デパートのルネッサンスはどこにある? 2024年06月15日号-94

第94回 池袋西武 売場面積半減!

ヨドバシ藤沢社長「百貨店との共存」を語る

 共存を「騙る( かたる:だます)」の間違いでは、と思ったのは筆者だけだろうか。ヨドバシは西武百貨店池袋本店を一体どうするつもりなのか。

 様々なステークホルダーから、意見や異論が百出したそごう・西武売却問題。「ラスボス」であったヨドバシが、やっと重い口を開いた。重い口どころか、藤沢社長が意見を表明したのは始めてではないだろうか?

 今までは、評判の良くないセブン井阪社長の影に隠れて、その売却の進め方に対するクレームには「知らぬ存ぜぬ」を決め込んでいたのだから。

 ヨドバシの藤沢社長はセブンの井阪社長をメディアや労組や行政等々、あらゆるステークホルダーに対するスケープゴートにしていた、と言ったら叱られるであろうか。 

 もちろん、そもそも井阪氏のディールの進め方の「稚拙さ」が問題であったのは認めるが。

 そして、筆者が一番驚いたのは、そのヨドバシHDの藤沢社長から「共存共栄」という言葉が飛び出した事だ。

 失礼、出だしから勢い込んでしまった。本題に入る前に、先ずは晴れてそごう・西武売却問題の「脇役」に退いた井阪氏の動向をお伝えしておきたい。

 購読者諸氏は5月22~23日のテレビ東京のニュース番組「ワールドビジネスサテライト」をご覧になったであろうか。セブン&アイ・ホールディングスの井阪社長のインタビューが放送された。

 業界きっての井坂ウォッチャーを自認する本紙本コラムとしては、見逃す事は許されないだろう。※何度も言うが、こちらも好きでやっている訳ではないので、悪しからず。

WBS

「成長のカギは『世界展開と薬局』目指すはグループ売上高20兆円 」セブン&アイHD井阪社長はこう言って胸を張った。以下再録する。

 国内1号店のオープンから50年を迎えたコンビニエンスストア「セブン・イレブン」。

 セブン&アイ・ホールディングスの井阪社長が、コンビニ事業の世界展開について詳しく語った。次なる注力先は?この先の目標は?WBSの相内キャスターが迫った。

 去年9月の百貨店そごう・西武の売却に続き、祖業のスーパー、イトーヨーカ堂の上場を検討する方針を発表するなど、抜本的な改革を進めているセブン&アイ・ホールディングス。

 その井阪社長がコンビニ事業のグローバル展開の加速や、調剤薬局大手のアインホールディングスとの協業を強化し、セブン- イレブンの事業拡大につなげていく新たな構想を明かした。

 グループの売上が17兆円を超えるセブン&アイ・ホールディングス。グループの積年の課題とされてきたそごう・西武の売却を実施し、先月には祖業イトーヨーカ堂の実質的な切り離しといえる上場の検討の方針を固めた井阪社長。

 「ずいぶん選択と集中が進んだ。食を中心にして消費頻度の高い商品とサービスで客に接することができる事業体になった」( 井阪社長)

 井阪社長の選択と集中の先が主力事業のコンビニ「セブン- イレブン」だ。ここをいかに伸ばしていくかを尋ねると、井阪社長から意外なパートナーの名前が出てきた。

ヘルスケア

 「食と密接にかかわるところがヘルスケアと美容だと思う。アインが薬局としての存在ではなく、ヘルスケアで一緒に取り組むことができれば非常にこれから楽しみだ」(井阪社長)

 セブン& アイが2008年に資本業務提携したアインホールディングスは、調剤薬局の他、化粧品分野に強みがある。

 これまで目立った協業の成果はなかったが、井阪社長は「調剤薬局に行かないと処方薬をもらえない状態。もし近くのセブン- イレブンで処方薬が受け取れれば非常に役立てる。そういった意味での協業をわれわれとしては可能性として考えている」と薬局事業をめぐり、アインと協業を拡大したいと明かした。

 ただ、アインをめぐっては気になる動きもある。いわゆる「物言う株主」のオアシス・マネジメントが今月、アインの株式保有率を14・89%にまで高めたことが判明したのだ。

