デパートのルネッサンスはどこにある? 2024年07月15日号-96

第96回 天国と地獄

大手百貨店3社はインバウンドで絶好調、一方西武池袋はヨドバシ化で面積半減

 2024年3~5月度の百貨店は、大手3社の好調ぶりが際立っていた。この間に西武百貨店池袋店は、ヨドバシカメラを本館に収容するため、その面積を半減すると発表した。

 優勝劣敗という言葉を安易に使いたくはないが、資本の原理の残酷な一面を見せつけられた事に変わりはない。

6月21日のニュース

 そごう・西武を買収した米不動産ファンド:フォートレス・インベストメントと連携するヨドバシホールディングスが、西武池袋本店を一部先行改修し、美容家電や化粧品専門店として、新業態の体験型ビューティストア「Yodobloom池袋店」をオープンした。

 同店は池袋駅東口1階にある西武池袋線改札の目の前に開業した。3月までは池袋西武の免税カウンターのあった場所だ。

 2023年9月にセブン&アイ・ホールディングスがそごう・西武を売却して以降、西武池袋本店をめぐっては利害関係者の対立が続いていた。

 本紙購読者諸氏には言わずと知れた、セブン&アイの井阪社長は、当事者のポジションからほぼ逃げ切った。

 もう一方の代表である西武労働組合の寺岡委員長は、今度はフォートレスやヨドバシを相手に「陣取り合戦」をするフェーズに移ったのだ。

 ヨドブルームは、美容家電や化粧品をラインナップし、購買意欲の強いインバウンドや若年層をターゲットとしており、そうした商品に特化した「百貨店的な」専門店形態が上手くいくのか、関係者の注目を集めている。

※ヨドブルームという名称については、業界人含め賛否あるらしいが、筆者は特に酷いとは思わない。まさか100人乗っても大丈夫な物置を連想する人もいないだろう。

バトンタッチ

 筆者から見れば、池袋西武の「ヨドバシ化の先触れ」であり、もしかしたら流通メディアの反応を探るアンテナショップとしての役割を担っているのかもと深読みをしている。だとすれば、あまり大きく取り上げられなかった(すなわち、反発するマスコミがほぼ無かった)事をヨドバシサイドは「好反応」と受け取ったのでは、と思われる。

 5月にテレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」で井阪社長のインタビューが放送された。セブン&アイはそれを一種の免罪符ととらえているのだろう。

 WBSではそごう・西武売却のことなど一切訊かれず、井阪社長はご満悦であったからだ。

 セブン&アイは、池袋西武半減問題については、「かつて」の当事者であり、そごう・西武売却は済んだこと、であり過去の汚点としか考えていないのかもしれない。

 一方でそごう・西武は、西武池袋本店を2025年1月から段階的にリニューアルオープンすると発表しており、ヨドバシによる家電量販店の出店により百貨店面積は半減するため、高級ブランドや化粧品、食品に特化する形で全面改装する計画である。本コラム7月1日号にて実態は詳しくお伝えしている。

3強の状況

 ここで視点を変えて、池袋のゴタゴタを尻目に活況が続く老舗大手3社の状況に移る。

 大丸松坂屋、三越伊勢丹、髙島屋の月次業績を振り返り、百貨店業界の最新の傾向を見ていく。といっても、インバウンドに沸く都心と、閉店危機に瀕した地方百貨店との格差が開く一方であることは言うまでもない。先ずは景気の良い話から。

 百貨店大手3社が発表した2024年3~5月度の月次業績データで、直近3カ月は、3社ともに前年実績を上回り、2桁増収となった。

 後述するが、この3社間でも格差は存在する。群を抜く本当の1強について、購読者諸氏は既にお察しだと思う。

大丸松坂屋(J.フロントリテイリング)の既存店売上高
3月:前年比114・3%
4月:前年比113・2%
5月:前年比121・4%
月次業績データにおける直近3カ月平均の値は前年同期比116・3%となった。

 この4年間の百貨店業界の経営環境を振り返ると、新型コロナウイルスの感染拡大以降、行動自粛や営業時間の短縮、インバウンド需要の消滅といった逆風をもろに受けたことは言うまでもない。
 そしてその翌年には反動増の影響を受けジェットコースター状態となったことは明らかだ。

 こうした乱高下の影響から、前年同月比の増減率の数字を見て好不調の判断をするのではなく、中期的推移を見ていくことにしよう。

 既存店売上高(前年同月比)の推移を見て行くと、何と大丸松坂屋は2021年10月以降、32カ月連続で増収を記録しているのだ。

 また、コロナ前の実績と比較した増減率は、2024年5月と、コロナ前の2019年5月の実績を比較し、増減率の推移からの試算は、117.3%となり、コロナ前との比較でも、着実に増収していることが分かる。 

