デパートのルネッサンスはどこにある? 2024年11月01日号-102 池袋西武復活を占う 前編
新な挑戦?
2024年9月4日、セブン&アイ・ホールディングスが、子会社であったそごう・西武を米ファンド、フォートレス・インベストメント・グループに売却してから、早1年が経過した。
その辺りの「顛末」は、本コラムでつぶさにお伝えしてきた。言うまでもないが、その混沌のピークは2023年8月31日に実施された、西武百貨店池袋本店の「61年ぶりのストライキ」だ。
1年が過ぎ、今年の始めから順次行われていた同店の改装(実態はヨドバシカメラ出店のためのスペース作りだが)も夏前には一段落ついた。
この秋から1年かけて、池袋西武の不動産を取得したヨドバシカメラと、半減した西武百貨店のリニューアル工事が同時に実施される。
くどいと思われるかもしれないが、池袋西武の要( かなめ) である本館北と本館中央のほぼすべてが、( ルイ・ヴィトンとデパ地下の一部を除き) ヨドバシ本体とそのテナントとなることはお伝えしている通りだ。そして、9月1日号と15日号に掲載した、そごう・西武労組の寺岡委員長のインタビューでお伝えしたとおり、池袋西武は半減でなく、実態としては「三分の一」に縮小されてしまった。
それは、館の中でのヨドバシとのロケーションハンデや、想定される坪当たり売上を考慮すれば、業界人には「自明の理」であろう。少なくとも本紙はそう理解している。
山積する課題
そして、そごう・西武全体の売上高の3割以上を稼いでいた西武池袋本店の面積が半減(1/3)となる中「いかにして生き残っていくのか」が同社にとって次の課題となった。
備忘のため、寺岡委員長の発言を再録する。
1.ヨドバシ出店による、西武百貨店池袋本店のマイナス要素
- 今の池袋西武の中の、一番坪効率の良いところがヨドバシになる。
- 新たな西武百貨店は坪効率の低い、本館南に押し込められる。
- 面積減の西武百貨店はフルラインでは売場を展開できない。
- そごう・西武は店子となり家賃が発生する。それも(寺岡氏曰く)べらぼうな金額で。
- 一年の間百貨店をクローズするため、その間の顧客の繋ぎ止めが出来るかどうか判らない。
2.その他のそごう・西武各店へのマイナス要素
・旗艦店である池袋西武がなくなる(半分~3分の1になる)ということで、そごう・西武の百貨店全体の「営業力」は格段に落ちる。
それはすなわち、有力な取引先は池袋本店での取扱高に応じて取引条件を決めており、かつ池袋店以外へのバーター出店もしている。その構造が瓦解する、という事にほかならない。
例外はない
インバウンドを追い風に、コロナ前の2019年売上を更新し続けている大手百貨店であっても、地方からは撤退続きだ。それは三越伊勢丹、大丸松坂屋も例外ではない。
そして直近では岐阜髙島屋が7月末に閉店したばかりだ。
老舗大手3社であっても、地方店舗の撤退を余儀なくされている現在、旗艦店の池袋を失う( 実態は1年間の休業+縮小して再開予定だが) そごう・西武が、昨年まで保っていたアドバンテージをほぼすべて失うのは間違いない。
労組の寺岡委員長の言う通り、営業力の低下は面積削減どころの話ではないのだ。
そして、全国大手百貨店の中で、単店として3番目の売上を誇っていた「池袋西武」は消滅し、委員長曰く「池袋西武という一地方百貨店が誕生する」という見解に、異論を差し挟む余地はない。
池袋西武は、今後はファンド主導で再生に動くしかなく、当然それは今まで前例のない「新たな挑戦」と言える。但し、挑戦と言っても、始まる前から勝ち目の薄い負け戦(いくさ)だと言ったら、非難されるであろうか。
どなたか勝算の立つ方のご意見を伺いたいものだ。
トップの見解
フォートレス日本法人からそごう・西武の代表取締役に就いた劉勁(リュウ・ジン)氏は2週間に1回、事業パートナーのヨドバシホールディングスの藤沢昭和社長と、池袋の将来像や連携策について議論を重ねている、という。
劉勁氏曰く「色々な反対があったけど、池袋にヨドバシが来て良かったと思われる館(やかた)を作りましょう。」
フォートレスから送り込まれたそごう・西武の劉勁代表取締役が取材に応じて発した第一声がそれだった、という。
なぜ「色々な反対」が沸き起こったのか、その理由を総括しなければ、只の「見切り発射」なのではないか、筆者はそう思う。それでも劉勁氏には確たる勝算がおありらしい。後述する。
そして「池袋西武の本館南は北や中央より、利便性に劣るだろうが、天下の大ターミナル駅の直上ビルであることに変わりはない。」と思う方もいらっしゃるだろう。
デパートゼロ
9月22日にTBS系列で放送された『坂上&指原のつぶれない店』のスタジオトークで、本コラムの記事を引用している。