 オアシスはドラッグストアのツルハホールディングスの株式をイオンに売却することで、ツルハとイオン系のウエルシアホールディングスとの経営統合を演出。
 つまりオアシスとイオンはドラッグストアの再編を仕掛けているのだ。

 この状況についてアインホールディングスは。

「ずばり聞きますが、セブンとイオンのどちらを選ぶ?」(記者)

「それはセブンで間違いない。(事業を)大きく広げたときの海外パートナーのセブン&アイは有力な候補の一つ」(アインHD水島専務)

世界戦略

 現在20の国と地域に進出しているコンビニのセブン- イレブンを、将来はインドネシア等100の国と地域に進出させたい意向を初めて示した。アインも期待するセブン&アイの海外展開力。

井阪社長にグローバル戦略を聞いた。

「いよいよ本格的に広げていく段階に来た」(相内キャスター)
「スピードウェイの買収。これが一つの大きなきっかけでもあった。北米のコンビニエンスストア事業はこれから成長性の高い領域」(井阪社長)

セブン&アイは2021年に北米でおよそ3900店を展開するスピードウェイを買収した。さらに今年はオーストラリアの「セブン- イレブンオーストラリア」の買収を完了するなど、拡大戦略を積極化させていて、現在は20の国と地域で展開している。

 世界展開の鍵となるのが食のコンビニだ。マレーシアでは工場を建てオリジナルの食品の提供や、ベトナムでは現地の食文化に合わせたメニューを開発し、提供している。

「世界全体の売上高目標は?」(相内C)
「私どもが発表している数値は営業収益(売上高)で11兆円ちょっと。加盟店の売上を含めアメリカと日本を全部足すと17兆円。世界の(売上高)ランクで7番目ぐらい。さしあたってはベスト5を目指したい」(井阪社長)

「そうなると、売上高ではどのくらいの規模に?」(相内C)
「20兆円を超えていく形。オーストラリア、ベトナムの売り上げを合算できるようになると、早いスピードでいけるのではないか」(井阪社長)
※いつも「苦虫を嚙み潰した様な」形相の井阪社長だが、相内キャスターの手放しの称賛にインタビュー中は「愛好を崩す」場面が多かった。

 そごう・西武売却を巡り、各方面から非難されっぱなしであった反動か、取材中は終始「デレデレの笑顔」だった。

 そごう・西武という「最大のお荷物」を下ろし、祖業のリストラにも踏み切った井阪氏を阻むものはなくなったからだ。肩の荷を下ろしたセブンであるが、アインHDを巡るイオンとの綱引きが決着するかどうか、今後の推移をウォッチし続ける必要はあるだろう。

 さて、賢明なる購読者諸氏は、本コラムが井阪社長への「ヨイショ記事」で終わるとは思ってないだろう、そろそろ本題に戻る。

ヨドバシプラン

 ヨドバシホールディングスが百貨店との共存モデルを構築していると、日本経済新聞が4月18日に伝えている。

 「次のヨドバシ、百貨店と共存へ」というタイトルで、百貨店と家電、電子商取引(EC)を組み合わせ、新たな商業施設として集客を強化したい、と語った。

 当然これは2023年9月に買収した、そごう・西武の池袋西武がその取り組みの最初のケースとなる訳だ。渋谷西武も同様の計画をしているという話も漏れ聞く。

 前述した様に、藤沢社長が池袋西武に言及するのは初めてだ。その方針や経緯を見て行こう。

 ヨドバシHDは西武百貨店池袋本店を現在改装中だ。1階の3分の2は百貨店の営業を継続し、2階以上をヨドバシカメラの家電を中心とした売場にする、という。当初、ヨドバシは店の顔となる1階への出店に固執していたが、地元からの強い要請を受け、3分の2程度を西武側に譲ることにした。

