デパートのルネッサンスはどこにある? 2024年10月01日号-100 セブン&アイの内憂外患 前編

セブン&アイの内憂外患 前編

 百貨店そごう・西武を売却後、祖業であるGMS「イトーヨーカドー」のスクラップにも着手し、コンビニ事業に邁進するセブン&アイ・ホールディングス。

※用語解説:GMSとはゼネラルマーチャンダイズストアを省略した言葉。日本では「総合スーパー」と訳す。

内憂と外患

 名実ともに、日本の小売りナンバー1となった(はずの)セブン&アイであるが、二カ月前の7月29日にこんなニュースを目にした。

 セブンイレブンの全店平均日販は67万9000円と前年同期比で3000円減。収益はさらに厳しく、2024年3~5月期の営業収益は前年比1・8 % 減の2兆249億円、営業利益は前年比4・4%減の612億円で「減収減益」となったのだ。

 コンビニ業界のライバルである、ローソンとファミリーマートは増収増益となっており、けして業界の収益環境が悪いわけではない。セブンイレブンだけが「独り負け」とも言える状況に追い込まれているのだ。

 それから一ヶ月もしない8月19日、そんなセブンに新たな火種がもたらされた。海外からだ。

カナダからの手紙

 コンビニ大手「セブンイレブン」の親会社、セブン&アイ・ホールディングスがカナダの同業大手から買収提案を受けた。「日本経済界に衝撃が走った」というのはけしてオーバーな表現ではない。

 なぜかと言うと、今までにこれほどの大企業が、外国企業に買収されたことはあまり例がないからだ。※失礼、まだ買収された訳ではないが。

 これまでは、日本企業が外国企業を買収するケースの方が多かった。そして小売り流通業に限っては、買収ではなく、外資による日本進出の例は多かった印象だ。

 但し成功例は極めて少ない。これについては後述する。  

 因みにセブンイレブンは世界最大のコンビニエンストアチェーンであり、世界で20の国と地域に、約8万5千軒の店舗を展開している。そのうち約25%(2万店超)は日本国内に、約1万店はアメリカにある。

セブン&アイの発表

 そのセブン&アイHDが、カナダのアリマンタシォン・クシュタール(ACT、以後はクシュタールと表記)から買収提案を受けたと発表した。  

 因みにクシュタールはカナダで、コンビニ「サークルK」やガソリンスタンドなどを手がける大企業だ。

 8月末の段階で、セブン&アイは企業買収に際して取るべき行動を定めた国のガイドラインに基づき、社外取締役のみで構成される特別委員会を設置し、検討を始めた。

 セブン&アイは「企業価値を向上させる他の選択肢とともに、慎重かつ網羅的に、速やかに検討し、返答する予定」としているが、この時点では、提案を受け入れるかどうかや、先方企業と議論を始めるかなどは決定していない、としていた。

買収額は

 仮にセブン&アイグループ全体を買収する場合、買収額は4兆6千億円にのぼると見られた。

 但し、この買収提案を受けてセブン&アイの株価はあっという間に20%以上急騰し、時価総額は前日から1兆円膨らみ5兆6千億円となった。冒頭でも触れた様に、セブン&アイ・ホールディングスは、そごう・西武の売却に続き、イトーヨーカ堂など傘下のスーパー事業の株式上場を検討している。

 そして主力のコンビニ事業に経営資源を集中する戦略により、グループの構造改革を進めている最中である事は、本コラムでは何度も取り上げている。

クシュタールは

 カナダのコンビニ大手であるクシュタールは9月19日、セブン&アイHDに対して友好的な買収提案を行ったことを認め「両社の顧客と従業員、それに、フランチャイズの加盟店や株主に利益をもたらし、互いが合意できる取引につなげることに注力している」と発表した。

「アリマンタシォン・クシュタール」とは?

クシュタールは、コンビニやガソリンスタンドなどを手がける世界的企業で、カナダのケベック州に本社を置きトロント証券取引所に株式を上場している。

 「クシュタール」や「サークルK」などのブランドでカナダやアメリカ、ヨーロッパなどおよそ30の国と地域で事業を展開し、従業員数は15万人。
 店舗数はライセンス契約も含めると16700を超えている。 

  会社が発表した2024年4月期決算では年間売上高692億ドル( 日本円でおよそ10兆円) にのぼる。

経産省ガイドライン「真摯」の大安売り?

