デパートのルネッサンスはどこにある? 2024年10月15日号-101 セブン&アイの内憂外患 後編

第101回セブン&アイの内憂外患 後編 - 同意なき買収

 10月9日、セブン&アイ・ホールディングスに対する、カナダのアリマンタシォン・クシュタールの買収額が、7兆円に引き上げられた。

 2割以上のアップだが、当初案を拒否したセブンの動向はこれからだ。

投資家保護の名の元に

 クシュタールは、サークルKなどのコンビニチェーンを次々と買収して拡大してきた企業であり、時価総額は8兆円超と企業価値ではセブン&アイを上回っている。

 前号で述べた様に、この買収提案により、セブン&アイの株価は22%急騰、時価総額は1兆円膨らみ5兆6千億円になった。※買収額とほぼ同額だ。

 日本の大企業は投資家を保護する政府の方針に沿って、欧米的な社外取締役中心の取締役会へと役員会の構成を変えて来ている。

 経営者に近しい人物や、名ばかりの社外取締役を起用する企業は未だにあるものの、一流と呼ばれる大企業ほど、本格的な( プロの) 取締役を起用する傾向が強まっている。

 この傾向が今後、日本の大企業に仇になるとしたら皮肉な事だが。

株主優先の綱引き

 セブン&アイの役員会の、独立社外取締役9名の内、海外のプロ投資家4名に対し、日本人が5名は「経営陣の仲良し」で占められている。

 社外取締役の中で海外勢は、アメリカの食品大手や投資銀行、大手コンサルと言ったプロ経営者たちであり、セブンの現経営陣や創業家とは離れた立場にある。

 それ以外の社外取締役5名は取引先や官僚出身など、セブン&アイ買収に賛成するとは思えない顔触れが確保されている。今までの日本の常識から考えれば、提案が否決されるのは明白だ。

 何だ、それなら大丈夫、かと言うと、必ずしもそうではない。※そもそも誰にとっての大丈夫なのかも不明だ。

 現在施行されている取締役会制度は、投資家保護が最大の目的であり、買収提案があった場合、株主にとって買収提案が望ましい場合、取締役会は株主の利益を優先する義務がある。

 例え経営者は自分の地位が危うくなり、創業家が反対したとしても、だ。もし仮に、クシュタールが「セブンを8兆円で買収したい」と言ったら、そもそも今回の買収情報が入る前のセブンの時価総額は4兆6千億円なので、株主から見れば提案に乗れば一気に株価は17倍超となり、株主の利益増は明白だ。

 現に買収提案の報道だけで、株価は瞬時に1兆円も高騰したのだから。しかし役員会がこの買収提案を拒否すれば、時価総額は元の4兆円台に戻る。株主が儲け損なうのもまた明白なのだ。この場合、本来取締役会は株主に有利な判断をしなければならない訳なのだが・・・

買収提案の背景

 今回、クシュタールがセブンに買収提案をした背景には2つの理由がある。

 1つはそもそもクシュタールがグローバルで買収を通じて拡大する戦略をとっていること。
 もう1つは近年メディアを騒がしている様にアクティビスト(モノ言う株主)との裁判沙汰に経営陣が時間を割くことにより、セブンイレブンが本来達成できるはずのグローバル市場での成長余地が低いことだ。

 この辺りの経緯は、本コラム2023年4月15日号「セブン&アイへの通告」で詳しく解説している。

 モノ言う株主からは、そごう・西武売却やヨーカ堂上場問題に経営陣が時間を取られ事により、アジアでの成長スピードが遅い、と見える様だ。

 本来は日本の時価総額ランキングトップ10に入り、10兆円企業の仲間入りをしているはずのセブン&アイが、未だに株価が低く止まっている、と彼らは捉える。

 従って「買収後の成長余地が大きい」とみれば外資が買収に動くのは至極当然のストーリーだと言える。

セブンはお買い得?

 少し前の取材(本コラム2023年6月15日号に掲載したWBSのインタビュー)でも、セブン&アイの井阪社長は「マクドナルドやスターバックスよりも店舗数は圧倒的に多い」こと、そして近い将来、世界での営業収益20兆円構想を、誇らしげに語っていた。

 前回も述べたが、8万5千店舗のうち約25%に当たる2万1千店以上は日本国内にあり、約1万店はアメリカにある。

 一方で、カナダ・ケベック州に本社を持ち「サークルK」などを展開するクシュタールは、31カ国に1万7千店舗を持つ。その半分以上は北米にある。

 彼らが、北米でのシェアを高めるためにセブンを買収のターゲットにしていることは、容易に想像できる。

 それとも、人口増加を背景としたアジアの発展途上国をブルーオーシャンとして考えているのだろうか。

経済安全保障

 アナリストらは、昨今の円安の影響で、同社が手の届く範囲の値段になったと指摘する。
 そして円安以外にも、日本政府による買収・合併(M&A)推進志向が、買収のバーゲンセールを招いている、とヘッジファンドの専門家は話す。

