えきの駅 食文化探訪 第5回 津松菱 川合正 常務取締役営業本部長インタビュー

 津松菱は、1936年に三重県初の大型百貨店として開業した大門百貨店を、1955年に継承した三重県に唯一本社を置く百貨店。

川合常務

川合 正常務略歴

昭和36年 4月29日 三重県阿山町(現伊賀市)生
昭和59年 4月 1日 入社
平成16年 1月 2日 販売促進部長
平成23年 6月 1日 取締役営業副本部長
平成25年 5月 1日 取締役営業統括部長
平成27年 6月 1日 取締役営業本部長 兼 外商本部長
令和 1年 6月 1日 常務取締役営業本部長
令和 1年 9月 1日 常務取締役営業本部長
            兼 紳士子供服部長 兼 生活雑貨部長
令和 2年 3月 1日 常務取締役営業本部長

「先ず、津松菱の立地や商圏、顧客特性をお聞かせください。」

(川合常務)
 三重県は縦に長く、四日市市等の北勢地区、当店がある津市等の中勢地区、伊勢市や鳥羽市、志摩市等の南勢地区に分かれます。百貨店は北勢に1店舗、中勢に津松菱があります。当店は名古屋方面から伊勢神宮に至る伊勢街道と伊賀上野から来る伊賀街道が交流する交通の要衝に位置しています。三重県民は、県の北側に大都市の名古屋市があるため、街に行く場合は北に向かう習性が強く、南には殆ど向かいません。四日市の方がここ津市に買い物に来られることは稀です。津市のお客様が津市以南に買い物に行かれることも殆どありません。名古屋は吸引力がある街です。津市民が津以外で買い物をする場合は名古屋に行きます。名古屋への距離がかなりある松阪市や伊勢市の方は、津にある当店での買い物となるケースが多いです。

 当店の商圏は、津市以南、尾鷲市まで80㎞です。第一次商圏は津市。第二次商圏は松阪市、伊勢市まで。更に南の鳥羽市、志摩市、紀伊半島の尾鷲市までと続きます。外商の商圏としてはこれらに三重県西部の伊賀地区が加わります。

 食品売場における顧客層の中心は50歳代後半から60歳代で全体の5割を占めています。40歳代から50歳代前半以下は20%です。これは店舗全体の顧客年齢層と同様です。津市は県庁所在地である関係で様々な行政の支所があり、また城下町であったこともあり、生活レベルの高い方が多く住まわれおり、良質なものをお求めになられるお客様が多いと感じています。

「津松菱の食の強みをご紹介ください。」

(川合常務)
 ブーランジェリー(フランス語でパン)「ドンク」は、全国知名度が高いブランドですが、三重県内の百貨店での出店は当店だけです。当店でのドンクの売上は高く、全国的にも一人当たりの客単価は上位にランクされます。当店のハウスカード会員様の多くが全館での買い物の最後にドンクに立ち寄られパンを購入されますので、ドンクはクロス販売の点では最も高いゾーンに位置付けされます。
(記者も1階エレベーター前で、上階から降りてこられたお客様の「最後はドンクでパンを買って帰ろうか!」との会話を耳にしている。)

 洋菓子の「パティスリー・ラ・パルム・ドール」は、かつての某料理挑戦番組に出演した「塩の魔術師」といわれるフランス料理店(津市)グランシェフ・後藤雅司氏が手掛けています。津を代表する洋菓子店として人気を博しています。

 「伊賀の里モクモク手づくりファーム(伊賀市)」からは、無添加をはじめとして極力添加物を抑えたハム・ソーセージブランドを提供して頂いています。同ブランドは生産者が目の届く中部地方、近畿地方での展開です。同ファームが作る惣菜、弁当を近隣のショップ「ハハトコ食堂」で販売をしており、大変な人気です。百貨店内では全国唯一のショップです。

高級な文化と密接に連携

6階 茶室松南軒

 「松南軒」は、平成5年に京都・下鴨から当店6階に移設した由緒あるお茶室です。ここで西郷隆盛、富岡鉄斎らがお茶を嗜みました。江戸時代から現存するお茶室を店内に持つ百貨店は津松菱だけです。城下町には茶道に精通する「お茶人さん」が多く、茶文化が息づく津もその例外ではありません。「東の魯山人」、「西の半泥子」と言われた川喜田半泥子は津出身の陶芸家です。

 茶室「松南軒」は外商顧客をお誘いしたり、予約制お茶会イベントを企画した際に年4回程使用しますが、その際に私自身もお茶を点て、お客様にお出しすることもございます。

「食に関する地域との繋がり方についてお聞かせください。」
〈産学連携の取組み・料理人の卵が作る弁当販売〉

(川合常務)
三重県立相可高等学校(多気町)の食物調理科は、プロの料理人を育成する科。一流ホテル、老舗料理店等に100%の就職実績を誇ります。部活動として、レストラン「まごの店(土日曜限定営業)」を経営しているのはテレビでも放映され全国的に有名です。津松菱では、10年以上前から生徒さんが作るお弁当を多い月は月一度、土日曜の2日、当店地下1階食料品売り場で販売して頂く企画を行っています。販売当日は、開店時より多くのお客様で賑わい、長い列が出来ることも多いです。弊社の創業イベントの際にも販売の機会を設けさせて頂いています。また、だし巻きの実演販売も有名です。