J.フロントによると、2024年5月度はラグジュアリーブランドや化粧品を中心にインバウンド売上が伸長した結果、免税売上高は前年比273・9%増(客数比150・4%増、客単価比49・3%増)となった。
また、外商顧客を対象にした企画(イベント、催事)の好調が大きく貢献している。

三越伊勢丹(三越伊勢丹ホールディングス)の既存店売上高
3月:前年比114・0%
4月:前年比114・2%
5月:前年比121・3%
月次業績データにおける直近3カ月の平均値は前年同期比116・5%となり、J.フロントリテイリングとほぼ同推移となっている。

 大丸松坂屋と同様に、中期的な流れで見てみよう。既存店売上高(前年同月比)の推移を確認すると、三越伊勢丹は2021年9月以降、33カ月連続で増収を記録している。( 大松は32カ月)

 また、コロナ前の実績と比較した増減率は、2024年5月と、コロナ前の2019年5月の実績を比較する。増減率の推移から試算すると、141・6%となる。コロナ前と比較すると、驚くべきことに40%以上も増収しているのだ。

 三越伊勢丹によると、2024年5月度は高級ブランドの衣料品、ハンドバッグ、宝飾、化粧品などが好調で、気温上昇に伴って夏物アイテムの早期稼働が貢献した。インバウンドによる免税売上高は、国内百貨店計(既存店)で単月最高売上高を更新した4月をさらに大きく更新した。

髙島屋(髙島屋)の既存店売上高
3月:前年比116・8%
4月:前年比115・8%
5月:前年比120・1%
月次業績データにおける直近3カ月の平均値は前年同期比117・6%となり、直近の前年比では、ライバル2社をわずかに上回っている。

 その大丸松坂屋や三越伊勢丹と同様に中期で比較をしてみよう。既存店売上高(前年同月比)の推移では、髙島屋は2021年10月以降、32カ月連続で増収を記録している。

 また、コロナ前の実績と比較した増減率では、2024年5月と、コロナ前の2019年5月の実績を比較する。増減率の推移から試算すると、122・2%となる。

 髙島屋によると、5月度は気温上昇に伴い夏物衣料や日傘、帽子などが堅調に推移。また、インバウンド客対応のブランド高額品が好調で、単月売上高としては3カ月連続で過去最高を更新した。結果、3強の強さが立証された四半期となった。

新宿伊勢丹の覇道

 大丸松坂屋、三越伊勢丹、髙島屋、といったいわゆる大手3社の月次業績を振り返ると、直近の2年強は連続増収を記録するなど、ほぼニアな傾向であることが分かる。

 但し、コロナ前の実績と比較すると、大丸松坂屋と髙島屋は20%以上の増収であるのに対して、三越伊勢丹は2社の倍である40%以上も増収しており、好調なライバルよりもさらに頭一つ突き抜けた別格の強さを見せつけている。

 百貨店業界の最新の傾向としては、中流層の消滅によって、かつて主力だった中価格帯の衣料品は売れなくなっている。反面、富裕層やインバウンド向けの高級ブランドや化粧品は、一向に衰える気配がないどころか、より一層売上貢献しているのが実態だ。

 三越伊勢丹は、伊勢丹新宿本店を筆頭に、そうした状況を顧客動向から察知し、いち早く富裕層シフトを全面に押し出した結果であることは、論を待たない。元々上顧客(富裕層)を潤沢にオルグし、育ててきたのだから当然の帰結なのかもしれないが。
「王道を行く伊勢丹の覇道は続く」と言ったら褒めすぎだろうか。

半減する池袋西武

 繰り返しになり恐縮だが、池袋西武は新たな株主の下で抜本的な改装を行い、2025年夏にグランドオープンを予定しており、世界のトップ60ブランドを集結した「ラグジュアリー」や、人気の高い「コスメ」、「デパ地下」を強化する、ということは前号でもお伝えしている。

 こちらの方向性も正に、典型的な富裕層シフトであり、目指すのはやはり「高級路線」なのだ。しかしそうであれば、そこには強力なライバルである伊勢丹新宿本店との「真っ向勝負」が待っている。

 何しろ池袋と新宿(三丁目)は、JRや地下鉄で10分もしない距離にある。日本一の売上高を(同時に日本一の品揃えを)誇る新宿伊勢丹は目と鼻の先なのだ。
※厳密に言うとJRで8分、副都心線で6分の距離だ。

 中流層の消滅した現在の日本の消費環境下で、百貨店業界という小さな土俵で両社は相対するコトになる。大阪、名古屋、横浜は遥か遠く、銀座や東京駅でさえ「別商圏」だ。

老舗ブランド

 そごう・西武は、セブン&アイを離れて( 実態としてはグループから放逐されたのだが) 株主がファンドに替わっても( 実態としてはヨドバシが親会社も同然なのだが)、デパート業自体が衰退産業であることは変わらない。

