デパートのルネッサンスはどこにある? 2023年01月15日号-61

第61回 シリーズ「そごう・西武」売却 第5弾

【新たな登場人物】

 「シリーズ『そごう・西武』売却」は、第4弾の「混沌とする西武売却」を12月15日号でお伝えしたところだが、筆者は同日朝のニュースで豊島区長の会見を見て驚いた。

 そごう・西武の「売却劇」に新たなステークスホルダーが登場した、と言っても過言ではないだろう。この先、この問題がどう決着するかは判らないが、混迷を極める「池袋西武へのヨドバシ進出」に、またも異例の事態が発生したことは確かだ。

 ニュースの骨子は、会見を開いた豊島区の高野区長が「ヨドバシカメラの池袋進出にストップをかけ、西武百貨店池袋本店の「顔」を存続させる」ことを嘆願する内容だ。

 高野区長は池袋西武の「救世主」となるのか。セブン&アイ、ヨドバシカメラ、そごう・西武(とその労組)、西武ホールディングスに、行政である豊島区や地元商店会までが加わり、マスコミや一般市民も巻き込んで、議論は更にヒートアップしそうな勢いだ。

豊島区の高野区長「西武池袋本店の存続を」

 池袋西武のある豊島区の高野区長は、百貨店「西武池袋本店」などを運営する「そごう・西武」が投資ファンドへの売却決定を受け「西武池袋本店は池袋の顔であり、街の玄関だ」として同百貨店の存続を訴える嘆願書をまとめた。

 セブン&アイ・ホールディングス傘下で経営不振が続くデパートの「そごう・西武」はアメリカの投資ファンド「フォートレス」に売却されることが11月に決まった。本コラムで12月に特集したが、セブン&アイによるそごう・西武の売却は混迷を極め、異例ずくめの事態となっている事はお伝えした通りだ。

 売却に際し、投資ファンドが、家電量販店・ヨドバシカメラ(実際は持ち株会社であるヨドバシホールディングス)と提携し、そごう・西武の旗艦店である豊島区の西武池袋本店の店舗を取得し、家電量販店を展開する、という情報が発端だ。

 これについて、豊島区の高野区長は12月14日の会見で、池袋駅をターミナルとする私鉄大手の西武ホールディングスに向けた嘆願書をまとめたことを明らかにした。※西武という名が次々に出て来るので、誤解を避けるために判りやすく言うと、こちらは旧「西武鉄道」だ。

嘆願書

 氏は嘆願書で「『西武池袋本店』は池袋の顔であり、街の玄関だ。池袋のイメージは文化の街として大きく高まった。今後の『ヨドバシカメラ』の参入は池袋の更なる家電量販店の激化につながり、長年育ててきた顧客や富裕層も離れ、今まで築き上げてきた文化の街の土壌が喪失してしまう」として百貨店としての存続を訴えた。

 小さいとは言っても、行政のトップが民間企業の出店戦略に「難癖」を付けるのは、「いかがなものか」という意見もある反面、日本有数の巨大ターミナル駅の「顔」が、いかに重要かを物語る証拠かもしれない。

 区長の発言の中の「池袋のイメージは文化の街として大きく高まった。」「長年育ててきた顧客や富裕層も離れ、今まで築き上げてきた文化の街の土壌が喪失してしまう」
※注傍線筆者 

 この傍線部分は行政の長として「自らが池袋のイメージアップを図って来た」「池袋に文化を根付かせたのは自分だ」という区長の強烈な「自負」が垣間見える。

 高野区長は会見で、「ファンド側からは全く接触はない。街は家電だけではなく、いろいろな商店で形成されている。低層部(1〜4階)に入るのは反対だ、入ってもらいたくない」と強い口調で続けた。

投資ファンドと家電量販店

「そごう・西武」を買収するアメリカの投資ファンド「フォートレス・インベストメント・グループ」は、西武池袋本店を含む店舗に200億円以上の改装と設備投資を行い、家電量販店の新規出店も(含めて)消費者の嗜好に合った新たなデパート業態を構築するとしている。

