デパートのルネッサンスはどこにある? 2024年06月01日号-93

セブン対イオン 都心での生存競争

「デパートはシーラカンスなのか?」

 5月1日号で「近鉄の脱百貨店」続く5月15日号で「イトーヨーカドーの上場」を追った。
 そのため、4月15日号の「イトーヨーカドーの大量閉店」の続きであるセブンとイオンの首都圏対決の解説は1か月半ぶりとなる。 

承前

 4月15日号で筆者はこう結論づけている。

「ここ30年に亘り、セブンとイオンが日本の『小売り』を文字通りリードしてきたコトに疑問の余地はない。そして、誤解を恐れずに言えば、本コラムで述べた両雄の都心と地方での『棲み分け』が、直接対決を今まで回避させてきた要因かもしれない。( 中略)

 そして(ネットでの商売は別にして)両雄は実店舗での争いについて、遂に互いの領分を侵食し始めている様だ。もとい、既に水面下では熾烈な領土争いは散発しており、我々がそれを見逃しているだけだ。」

イオンの都心戦略

 筆者は続けて、「人口密度が高く、公共交通網の発達しているエリアにドミナント出店し、後発の参入を防いで勝ちパターンに持ち込むヨーカ堂。その首都圏特化戦略は、立地面での先行者利益を最大限生かして来た。都心部で新たな大型店の出店(場所の確保)はかなり難しい状況だ。」と。

 「弱点であった地方店舗の撤退を始めたことで、都市部、特に『肥沃な』東京~神奈川エリアにドミナント出店しているヨーカ堂の体制は盤石となり、コンビニ事業が継続好調なセブン&アイHDは今後も安泰なのだ。こう受け止められた購読者諸氏も多いと思う。」

 都心にはヨーカ堂の様な総合スーパーを出店する余地はほとんどない。では大型店ではなく、小型食品スーパーならどうであろう。その答えが、イオンが都心を中心に出店を続ける「まいばすけっと」だ。

 前号の文末で「もし、小型食品にトライしたいのであれば、ライバルであるイオンの「まいばすけっと」をもっと勉強してから」と記した理由を説明していきたい。

首都圏に1100店

 首都圏で出店攻勢を続ける「まいばすけっと」は店舗数で遂に1100店舗を超えた。因みにこの5月も、24日までに既に13店舗を出店している。

 4月10日に発表されたイオングループの2024年2月期決算は、コロナ明けの人流回復に伴い食品、総合スーパーが大幅に収益改善した。

 これにより、イオンの本業の儲けを示す営業利益は過去最高を更新する見込みだ。そして、グループの中で存在感を高めているのが小型スーパー「まいばすけっと」だ。

 「まいばすけっと」は、首都圏の1都3県にイオンが展開する小型スーパーである。生鮮三品から総菜まで、通常のスーパーと同様の品揃えながら、標準店舗の面積は約50坪と、コンビニと同等またはそれ以下のサイズだ。

 「まいばすけっと」は「食」に関するニーズをひと通り賄(まかな)うことができるコンビニサイズ店舗として、特に女性客の支持が高いのが特徴だ。便利さ手軽さだけの「コンビニ」に抵抗感のある主婦層の利用が増えているのだ。

 価格的にもコンビニより安く、価格に敏感な若年層やファミリー層の利用が増えている。前述の様に男性のコンビニに対し、女性の「まいばすけっと」、という図式だ。

最高益支える柱

 事業として2024年2月期は新たに80店舗を出店し、更に既存店売上高は前期比2桁伸びとなった。「まいばすけっと」は小さいながら、イオングループの食品スーパーの利益をその成長で支えている。

 これまで業界ではずっと「小型スーパーは成功しない」と言われてきた。その根拠は、スーパーはただでさえ利益率が低く、それを絶対売上が小さい店舗でやっても、人件費等の固定費は下がらず、収益を出しにくい、と見られていたからだ。

