デパートのルネッサンスはどこにある? 2023年04月01日号-66

第66回 髙島屋の金融戦略から考える

 3月13日から、マスク着用の義務づけが緩和された。
都心では、海外からのインバウンド需要も復活の兆しが見えて来ている。
百貨店各店の売上も、今年はコロナ前の水準が越えられそうな勢いだ。このまま何事もなければ、だが。

SDGsの流れ

だがしかし、商売というものは、一筋縄ではいかないもので、戻る売上もあれば、戻らない売上も当然ある。戻るものの代表は化粧品であろうか。
3年続いたコロナ禍により、消費者は「行動変容」を余儀なくされ、実際に購買エリアや馴染みの店を変えてしまった例も珍しくはないのだ。そしてそもそも、ブランド等の高額品については、元々インバウンド需要のあった店舗でしか回復しないのは言うまでもない。

 新たな購買拠点があるとすれば、それはネットの中、という事の方が多いのではないだろうか。

 さて、都心の老舗デパートの多くが、コロナ禍に「富裕層シフト」を宣言した。そして富裕層の囲い込み以外の対応についても、各店各様に活発化させて来ている。

 百貨店各社は、品揃えだけでなく企画や売り方についても、本格的に新機軸を打ち出しはじめている。例えば三越伊勢丹のアイムグリーン(買取り)や、大丸松坂屋のアナザーアドレス(サブスク)は昨今のサステナブル〜SDGsのテーマに沿った方向性であり、一過性の流行ではもちろんない。

※尚、アイムグリーンは21年12月1日号、アナザーアドレスは22年2月1日号の本コラムで解説している。気になる諸氏はバックナンバーでご確認を。

 さて、それでは大手百貨店の第3極である髙島屋の新機軸はどうなっているのだろう。

髙島屋の金融アプリ

2022年6月8日、髙島屋は住信SBIネット銀行が提供する「NEOBANK(ネオバンク)」を活用した、新たな金融サービス「髙島屋ネオバンク」開始すると発表した。専用のスマートフォンアプリ「髙島屋ネオバンクアプリ」をダウンロードすることで、預金や決済、融資といった銀行サービスを利用できるようになる、という「触れ込み」だ。

 ネオバンクは住信SBIネット銀行が手がける事業者向けの銀行インフラサービスであり、住信SBIと提携した企業(この場合髙島屋)が、住信SBIの基幹システムに接続することで、銀行と同等の金融サービスを顧客に提供する、という仕組みだ。

 これまでに日本航空やカルチュア・コンビニエンス・クラブ、ヤマダ電機などが、このネオバンクを導入しており、顧客との接点を増やしたいという企業の思惑を背景に、提携先が増えている、という。

 SBIを導入する企業は、顧客接点の部分だけを自社向けにカスタマイズすれば、銀行免許を取得せずとも銀行サービスを始められるというメリットがあるのだ。

デジタル友の会

 髙島屋ネオバンクは、百貨店ならではの金融サービスを組み込んで、他のデパート各社との差別化を目論んでいる。そして、髙島屋の「目玉」は「スゴ積み」と名付けられた積み立てサービスだ、という。簡単に言えばこれは、髙島屋が1962年にスタートさせた「タカシマヤ友の会」をデジタル化したものである。

 言うまでもないが、百貨店の「友の会」制度の内容はどこも似たり寄ったりだ。1年満期型の積み立てサービスで、毎月一定額を積み立て、満期を迎えると、1カ月分のボーナスが付いた13カ月分の買い物券がもらえる、という中身だ。

 「スゴ積み」という大層なネーミングは謎だが、積立金が「お買物残高」としてアプリにチャージされ、髙島屋のレジで提示すれば利用できる、というのが「新しい」らしい。また、これまで積み立てサービスを利用するには店頭での手続きが必要だったが、スゴ積みはアプリで申し込みできるため、来店せず非対面で手続きが完結できる、というのがコロナ禍での「売り」なのであろう。