 この件(くだり)は、いかにも「ヨドバシは妥協しました。1階は3分の1で我慢しました。」と妙に控えめなスタンスだ。

 それでも池袋西武の2階から上の面積ははてしなく広大だ。立地と面積に於いて、ライバル達(ビックとヤマダ)を凌駕してお釣りが来る。

 従来ヨドバシは、土地を取得した後、一から建物を設計する。こうした既存店舗の改装するパターンは極めて少ないはずだ。

玉突き改装

 藤沢社長は、自ら何度も店舗に足を運んだ。「1階の入口から入ってきた客を、どうすれば2階より上のヨドバシカメラの売場にスムーズに誘導できるのか、どこにエレベーターとエスカレーターを配置すれば客が行きたい売場にたどり着きやすくなるのかなどの改装案を練った。」( 藤沢社長)

※もちろん既存の建物で昇降機の場所を変えるのは物理的経済的には不可能であり、通路(顧客動線)を変えて売場の見通しを良くするという手法が一般的である。

 揶揄するつもりはないが、池袋西武は駅直結の地下1階からの顧客流入が圧倒的に多い。藤沢氏は1階にこだわるあまり、誤認をしているのでなければ良いのだが。

 尚、具体的な改装期間は、この夏から1年程度となり、早ければ2025年8月には開業予定の見通しだ。
 西武百貨店の「玉突き改装」は今年に入って着々と(そして無慈悲に)進行している。

 地下2階の「ザ・ガーデン自由が丘」は2024年1月31日もって営業を終了。

 更に8階のレストラン街「ダイニングパーク」南側のスポーツ売場は「撤退告知」のオンパレードだ。( 写真参照)

 ホームページ上にも「誠に勝手ながら『西武スポーツ(SEIBU SPORTS)』は、2024年5月26日をもちまして営業を終了いたしました。1979年スポーツ専門の館として別館に開設、本館に移動し、45年間の長きにわたり、スポーツを愛する皆さまとともに、運動の楽しさや健康づくりに取り組んでこられましたことに感謝申しあげます。」としている。

地域活性化

 藤沢社長は取材に対しこう話す。「地元の方々からヨドバシが店を出したおかげで池袋がさらに活性化した、と思ってもらえるよう努力したい」。消滅した食品スーパーやスポーツブランドは百貨店、いや地域住民にとって不必要だったのか?

 一方で売上効率が高く、家賃比率の高い「ルイヴィトン」等のラグジュアリーブランドは「守って」貰えた。
 課題のハイブランドを残存させたことにより西武は「百貨店の顔とメンツ」は守れた。そしてヨドバシは「強引な売場退去一辺倒ではなく、話し合いながら、配慮しながらやっていますよ」というポーズになった訳だ。

 改装後の2026年度の池袋西武+ヨドバシカメラの売上総計は、池袋西武が百貨店のみであった2023年度を大きく上回るだろう。そうでなければヨドバシが進出する意味はないのだから。

 そして購読者諸氏はお気づきだと思うが「押し出された」ブランドやテナントは、西口の東武百貨店や、隣接する池袋パルコにリプレイスして、それぞれの館を潤すことも充分想定される。

 では、困るのはヨドバシの同業者であるビックカメラやヤマダ電機であろうか。

 これは明解ではないが、家電が今まで以上に池袋に集積される事により、集客が上がり、その相乗効果により売上マイナスを相殺してしまう可能性も低くない。

公益の視点

 では、本コラムで何度も言及した、故高野前豊島区長による家電量販店の池袋西武低層階への「反対表明」は杞憂だったのであろうか? 高野氏は「池袋の文化の喪失」を恐れていたのだ。
 池袋の街の商業の効率が上がり、小売り業者を潤せば「みんな幸せ」ではないのだ。

 「売上が上がり効率が上がるのは消費者が支持した証拠ではないか」と思われる方もいるかもしれないが、筆者が問いたいのは「誰のための効率か、誰のための便利か」という命題なのだ。

 本紙が提唱する「公益」の概念は、デパートの歴史の始めから近江商人が提唱してきた「三方よし」に通じる。
「三方よし」: 「売り手によし、買い手によし、世間によし」は、近江商人の経営哲学として知られ商売において売り手と買い手が満足するのは当然のこと、社会に貢献できてこそよい商売」という考え方だ。

 「三方よし= 社会貢献」は今最も尊重すべき、ソーシャルビジネスやSDGsの考えそのものであり、資本の論理だけを突き詰め公益を軽んじる(無視する)商売は、結局長続きしない。