 小型スーパーとしては、同じグループのマルエツが運営する「マルエツプチ」や、福岡発祥の「TRIAL GO」などがあるが、店舗数はいずれも数十店舗に過ぎない。大手コンビニ各社もたびたび生鮮強化の方針や新業態を打ち出しているが、本格的な多店舗化には至っていない。

 2001年にスタートしたナチュラルローソンも130店舗がやっとだ。例外は、関西を拠点とするディスカウントスーパー「サンディだ。東京に2店舗、埼玉に4店舗と関東では希少だが、全国270店舗を数える。

 そんな中、なぜ「まいばすけっと」だけが千店を超え成長路線に乗っているのか、いくつかキーワードでひも解いてみよう。

1.ローコスト

 一番に挙げるのは、徹底したローコスト運営だ。昔から食品スーパーでは、同じ生鮮食品でも青果や精肉、鮮魚といった部門ごとに縦割りの組織になっている。それによって専門的な品揃えを実現できる反面、商品管理等人件費がかさみ、利益は出にくい傾向は否めない。

 「まいばすけっと」は徹底的なマニュアル化を進めた。例えば、野菜は「こういう色になったら廃棄する」という様にマニュアル化を徹底したのだ。これなら素人にでも生鮮品の管理作業が可能だ。

 商品陳列の順番も本部主導で決定され、現場の従業員はタブレットを見ながら指示に従い作業するだけだ。マニュアルさえ徹底すれば生鮮品の管理作業は素人でもできる、ということを証明した。

 さらに手間のかかる特売セールは行わないし、売上が増えすぎた店舗は、あえて近隣に自社で競合店を出店して顧客を分散させる。スーパーの専門家が聞いたら、絶対に認めない様な施策がたくさんあるのだ。

 そして、商品の物量と客数の時間帯別推移を押さえ込むことで、1店舗あたり常時3人以内で運営できる体制を作り上げたのだ。

2.ドミナント

 前述したドミナント出店が、ローコスト運営につながっており「一定エリアに集中出店すること」により、物流の効率化、認知度向上による広告費の抑制、更に人員面の柔軟な運用を可能にしている。

 店長(正社員)は、2店舗に1人というケースも多く、パートやアルバイトが、スマホを使って、空き時間に近隣店舗に自由にシフトに入るというシステムも導入している。

 ドミナント出店は、今までコンビニの専売特許であったが、コンビニは1店ごとに独立し、フランチャイズ(FC)契約をしているので、店舗間でスタッフのシェアを図ることは不可能であった。

 FCであれば、店舗スタッフは各加盟店が独自に採用する。何よりFCビジネスでは自社競合の出店は加盟店の利益確保という、ビジネススキームの根幹にかかわるので当然ご法度なのだ。

 この様に、「まいばすけっと」はコンビニと比較して、直営店だからこそ可能な効率運営を追求していることが判る。

 また、新規店は他社の撤退跡への居抜き出店も多く、出店コストを抑えている。そして店舗の面積や形状にかかわらず、基本的な売場レイアウトは全店共通とし、従業員がどの店舗でもすぐ作業ができるようにしている。

3.インフラ

 3つめのキーワードは、イオングループの既存インフラの活用だ。「まいばすけっと」は、グループで総合スーパー事業を手掛けるイオンリテールの元で始まったプロパー事業であり、その創業当初から、物流インフラの活用により、相乗りメリットを享受してきた。

 「まいばすけっと」の様な小型スーパーは、通常のスーパー以上に多頻度かつ小ロットでの配送が基本となる。現在、店舗には神奈川や千葉などにある4つの既存の物流センターから商品が届く。

 そして精肉商品の加工や、弁当、総菜の製造も、イオンフードサプライなど、グループの食品製造会社に委託しているケースが多い。

4.PB

 現在、「まいばすけっと」が展開する商品数の20%をイオンのプライベートブランド「トップバリュ」が占めている。自社開発商品はコスト面、供給面含め、メリットが多いのは明解だ。

 リニューアルした店舗ではファミリー層や学生に人気の商品をセレクトし、「トップバリュ」比率を倍に増やした実験店舗も稼働中だという。
 「トップバリュ」は、物価高騰の昨今、消費者の節約志向から、売上げが着実に伸びている。