高齢化が悩み

 髙島屋の積み立てサービス「スゴ積み」は、毎月1万円を積み立てた場合、年利に換算すると15%相当になる、と謳っている。先に述べた様に百貨店としては「ごく普通」のサービスなのだが、銀行(メガバンク)の1年定期の金利が 0.002% である昨今、金利的には非常にお得なサービスに見える。
銀行と百貨店を同列に語るのはどうかとも思うが・・・

 ではなぜ、今更「友の会」なのかと言うと、百貨店ならではの悩みが浮き彫りになる。45万人いるタカシマヤの会会員の平均年齢は63歳と高齢化が進んでおり、コロナ禍にこうした高齢者層が来店を控えるようになってしまった、というのが理由だ。

 髙島屋は非接触のサービスを導入することで、友の会の積み立てサービスのターゲットを40代以下の、より若い層にも広げたいという思惑だ。担当の執行役員は「『友の会』のシステム自体を知ってもらうことで、客層をより広げられるのではないか」と話す。髙島屋は「スゴ積み」をテコに、友の会の会員数を48万人までに増やしたい考えだ、というう。

収益源の多角化

 言うまでもなく、若年層の囲い込みは、髙島屋のみならず百貨店業界全体の課題となっている。ここで購読者諸氏には「耳タコ」で恐縮だが以下推移を参照する。

 日本百貨店協会のデータによれば、百貨店の売上高は1991年の9兆円をピークに下降を続け、2010年以降は6兆円台で推移。百貨店が全盛期だった高度経済成長期、バブル期に顧客だった層は高齢化が進んだ。ユニクロ等のファストファッションの台頭やEC(電子商取引)の普及で、百貨店を利用しない若年層が増え、売上のおよそ4割を占めていた衣料品が売れなくなってしまったのだ。近年はインバウンド需要が売上を支えていたが、それもコロナ禍で「雲散霧消」し、2020年の売上は4兆円台まで落ち込んだ。

 という訳で、百貨店各社は、収益源の多角化を急いでおり、その中で注目されている分野の1つが金融事業なのだ。富裕層を顧客に持つ百貨店の強みを生かし、クレジットカードなどの決済事業を強化する動きの中で、髙島屋は、決済事業にとどまらず、金融商品の取り扱いまで広げたい考えだ。

金融業に参入

 髙島屋は金融事業を百貨店事業、商業開発事業に次ぐ第3の収益源と位置づけ、2020年3月にクレジットカード事業子会社の髙島屋クレジットと、保険代理業の髙島屋保険を統合した。そして、新たに金融事業を担う子会社として、髙島屋ファイナンシャル・パートナーズを発足させた。

 同年6月には資産形成や相続の相談ができるファイナンシャルカウンターを日本橋に開設し、投資信託や保険、不動産信託や遺言信託などの取り扱いをスタートした。
※ファイナンシャルカウンターは現在、日本橋髙島屋、大阪髙島屋、横浜髙島屋の3店舗に開設されている。

 投資信託に関しては、SBI証券と業務提携を結び、同社が扱う約2700本もの投信を仲介。また2021年4月には、インターネットを通じて個人から集めた資金を企業に貸し付け、配当を得るソーシャルレンディング事業にも参入した。

利益の2割

 結果として、今回の髙島屋ネオバンクによる銀行サービス導入により、髙島屋は定期預金や住宅ローンなど、幅広い金融サービスを提供が可能になった。百貨店での買い物に使えるサービスは、スゴ積みの他にも口座開設者にはカード不要の「スマホデビッド」の発行、そして預金の出入金に関しては、全国のセブン銀行、ローソン銀行のATMが月5回まで手数料無料で使える、という。メリット満載ということだろう。

 髙島屋は、21年度からスタートした新3カ年計画で、21年度の営業利益44億円を、金融事業により最終年度までに55億円にすることを目標と定めた。これが実現すれば、金融事業はグループ全体の営業利益の2割近くを占めることになる、という。

と、ここまでは髙島屋の「百貨店×銀行」タッグによる友の会のアプリ化(スゴ積み)と、それによる「顧客若返り施策」を多少好意的に説明して来た。そろそろ本論に移ろう。

ポイ活疲れ

髙島屋はどうせ積み立てるのなら「スゴ積み」の方が「積み立てNISA」よりもお得ですよと訴えて、ちょっとでも得したいというポイ活世代の若者の顧客化を推進したいと考えている。