 これは12月の本コラムでも言及しているが、ヨドバシが欲しいのは、池袋の1等地であり、ライバルであるビックカメラやヤマダ電機よりも、「駅に近い場所」である。言うまでもなく、池袋西武は駅直結の超優良物件である。

 デパートが、立地する自治体などから店舗の営業継続などを望む声が出ていることについて、フォートレスはマスコミの取材に対し「現時点で何ら決定した事項はなく、計画が策定できた段階で、消費者やパートナーの皆様にお知らせします」とコメントしている。

 まさか、ここまで「正面切って」反対声明を出される=牽制されるとは思っていなかったのかもしれない。
区長サイドは、マスコミや住民=駅利用者、ひいては一般消費者をも味方につけて、ヨドバシ包囲網を形成したい思惑があるのだろう。

沿革と概要、

 池袋駅東口に直結する西武池袋本店は、1945年に武蔵野デパートとして開業、地下2階地上12階建て。
2021年度の売上は約1540億円で、セブン&アイ・ホールディングス傘下の「そごう・西武」が展開する全国10の百貨店の中トップの旗艦店。来店者数も、コロナ禍前の2019年度には7千万人を上回った。

 高野区長は会見で、同店が池袋の街に果たしてきた役割を「池袋は『怖い、汚い、暗い』というイメージがあったが、安心安全で、若い女性が買い物できる街にようやくなった。
そういう流れの中での池袋の顔だ」と説明し「今まで築いてきた池袋全体のまちづくりを崩すことのないようにしてほしい」と要望したのだ。

 翌朝のワイドショーで会見の録画を見ると、池袋東口美観商店会の会長のコメントは、豊島区長より数段辛口だ。
もう少し詳しく見て行こう。

ヨドバシ出店は文化喪失なのか

 高野区長の主張の元は、そごう・西武の売却が11月に決まり、西武池袋本店に家電量販店大手「ヨドバシカメラ」の出店だ。
現在池西の1〜4階の低層フロアには、ラグジュアリーブランドの店舗がひしめいており、ヨドバシが低層階に出店した場合、撤退することが想定される。

 同区長は「ヨドバシの出店に我々が異を唱えるのは難しいかもしれない」と前置きした上で、それでも「将来のまちづくりを考えると、低層部に入ることには反対させていただく」と主張した。

 会見には、西武池袋本店も加盟している「池袋東口美観商店会」の服部会長が同席し、次の様に主張した。
「ヨドバシの進出にはびっくりし、ショックを受けている。家電競争の激化に見舞われ、地域社会が埋没する」と懸念を示した。

 さらに「ビックカメラとヤマダ電機があって、もう家電は要らない。地元に何の説明もなく、隠密裏にやっていることに対し、不信感がある」と不快感を隠そうともしない態度が印象に残った。

 区長は会見で、西武池袋本店存続に関する嘆願書を12月5日、不動産の一部を保有する西武ホールディングス(旧西武鉄道)の後藤社長に手渡したことも明らかにした。後藤社長とは池袋のまちづくりについて意見交換し、今後情報共有していくことで一致したという。

 高野区長は続けて「今後、区民運動に広げていく思いがある。できるだけ早い段階で、いろいろな意見を聞いて行動に移していきたい」と話を締めくくった。

 尚、投資ファンド「フォートレス」は、取材に対し「(西武池袋本店については)現時点において、フロアプランも含め何ら決定した事項はない」としている。

 いやいや、それでは「池袋西武の1〜4階にヨドバシカメラが出店」という、やけに具体的な情報は、マスコミ関係者が捏造した「デマ」だとでも言うのだろうか?まあ、もちろん取材に「本音を語る担当者」は見たことないけれど・・・

公益性とビジョン

 本紙は常日頃、デパートの「公益性」について論じている。当たり前だが、百貨店も一企業であり、利益を追求するのは当然だが、そこで働く従業員や、顧客=地域住民含め、あらゆるステークスホルダーの公益性を忘れてはいけない。
それこそが「みんなのデパート」という概念の重要性である。