 だが正直筆者としては、ヨーカ堂の「セブンプレミアム」のプチ高級路線との差別化のせいなのか、イオンの「トップバリュ」は「安かろう不味かろう」の代表選手というイメージが強い。

 食料品に限っては、一度懲りた客は2度と試さないので、悪評を払拭するのは至難の業だ。最近はテレビCMを頻繁に目にするので、相当改良したのだと思いたいが。

 首都圏に集中出店し、若者や女性客比率の高い「まいばすけっと」が、「トップバリュ」自体のテスト販売の一翼を担っているという側面もある。

コンビニがライバル

 「まいばすけっと」は、2005年から出店を開始したが、当初は赤字続きだったという。それでも徐々に店舗数を増やし続け2016年度ごろから黒字に転換、2019年度には累損を解消した。

 これもイオンの圧倒的な資本力を背景に、多店舗化によるローコスト運営が定着するまで出店を続けたからだろう。イオンの本気度が窺(うかが)える。

 出店エリアはおおざっぱに1都3県と言っているが、実際は店舗のほとんどが東京と神奈川エリアに集中しており、埼玉と千葉については、人口密度の高い県庁所在地にも出店しておらず、逆に今後の開拓の余地も大きい。既存の展開地域もドミナントを強化するほど既存店の売上が伸び続けているという。

 当面の目標は2000店舗だが、これはコンビニ大手のローソンが首都圏に展開する店舗の約半数に及ぶ規模だ。この勢いはしばらく続きそうだ。

 公平を期すために、ライバルであるセブン&アイの小型戦略も見て行こう。

SIPストア

 セブン&アイが4月6日の決算で発表したのが、セブンイレブンがイトーヨーカドーとの連携で作った新型店「SIPストア」である。
※セブンイレブン・イトーヨーカドー・パートナーシップ(連携)でSIPである。

 この新しい店舗は、コンビニをベースとしながら、食品スーパーの機能を果たすために開発された新業態だ。店舗における生鮮や惣菜の加工機能を持たず、最新のセンターから品質の高い生鮮、惣菜を供給するのだ。そもそも食品スーパーは、店内のバックヤードで生鮮、惣菜の最終加工を行うのが一般的であるが、これまでにあまり成功例がない。蛇足だが、数少ない成功例が前述の「まいばすけっと」だ。

 しかし、セブン&アイに十分な勝算があるのは、グループ内に全国屈指の有力食品スーパー「ヨークベニマル」がついているからだ。

 ベニマルはかつてイトーヨーカドーの強い要望によりグループに迎えた、東北の優良スーパーである。品質の良さ、と優れた売場作りにより、業界の誰もが認めるレベルの高い企業だ。

 そもそも、この「ヨークベニマル」こそが、セブン&アイのPBとして有名な「セブンプレミアム」の生みの親と言えば、ご理解いただけるであろう。

 ヨーカ堂のプロセスセンター、セントラルキッチンに関しても、ベニマルからのノウハウ移転が「ヨーカ堂と言えば食品」の裏付けとなっているのだ。

 命運を握る「SIP」

 2月終わり、千葉県松戸に新型ミニスーパー「SIPストア」がオープンし、ニュースとなった。セブンイレブンが開発、運営しているため、生鮮の充実した大きいコンビニと紹介されたが、これは機能としては明らかに小型食品スーパーだ。

 只、セブンイレブンの永松社長は「SIPストア」の店舗数を拡大していくつもりはなく、得られた知見やノウハウを平準店舗に共有していく」と発言している。

 つまり、難易度の高い生鮮管理を伴うこの店を、フランチャイズ制を根幹とするコンビニの店舗として拡大していくのは、加盟店の意向を無視して進めることはできない、ということだろう。

 リストラによって収益を改善したイトーヨーカドーが時代に合わせた新型スーパーが加わるのなら、セブン&アイのスーパーストア事業としての成長戦略を描くことはできる。グループの総力を結集すればGMS事業を再成長させるだけの経営資源がグループにはある、と言いたいのだろう。