「地方の百貨店は閉店ラッシュが続いており、山形・徳島・島根・岐阜の4県が百貨店ゼロ県、百貨店が1つしかない県は16県にのぼる」と。本コラム2024 年 2月 15 日号から抜粋した物だ。
※尚、前述の通り、岐阜髙島屋は2024年7月をもって閉店したため、岐阜県は全国4番目のデパートゼロ県となった。
以下、デパートが1つしかない県の詳細を示す。
秋田:西武秋田店
茨城:水戸京成百貨店
新潟:新潟伊勢丹
福島:うすい百貨店
山梨:岡島
富山:大和富山店
滋賀:近鉄百貨店草津店
和歌山:近鉄百貨店和歌山店
福井:西武福井店
香川:高松三越
高知:高知大丸
佐賀:佐賀玉屋
熊本:鶴屋百貨店
宮崎:宮崎山形屋
鹿児島:山形屋
沖縄:リウボウ
4つの「ゼロ県」や16の「1店舗県」に比べ、池袋の一等地でリニューアルする西武は何と「贅沢な悩み」だ。前述の様に揶揄する向きもあるのかもしれない。
もう一度申し上げるが、旗艦店である池袋の縮小は、そごう・西武全体の帰趨( きすう) を決定してしまうのだ。もっと言えば、そごう・西武の池袋以外の店舗は只の地方店の寄せ集めであり、消滅する運命は避けられない、という事なのだ。
※地方百貨店を揶揄する意図はない、それだけ都心の旗艦店の役割が大きいと言っているのだ。新宿伊勢丹がなくなったら、そして日本橋や銀座の三越がなくなっても、三越伊勢丹は生き残れるだろうか? 阪急うめだ本店がなくなっても阪急阪神は存続できるのか、考えてみて欲しい。
シナジー
劉氏は続けて「ヨドバシは家電から赤ちゃんのミルクまで約800万点を扱う。池袋で日常と百貨店の非日常の買い物ニーズを両方満たすことができる」と話す。
その後もリュウ・ジン氏の話は、ヨドバシ賛歌が続き、ヨドバシ傘下なのでは、と見紛うばかりだ。
「実店舗だけでなく、ヨドバシのECサイト「ヨドバシ・ドット・コム」を通じてそごう・西武の一部商品を販売する案も検討中だ、という。
「ヨドバシECは国内でアマゾン・ドット・コムに次ぐ2100億円の売上規模を誇り、即日配送や送料無料に定評がある。」等々。
劉氏は「ヨドバシと合意できれば相乗効果(シナジー)が追求できる」と自信をみせる。
筆者から見れば、都心の有数のターミナルであれば、どこも百貨店と家電大型店( ビック、ヨドバシ等) は、隣接しており、現状の池袋の街も元々そうであったはずだ。
そごう・西武の現場からも「セブン&アイ傘下で連携していたネット通販『オムニ7』もそうだったが、百貨店の客層とまったく違うから難しいのでは」といった声が聞こえてくる。
MD絞り込み
そごう・西武は6月、婦人服や子供服、家具などの販売を諦め「フルラインナップの従来型の百貨店」から、より富裕層シフトを強める改装プランを発表している。
西武池袋はヨドバシカメラ出店で半減する売場を高級ブランドと化粧品、デパ地下の食品に絞る。もちろん「棲み分け」論はあるだろうし。単純に「間違っている」と否定は出来ないが、最初から白旗を掲げていて「公正な競争」が成り立つのか、という考えが先に立つ。
この改装プランはフォートレスの徹底したデータ分析主義から生まれたものだという。西武池袋にあった約750ブランドを売上や利益、坪効率などで順位をつけると、ほぼ全ての利益を高級ブランド、化粧品、食品が稼ぐ、という構造だという。
効率化の罠
「高級ブランド以外はトントンか赤字。百貨店は特別な買い物する所でユニクロやヨドバシと競合する日常品を扱うべきではない」(劉氏)と結論付け、出店ブランドを上位から約380ブランドに絞った。
それにより、西武池袋店は改装後に開業する2025年の初年度から営業黒字を目指す、という。
筆者には、棲み分け論というより「ヨドバシ有りき」の配慮、いや忖度にしか聞こえない。
もう一度言うが、そんなに簡単に新宿伊勢丹の模倣で、富裕層シフトが可能なら、だれもがやっていたはずではないか。テナント、特にラグジュアリーブランドとの利害関係の調整や、その先の信頼関係の構築は一朝一夕には運ばないのでは、とも思う。
デパートのプロが20年30年かけて培ってきたマーチャンダイジングにより、全国3位の売上を全力で守って来た池袋西武。
その面積半減のハンデを、お得意のデータ分析により効率化しただけで、就任1年で本当に覆(くつがえ)せると思っているのだろうか。
劉氏は、池袋西武の顧客の事をどれだけご存知なのであろうか。
無駄を省くことですべてが解決するなら、地方百貨店の衰退など起こらなかったはずだ。
そごう・西武労組、寺岡委員長が列挙した課題を、すべて払拭出来ると言うなら、今は劉氏のお手並み拝見、と言うに止める。来年の年の瀬には、一定の評価が定まっているであろうから。西武デパートのルネッサンスはいったいどこにあるのだろう。
デパート新聞編集長
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