 いみじくも、豊島区長の述べた「文化」の担い手としてのデパートの役割を、果たして投資ファンドのフォートレスや、ヨドバシカメラは考えたであろうか。前述した様に「何も決定した事項はない」と、うそぶきながら、「1〜4階の下層階にヨドバシが入る」などと、具体的な情報が漏れ聞こえてくるところを、筆者は大変いぶかしく思っている。

 誤解なき様に付け加える。この問題は「利益優先のヨドバシVS池袋の街の公益性」という勧善懲悪のストーリーではない。
これは、池袋の街の優位性を守るための「みんなの」議論であり、投資ファンドとヨドバシカメラと「そごう・西武」を売却したセブン&アイが悪者、という単純な話ではない。ましてや、ビックとヤマダがあるから、ヨドバシは要らないという、池袋東口美観商店会の様な、矮小化された「あるべき論」でも全くない。

 ヨドバシホールディングスには、家電量販店同士の縄張り争いではなく、デパートの公益性と池袋という街の価値を認識し、その発展に寄与するという「長期スパン」の戦略を考えて貰いたい。
秋葉原や梅田で培って来た、ターミナル駅でのデベロッパー力を発揮し、「只のデカい電器屋」と揶揄する声を一蹴する様な、新しい池袋の「顔」を造ってほしい。

渋谷と秋葉原

 12月号でも述べた様に、渋谷の街の百貨店は、東急も西武も無くなる見込みだ。
※渋谷西武もヨドバシカメラになる公算が大きいが、ここでは詳細に触れない。

 渋谷は今も109、ヒカリエ、スクランブルスクエア、フクラス等々、複数のショッピングセンターを運営する「東急」グループが渋谷駅を取り囲んでいる。パルコやマルイはあるが純然たる百貨店ではもちろんない。

 東急は渋谷をどうしたいのだろう。もちろん、「悪くしたい」と思っている訳はないが、渋谷を独占、とは行かないまでも、寡占に近い状況になのは事実だ。東急グループだけで渋谷の街の多様性は保たれるのだろうか?

 渋谷が「若者の街」と呼ばれて半世紀たつ。当時20代前後の若者も、今は正真正銘の「高齢者」となった。
百貨店が消失した渋谷でも、まだまだ手垢の付いた「若者の街・渋谷」を継承していくつもりなのだろうか?

 秋葉原を例に取れば、昔は電気街であり、今はアニメの街であろうか?秋葉原のキーワードは「ヲタク」であり、そこは実は変わっていないのかもしれない。その同じヲタク文化の集中度の高さが、外国人の「OTAKU」まで引き付けている。
秋葉原は街のキャラクター化の数少ない成功例であるのかもしれない。

 翻って、渋谷はどうであろう。言うまでもなく、東急の本拠地であり牙城である。
だからと言って、渋谷を東急王国にして良いとは、誰も思っていないはずだ。少なくとも東急の関係者以外は、だが・・・

まとめ

 購読者諸氏は「池袋の話を渋谷や秋葉原を例にしても、よく解らない」とお思いかもしれない。
筆者が言いたいのは、街(とデパート)には公益性の観点が不可欠であり、企業の論理(普通は利益)だけを優先するべきではない、ということだ。

 前述したが、企業が利益を追求するのは必然であり、決して「悪」ではない。
しかし、時として地域(街)や消費者(住民)との利益相反は起こりうる、と言う事だ。

 大事なのは公益の御旗を振って、企業の利益を制限せよ、といった「対立」ではなく。公益性を蔑ろ(ないがしろ)にすると、その企業自体の「ブランド」を棄損する事態となる、という戒め(いましめ)であろう。

 そういった意味では、今回の豊島区長の「嘆願」会見は、中々タイムリーであったと思う。
池袋駅を利用する「一般市民」も含めた、あらゆるステークスホルダーの議論が活発化することを願っている。例え結論が「池袋西武」の縮小や消滅が避けられないとしても。

連載 デパートのルネッサンスはどこにある?

デパート新聞 紙面のロゴ
昭和24年10月創刊
百貨店に特化した業界紙
デパート新聞 購読申し込み