 買収提案を受けた企業の経営陣が取るべき対応 について、昨年経済産業省がガイドラインを公表している。

 この中で、経営陣は提案を受け取った場合、原則として、速やかに取締役会で審議するか、取締役会への報告をすべきだとしている。

 そのうえで取締役会では、具体的で実現可能性があるような「真摯な買収提案」に対しては、時間やコストをかけて「真摯な検討」を行うよう求めている、とある。

 真摯な提案は真摯に検討せよ!とは、至極当たり前の様に聞える。逆に「真摯な提案や真摯な対応(検討)」があまり行われないのかな?と勘ぐってしまう。勝手に疑心暗鬼にさせられる表現だ。

 また、ガイドラインは、手続きの公正性を確保する観点から、特別委員会の設置や、外部のアドバイザーから助言を得ることなども考えられる、としている。いや、本当に親切というか、もはやガイドラインという名の「買収のすすめ」か「賢い買収のされ方」というハウツー本の様にさえ受け取れる。

株主vs公益

 筆者にはこういった対応が「すべては株主の利益が最優先」という株主資本主義どころか、行き過ぎた株主至上主義に思えるのだ。

 「従業員や顧客といった他の関係者への配慮」という視点が全く欠けている。
 「いやそれが、株式会社や資本主義の本質だ」と言う方もおられるだろうが、昨今はステークホルダー資本主義、公益資本主義という考え方も浸透してきている。

 本紙が提唱する、デパート運営における「公益」の概念とも通じる考え方であり、結果として日本に「100年企業」が多い理由にもなっていると思うのだ。

※用語解説:ステークホルダー資本主義

従来からの「株主資本主義(株主至上主義)」では、短期的な株主の利益の最大化が最も重要、と位置づけられており、その結果、従業員や環境、地域社会に負荷をかけるという問題が生じている。

 それらの対義語として生まれたコトバであり、公益資本主義ともいう。

カルフール~ウォルマート

 ここでは先ず、買収ではなく参入というスタンスで、日本進出した外資をおさらいしておこう。

 今世紀に入り、日本の小売、流通市場に参入した外資系スーパーはいずれも苦戦の連続となり、結果として撤退した例がほとんどだ。

 外資系流通大手による日本市場への参入は、フランスの大手スーパー「カルフール」が最初だ。2000年に千葉県に最初の店舗をオープンさせ日本進出を果たすも、売上の伸び悩みや競争環境の激しさなどを理由に、2005年に撤退した。僅か5年という速さだ。

 2002年にはドイツの流通大手「メトロ」、2003年にはイギリスの大手スーパー「テスコ」がそれぞれ日本市場に参入も、テスコは2011年、メトロは2021年、それぞれ撤退を発表した。

 次に、今回の買収提案に近い事案を紹介しよう。世界最大のスーパー、米「ウォルマート」の日本進出だ。

 ウォルマートは2002年、業績低迷が続いていた旧セゾングループの「西友」と資本提携し、2008年には完全子会社化した。 

 大量仕入れ、と低価格販売により立て直しを進めたが、ネット通販との競争もあり、2021年には保有する西友の株式の85%を売却し、事実上撤退した。
 「ネット通販との競争もあり」というフレーズは、小売り界隈では「キラーワード」であり、誰も反論できない便利な言葉になってしまった。筆者も反論は控える。

コストコとIKEA

 生鮮食料品を扱うスーパーでは外資の苦戦が目立つものの、同じ流通業界でもアメリカの会員制量販店「コストコ」やスウェーデン発祥の家具大手「IKEA」は日本で会員や店舗を増やし続けている。

 前述したGMS企業との違いは何だろう。

 筆者の独断だか、コストコやIKEAは、食品スーパー等での、日常の生活必需品の購買とは異なる「非日常性」もっと極端に言うと「非現実の世界」が成功と継続のカギなのではないかと思う。

 コストコでの大量購買やIKEAでの家具、インテリアの購入は、週に何度か買い物をするヨーカドーや、西友やイオンとは、まったく異なるモチベーション(シチュエーション?)である。コストコやIKEAに行く消費者の心理は、休日レジャーを楽しむために、家族でテーマパークに行く人の心理に近い。独断ついでに言うと、日常と非日常の差は「プレジャー(楽しみ)」なのだと思う。

 時間消費や体験価値を伴うショッピングというのは、それ(購入)自体が、レジャーとしての側面を持っているのだ。

セブンは拒否

 9月6日、セブン&アイは、クシュタールからの買収提案について「当社の価値を著しく過小評価している」とする内容の書簡を送付したと発表。

 提案額は390億ドル(5兆5千億円)だった。さらにセブン&アイは書簡の中で、仮に買収金額が引き上げられたとしても、アメリカのコンビニ事業でトップを争う2社の統合には競争法上の懸念が残るという考えを示した。

 ご存知の様にセブン&アイは2021年に北米のコンビニ「スピードウェイ」を買収している。かつ、その北米でクシュタールとセブンの2社を合わせても、シェアは2割程度である。

 そもそもセブン&アイは昨年、米投資ファンド「フォートレス・インベストメント」にそごう・西武を売却したばかりではないか。

 因果応報などと言うつもりはないが、筆者にはセブンの懸念は屁理屈にしか聞こえない。例え、拒否回答が社外取締役の総意だとしてもだ。                                 

以下次号に続く

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