではないのだ。

 旗艦店の強さと影響力が、地方店の存続を左右する、ということは、そごう・西武労組の寺岡委員長のインタビューでも伝えている。

 更に彼は、1年に亘る改装工事期間中の顧客離反も大変心配していた。

 日本一のデパート「新宿伊勢丹」は、文字通り何年もかけて培ってきた、富裕層という土壌を耕し、そして改良を続けている。

 「池袋西武の復活を占う」前後編でお伝えした通り、筆者はリニューアルしたその年に、半減したマイナス分を回復させると豪語した劉勁氏(現そごう・西武代表)をどうしても信じることが出来ないのだ。 

「計画段階だから、威勢のいい事を言って盛り上げよう」などと思っているのだとしたら、軽率のそしりを免れないだろう。それとも1~2年したらフォートレス本社に戻すから、とでも言われて、腰掛のつもりでいるのだろうか。だとしたら正に「傀儡」の名にふさわしい代表である。

 例え、その辺りの大人の事情を理解出来たとしても、納得も承服も出来ない。そごう・西武(その顧客と従業員)だけでなく、百貨店に関わるすべての人を侮っているとしか思えないからだ。

連載 デパートのルネッサンスはどこにある?