 伊勢丹を筆頭とする大手百貨店の様に、インバウンド需要を享受できるかどうかは、もちろん品揃え( 実態としては、ラグジュアリーブランドのラインナップ) の充実度次第と思われる。

 もう一つの要素は、その百貨店自体が持っている「ブランド力」であろう。同じアイテムであっても、どこの百貨店で購入したか、が問われるのだ。そう、問うのは顧客だ。

 昔の老舗デパートでは、顧客は中元歳暮の贈答品の包装紙にこだわりがあった。老舗の暖簾(のれん)は今で言うロゴマークであり、購入した商品を保証してくれるのだ。

 ブランドロゴというのは、実際には目には見えない信用や評判を保証するものだったのだ。それは現代であっても失われてはいない。

では、支配的株主( というか事実上のオーナー企業) がヨドバシカメラである、ということがデパートの「格」を左右する可能性もあるのだろうか。

 老舗か電鉄系かなどと、旧態依然の格をとやかく言うつもりはないが、デパートにとって「顧客イメージ」は極めて大事な要素であることは、本コラムでは常日頃述べている。

 そこで企業イメージについての気になるデータを見て行きたい。

ブランドイメージ

 2024年2月に発表されたあるランキングを紹介したい。

 インターネット上にあふれる勤務先の給料や待遇などの不満を、企業の与信管理を支援するベンチャー企業が集めた大量の口コミデータを基に、働き方に関する従業員の不満が多い企業をランキングしている。

 対象期間は2023年1月から12月までの1年間。上位には金融、不動産、小売り、鉄道などの大手企業が名を連ねた。

 働き方に関するネガティブ情報は9230件で、1社当たりの平均は約3件だが、ランキング上位の企業は平均をかなり上回るネガティブ投稿を集めた。

従業員の不満投稿が多い企業ランキング

1位JR東日本     84件
2位日本生命      79件
3位イオンリテール   54件
4位アウトソーシングテクノロジー  41件
5位トランスコスモス  40件
6位ヨドバシカメラ   39件

 イオンと並び、小売り部門の不名誉な代表がヨドバシだ。

6位 ヨドバシカメラ

○残業に関する不満
「残業はマックスまでさせられることが多く、予定が全く立てられない」
「1日の労働時間が12時間と非常に長いため、休日があっても疲れを取るだけで終わる。ワークバランスが全くない」「サービス残業が多すぎてプライベートはほぼない」「残業が多く、体力的にきつい。実際体調やメンタルを崩して、休職する人や退職していく人は少なくない」「残業ありきの人員配置。定時に上がると店が回らなくなる」

○組織や社風に関する不満
「基本トップダウン。下からの意見を吸い上げる気はない。非上場のため、それを直す気もない」「経営トップや店長の言うことが絶対なので、現場にとって合わないこと、非効率なことでもやらなきゃいけない」「管理職の言い方がキツかったりするので人が結構辞める。昭和のやり方が残っている」

○ハラスメント関連
「『利益が出るもの』に対してノルマを課すことが多く、これが達成できないと、パワハラ一歩手前の叱責を受ける」「客からのセクハラ等は日常茶飯事」

 ヨドバシで働く従業員からのクレームは切実なものが多い事に驚く。
 これをもって「ヨドバシはブラック企業だ」と騒ぐ気はない。只、少なくとも働く人間にとって「優良企業」であるとは決して言えないことだけは確かだ。

新宿対池袋

 前述したが、ブランドは信用であり評判である。一朝一夕で形成されるものではない。

 今現在、新宿伊勢丹で買物をしている顧客が、2025年の夏以降は、ヨドバシにより半減する池袋西武に「鞍替え」するとは容易に想像できない。少なくとも筆者はそうだ。

 只、大きいだけが取り柄だった池袋西武が、1年かけてシェイプアップし、ラグジュアリーブランドで洗練されたデパートに生まれ変わったとしたら。

 そして新たな富裕層やインバウンド層を獲得して、新宿伊勢丹と互角の勝負をしてくれるのなら、筆者も本気で応援したい、とも思う。百貨店関係者ならだれでもそう思うのではないだろうか。

 池袋西武と新宿伊勢丹が、日本の百貨店の覇権を競った40年前の再現を、筆者はこの目で見たいと思っている。池袋と新宿の距離が近すぎると前述したが、それは40年前もそうだった。

 ちょっと皮肉なことかもしれないが、もしかしてヨドバシ(家電量販店)とのタッグ(同居)が、そして駅直結の立地が、ワンストップショッピングを希求するインバウンド需要を満たす必要条件となるかもしれない。

 さて、当たったことのない筆者の予想にベットする奇特な読者は果たして居るだろうか。
 
 40年後の夢の対決まであと1年だ。

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