 が、まだ1店舗しかなく、実績もない「SIPストア」の成否が、今後のイトーヨーカ堂の命運を握っているのだとしたら、いささか心もとない。

セブン対イオン

 仮に、「SIPストア」対「まいばすけっと」の勝敗がセブン対イオンの雌雄を決するのであれば、これまでの経過を見る限り、「セブンの敗北は必然だ」と言ったら叱られるだろうか。

 セブン&アイにとって、オムニ7やセブンpayといったDX戦略での「自滅」は、大変大きな失敗ではあるが、本業が揺るがなければ世間は忘れてしまうものだ。

 但し本業の小売りで、商売敵(ライバル)のイオンに及ばないとなると、世間の人々はこれを「敗北」として見るだろう。例え業績への影響は少なくても、イメージダウンは免れない。

 そして商売では、イメージというモノが大きく作用するのだ。

人の振り見て

 さて、ここからが本コラムの本題だ。
 冒頭に4月15日号の文末を引用したが、筆者はこう続けている。

 「百貨店以外の小売りも等しく『転換点』を迎えており、各社生き残りを模索している。それに比べると、百貨店はあまり変化していない様な気がする。いや、変化を嫌っていると言って良い。

 GMSや食品スーパーとは決定的に違うのだ、残念ながら。

 百貨店にGMSのマネをしろ、と言っているのではない。だけど、答えはいつも消費者の中にあるはずだ。」

 そうなのだ、セブン&アイもイオンも、そしてあらゆる「小売り」は、常にトライアル&エラーを繰り返しながら、新しい業種業態を模索し、業容を変化させて来た。

 それは決して正しい判断ばかりではなく、失敗に失敗を重ねた上に、数少ない成功パターンを繋いで、自らを変化、そして進化させて来たのだ。

 そしてそれは進化論になぞらえれば、当然「美しい進化」だけではなく、時には「泥臭い」方法、戦略により己のDNAを継承してきたのだ。なぜならそれが進化の必然であるからだ。

顧客様は神様

 では、いったい何が、小売りの進化を促すのかと言えば、それは「顧客」だ。顧客が小売りの「環境」であり、進化を方向付けるという意味では、「神」と言い換えても良い。

 おやおや「カスタマーハラスメント」という言葉がやっと市民権を得た昨今。どうにか接客業を長らくブラック職場化させてきた「お客様は神様」という間違った概念を払拭できる時代になってきたのに「時代錯誤も甚だしい」とお叱りを受けるかもしれない。

 当たり前だが、筆者は「接客される側の態度や倫理観」の話をしているのではない。

絶滅危惧種

 店舗で商品を買うか買わないかを決めるのは顧客であり、顧客がその店の「生殺与奪」の権利を有しているのは、商売の歴史の始まりから変わっていない。

 翻( ひるがえ) って我らが百貨店は、厳しい小売りの世界で生き残るために、変化、いや進化をしてきたのだろうか?

「百貨店消滅時代」という現象は、進化を厭(いと)う百貨店の体質が自ら招いた結果なのではないか、という事だ。「デパートを絶滅危惧種たらしめているのは、デパート自身が進化をしないからだ」というのは安直だが、実態を表したフレーズなのではないか。

 百貨店は、現代日本の小売りの中で「生きた化石」となってしまったのでは、というのが、本コラムのサブタイトルの意味である。

 前号でセブンはイオンを見習うべし、と記したが、本来は百貨店が、セブンやイオンを始めとした、あらゆる小売り業態を見習うべきなのではないか。これが今回の結論だ。

 もちろん人も企業も、変わるのに遅すぎるということはない。デパートの変化を劇的に推し進める「突然変異」が起きる可能性もあるのだ。人生も歴史も予期せぬ事が起きるのが常だからだ。

 百貨店の進化の兆しがあれば、本紙本コラムでお伝え出来ることを願い、筆を置く。

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