 筆者は公益を何よりも優先しろ、と主張しているのではない、私利私欲だけの商売は「世間が許さない」と言っているのだ。
ちょっと熱くなってしまった。冷静になってプランの検証を続けよう。

買収は突然に

 藤沢社長がメディアに語った、西武池袋の買収は2年前に遡る。米投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グループから(突然)打診を受けたのだという。

 そごう・西武はセブン&アイ・ホールディングス傘下で百貨店事業を継続してきたが業績不振が続き、フォートレスへの売却が決まった。

 フォートレスがセブンと2022年2月に交渉を始めた直後、池袋本店など一部店舗の売却のために声をかけたのがヨドバシHDだった、というのだ。

 ちょっと考えれば、フォートレスは(自分で運営する訳ではないのだから)最初から「転売目的」でそごう・西武を譲り受けたのは明白だ。

 であれば、セブンと交渉するよりも先に、ヨドバシと「事前に話しをつけていた」と見るのが普通ではないだろうか。

 買い手もいないのに、先に買い物をする「転売屋」がどこの世界に居るというのだ。※もちろん、関係者でもない筆者には知る由もないので、クレーマーと言われる前にこの議論は終わりにするが・・・

 フォートレスは、西武池袋本店の他に、そごう千葉店、西武渋谷店の土地や建物の一部などを含め、提示金額は3000億円に迫る。

 因みに、ヨドバシが「ヨドバシカメラマルチメディア梅田」の土地取得に過去最高の1000億円を投じており、今回はその3倍の規模となる。驚きの高額ショッピングだ。

 ヨドバシはこの梅田店だけでなく、吉祥寺店や2023年6月に開業した「ヨドバシカメラマルチメディア仙台」など、家電量販店を中核とする大型複合商業施設で実績を積んできたこともあり、施設運営のノウハウについては自信があったことは確かであろう。

池袋へのこだわり

 新宿を拠点とするヨドバシHDにとって、隣の繁華街である池袋は特別な場所だ。
 なぜなら、多くの路線が乗り入れる池袋駅、その東口には業界首位のヤマダデンキが三越跡に旗艦店を構えており、業界2位のビックカメラは、そもそも池袋が本拠地なのだ。

 競合他社がしのぎを削る池袋の地で、同業他社を凌駕したい藤沢社長は、何度も池袋駅周辺の物件取得を考えた、という。

 一時は2009年に閉店した三越池袋店跡への出店も、俎上( そじょう)に載せたというから、その本気度が窺える。但し、三越は駐車場が少なく、最終的には断念した経緯があったという。
 この時は泣く泣く、ライバルである業界トップのヤマダに「譲った」形であり、藤沢社長の忸怩(じくじ)たる思いは容易に推察できる。

 今回フォートレスが打診した西武池袋本店は駅直結であり、かつ重要視していた駐車場もあり、当然文句ない物件だった。

 藤沢社長はフォートレスの打診から数日後には「今回こそ池袋に出られるチャンスであり、あの場所には3000億円の価値がある」と腹を決めた、という。15年待ったかいがあった、という心境であろうか。

共存共栄

 フォートレスはヨドバシHDとの連携について「池袋の旗艦店や周辺コミュニティーを再活性化させるシナジーを出せる」としている。

 その藤沢社長にとって想定外だったのは、

1.ハイブランドの撤退や街並みが変わることを懸念した豊島区の故・高野前区長の反発。
2.そして本紙でも(寺岡委員長のインタビューを交え)詳しく報じた、雇用の継続を懸念したそごう・西武労働組合によるストライキだ。

 顔である1階を占拠すれば、さらに波風が立ちかねない。1階の3分の2をそごう・西武側に譲ったのは「あらゆるステークホルダーに配慮した」ととるのか、本コラムの様に「批判をかわすためのあざとい計算」ととるかはメディアのスタンスの分かれるところだ。

 館の地下1階と1階の一部を諦めたが、2階から上はヨドバシのモノというのが果たして「共存」なのだろうか? 百歩譲って共存だとしても、誰も「共栄」を保証してはくれない。

 ヨドバシの言う「百貨店との共存共栄」が、池袋西武で実現されるのか、注視していきたいと思う。 
 判断をくだすのは、常に顧客(消費者)である。

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