 筆者には、一体誰が得をするのかが疑問だ。投資家や株主以外のステークホルダーを無視する様な売国政策、と言ったら、お上に目を付けられてしまうのだろうか。
 もちろん逆に、政府が「経済安全保障」具体的には「食料品の安定供給」などを盾に、買収提案に介入をする可能性もあるという。であれば、前述の心配も筆者の被害妄想かもしれない。

 改めて断っておくが、外資の買収イコール悪、みたいな単純な話ではない。前述した様に、筆者は株主の利益だけでなく、従業員や顧客含めたステークホルダー全体への配慮を期待しているだけなのだ。

セブンの内憂外患について一旦整理すると、

  1. コンビニ業界で独り負け。( 前編)
  2. 外資による突然の買収提案を受ける。
  3. クシュタールからの買収提案を拒否。

をお伝えしてきた。
 そして9月に入り、既に閉店を決定していたイトーヨーカドー33店舗の全容が判明した。 

100店舗を割る

 GMS大手イトーヨーカドーは、今年の2月既に東北地方を含む17店舗の閉店を発表していたが、来年2月末までに閉店する33店舗の詳細が判明した。 

 33店舗の内訳は、前回多かった東北甲信エリアに限らず、関東近郊圏での閉店が目立つ。いくつか例を挙げると、茨城県で唯一の店舗であった竜ヶ崎店、埼玉の西川口店、千葉の津田沼店、柏店などだ。

 津田沼駅前は、1970年代後半、ダイエーとの直接対決から「津田沼戦争」とも呼ばれた小売りの激戦地であった。今回のスクラップにより、126店舗あったイトーヨーカドーは93店にまで減ることになる。

 因みに、今、日の出の勢いの食品スーパー「ロピア」は94店舗まで店舗を拡大している。
ロピアは店舗数で遂にヨーカ堂を上回ったのだ。GMSと食品スーパーを単純比較する気はないが「隔世の感がある」と言うと大袈裟に聞こえるだろうか。

 閉店したヨーカ堂をロピアに転換するなどの経緯は、本コラム2024年4月1日号「台頭する新勢力ロピア」に詳しい。この中で、先に閉店を発表した17店舗中7店舗は、ロピアが一括で譲り受けた事も報じている。

同意なき買収

 昨今、PBRの低い日本企業は「同意なき買収」のリスクに晒されるようになった。
用語解説:PBR「株価純資産倍率」の略で、企業の株価と企業の純資産(財産の価値から負債を引いたもの)の比率を示す。 企業の価値が適切に評価されているかどうかを判断する指標。

 同意なき買収は、かつては敵対的買収と呼ばれ、多くの日本企業から「黒船」「侵略」と呼ばれ、忌み嫌われて来た。

 但し、ここ最近はメディアを含め、世間からの風当たりも昔ほど否定的ではなくなって来ており、その件数も増えている。

 2023年8月31日に経済産業省が「企業買収における行動指針」を策定し、上場会社の経営支配権の獲得に関わるM&Aのルールを定めた。

望ましい買収

 この指針の中で「望ましい買収」のあるべき姿を「企業価値の向上と株主利益の確保の双方に資する買収」と定義づけ、「資本効率性の低い企業の多い日本の資本市場における健全な新陳代謝にも資する」と日本経済全体にとって好ましい事、としている。

 つまり指針に沿っていれば「同意なき買収」は、敵対的ではなく大儀があり、極論すれば「望ましい買収」であると政府がお墨付きを与えた格好だ。

 もちろん企業価値の向上イコール資本効率のアップだけを「ものさし」にしている限り株主至上主義に陥る危険性は常にある。

 「ステークホルダー全体への配慮を忘れてはならない」という本紙の公益重視のスタンスは不変だ。

 とは言え、冒頭で記した様に、セブン&アイは今回の買収提案を「真摯に検討した結果」受け入れないという結論に至ったのも事実だ。

株主より保身

 アクティビスト(モノ言う株主)からの提案を逆手に取り、そごう・西武を売却し、祖業のヨーカ堂のリストラに着手し、コンビニ業に邁進するセブン&アイの井阪社長。

 資本の論理(株主第一主義) に従って、子会社を切り捨ててきた井阪氏であるが、今回の買収提案の拒否は、はたして本当に株主の利益を優先したと言えるのだろうか?

 取締役会が「安すぎて話しにならない」と言うのも判るが、筆者には彼らが、井阪氏本人の利益やプライドを優先している様に見える。

 前編でも述べたが、米投資ファンド「フォートレス・インベストメント・グループ」に、そごう・西武を売却した時の井阪氏の言動を見てきているからこそ、それが判るのだ。

 当然、本紙が唱える公益の概念に近しいステークホルダー資本主義とは程遠い。顧客も従業員も、そして株主でさえも、彼の眼中にはないのかもしれない。

 9月8日、クシュタールはセブン&アイが友好的な協議を拒否したことを遺憾としたが、冒頭の様に、今度は買収額を7兆円に引き上げて来た。

 セブンが当初案を拒否するのは織り込み済み、だったのだろう。

 ジャブの応酬が終わった今、セブン&アイには「同意なき買収」という名の、クシュタールとの第二ラウンドが待っているのだろうか?

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