 しかし最近では、SNS上に「ポイ活疲れ」という単語が散見される。ポイントを拾い集めるのに飽きた若者の「ポイ活離れ」も既に始まっている、とも言われている。

※ポイ活:ポイント活動の略。買い物などでポイントをため、活用すること。ポイントをためる方法は様々で、店舗での買い物の際に、ポイントカードやスマホのアプリを提示し、クレジットカードを使う。また、登録したサイトで、ネットショッピングをしたり、簡単なゲームをしたり、アンケートに答えたりすることでポイントがたまるサービス。

百貨店のポイントに物申す

 ここからが本題だ。筆者は敢えて苦言を呈したい。「百貨店は、巷のポイント戦争に軽々しく加わってはいけない」と。
若者がゲーム感覚で「お得」をゲットする「ポイ活」であるが、百貨店顧客のほとんどは中高年である。その年寄りにアプリのダウンロードの「手間」を強いるのは「コスパは良くてもタイパは非効率」という「本末転倒」な結果を招くのではないか。

 もちろん、お年寄は若者よりも「ヒマもカネ」もあるのだが、そのカネも現金と商品券、そしてクレジットカードが限界であろう。デビットカードやプリペイドカードだけでもオロオロしていたのに、今やPayPayなどのQRコード( バーコード) 決済や、交通系流通系など電子マネーまで含め百花繚乱だ。オマケに楽天ポイントを「別途」付与してくれたりすると、もう何がお得なのか判らない。

 富裕層、そしてその大半を占める高齢者は、そうしたキャッシュレス決済全般を認知し、使いこなせるだろうか?こうした多種多様の決済手段と、それぞれに付加されるいろいろなポイントの収集に、富裕層が「ポイ活疲れ」してしまうのは時間の問題では、と危惧しているのだ。

正価販売が本筋

 そもそも、割引をせずに定価で勝負するのがデパートであり、小売の他業種が付与するポイント分を、デパートは自店のサービスやコミュニケーションの強化により、顧客に還元するのが本来の姿だと思う。デパートは小売各社の「ポイント戦争」の外に居て欲しいのだ。

 デパートを利用する人は、商品だけでなく、商品の「提供のされ方」と「提供してくれる人」を選択しているのだ。モノだけ欲しい人はネットで済んでしまう世界で、買物の「過程にこだわる」人が居る限り、デパートは存在し続けるのではないかと思っている。

 もちろんデパートだってセールやバーゲンはするが「エブリデイロープライス」の仲間入りだけはすべきではない。デパートの存在意義は、値引きやポイント付与ではないのだから。

スゴ積みで良いのか?

ちょっと復習しておく。友の会とは、月々積み立てていった会費を、1年後に割り増しした商品券として利用出来る制度だ。顧客側にとっては「逆クレジット」の様な制度であり、百貨店側のリスクは極めて低い。当該デパートが、将来も存続することが保証されているからこその、顧客のデパートへの信頼が大前提となる制度なのだ。前述した髙島屋の友の会アプリ「スゴ積み」を、筆者は通勤電車の車内モニターで見た。月々1万円を1年間積み立てて、1年後に12万円を13万円分の商品券として受け取り、髙島屋で利用出来る。正直、アプリを介する以外は何のひねりもない、正真正銘の友の会制度だ。

 年利換算で15%と謳っているが、13万円割る12万円だから 8.3% 増しではないのか?

 細かくて恐縮だが、更に手数料を別途500円取られるので、実質還元率は7・9%となる。昨今の急激なインフレ下で、果たしてこれが顧客の「手間に見合う」メリットなのかというと、いささか疑問符が付く。

 何より「スゴ積み」というネーミングと、加えてCM(PVと言うのか)も携帯キャリアやカード会社の様に「お得」を連呼して品がない。「スゴ積み」とは「髙島屋のスゴイ積立」の略称だと言うが、自社の企画を「凄い」とストレートに表現し「お得」を推してくるのも、ちょっと恥ずかしと感じてしまう。もちろん筆者の私見であるが・・・

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