「地域の異業種との連携でうまれた福袋」

特選福袋2022年カタログ表紙

2022特選福袋の主な商品

伊勢鉄道鈴鹿市伊勢鉄道の車庫見学会大人2,000円、3歳~小学生1,000円
車内アナウンス体験、洗車機体験
デ・カルネロ・カステ津市「デ・カルネロ・カステ」店でのカステラ焼印・試食体験1,650円
カステラ・お茶セットのカフェつき
おやつタウン津市松菱限定ベビースター作り体験プラン大人2,100円、3歳~12歳1,600円
抽選販売プラン
県立美術館内 ミュゼ・ボン・ヴィヴァン津市①豪華ワンプレートフレンチとデザート盛り合わせランチコース
②ミュ
ゼ・ボンヴィヴァン特選ランチコース
毎回人気のランチコース
①3,500円 ②5,500円
鳥羽屋形船 おきた鳥羽市屋形船 蒸し牡蛎コース1名5,000円
乗馬クラブ クレイン三重伊賀市乗馬体験2日間プラン(講習付)1名16,500円
乗馬用手袋・蹄鉄プレゼント
鯛屋旅館松坂市完全個室平日ランチタイム限定 松坂肉すき焼きプラン2名16,000円
創業220年 江戸時代から続く老舗旅館の看板メニュー
志摩スペイン村志摩市志摩スペイン村 「年間パスポート」(引換券)大人12,300円
3歳~小学生・65歳以上8,200円
鳥羽水族館鳥羽市イロワケイルカ飼育体験7,500円
国内数施設のみの飼育 珍しいイルカ
先行販売プラン

(川合常務)
 18年前に新しい形態の福袋を作ろうと考えました。当時はデフレの真っ只中で弊社同様に県内の企業様も厳しい経営環境にありました。また、三重県には南北に長い地形が影響し、県民が誇れる素晴らしいものがいっぱいあるのに、まだまだ知られていないものが多いと感じていました。以前より地域の皆様のお役に立つには何ができるかを追求していましたが、弊社にはもっと三重を県民に知らしめ、新たな三重を発見して貰う役割があるだろうと考え、異業種とコラボレートし、それを福袋の商品として発信しようと考えました。

 当初は、営業推進部所属だったこともあり、私単独で異業種の方にこの様な事をコラボしませんか、一緒に取り組みましょうと打診していきました。初年度は5件からスタートしたこのお正月プロジェクト企画数は、数人体制のプロジェクト化もあり年々増加し、現在は40余りの企画数と総勢約20名の陣容になっています。プロジェクトチームは3編成です。一般商品の予約福袋チーム、非物品イベント企画チーム、そして地域異業種とコラボレートする特選福袋チームで編成します。各チームは秋から活動を開始し、企画を作り上げていきます。地域の異業種の方々との交渉は、普段はほとんど交流が無い方々です。交渉の場は地域の方々が弊社に対してどう思われているのかを感じる事ができる場でもあります。その方々の弊社に対する思い・姿勢が伝わってくるのです。交渉の際には、弊社が頼りにされている、期待をされていると感じるスタッフもおり、また当然、交渉の過程で𠮟咤激励も頂くことも多々あり、弊社スタッフにとって、貴重な勉強の場にもなっています。

イベント・催事に長けた百貨店の「地域商社事業」の取組みと「三重の食フェア」について

(川合常務)
 5年前に地域商社事業を立ち上げました。地域商社事業とは、三重県の生産者の素晴らしいお品を流通経路に載せて、消費者に届くまでのお手伝いをさせて頂くものです。生産者は素晴らしい商品を作る事はプロフェッショナルですが流通に載せて末端の消費者まで届けるノウハウをお持ちの方が少ない。当社は流通業であり全国の百貨店と情報交換等で関係性を構築できていることもあり、弊社が地域商社事業を立ち上げることで生産者の素晴らしいお品を流通に載せるお手伝いができると考えました。流通に載せることができれば、生産者のお品がより売れていく。売れれば更に生産を増やすことができる。生産を増やすができれば雇用が生まれる。雇用が生まれればその生産者が大きくなる。生産者が大きくなれば街が大きくなる。街が活性化してくると最後には当店の買い物が増えて来る(笑)。この様に小さな経済の循環を作っていきたい。そのような思いからスタートした事業です。事業企画の発信以降、三重県内の生産者の方がこの様な商品を作ったので津松菱で販売させて欲しいとのご要望を多く頂きました。それらの商品を当店1階食品売場で販売するイベントを開催したり、6階催し物会場で三重物産展として出店して頂く件数が増えていきました。ところが、コロナ禍が始まった2020年末に、三重県から地域の生産者が販売不振で大変困っているとの情報が入りました。首都圏での物産展等が一気に無くなり百貨店の一か月間営業休止もあり、食材が余ってしまって廃棄が多く出ている。更に、三重に観光客が来ないから、県内のホテル向けの食材納品も止まった。土産物も売れない。この様な状況を伺い、早速当店で三重の食のフェアをやりましょうとなり、2021年3月に「三重の地域産業応援フェア」とのタイトルを打ち、6階催し物会場で開催しました。既存取引業者様はもとより、取引が全くなかった業者様からも賞味期限間近なお品等を預かり販売しました。佃煮、海産物、伊勢うどん、菓子、餃子等の冷凍食品などとても良く売れました。生産者にも「賞味期限内に販売することが出来ました」と、大変喜んで頂けました。

これまでの「三重の食フェア」開催店舗

2021年9月松屋銀座
2021年11月東武池袋本店
2021年11月京急百貨店(横浜市)
2022年1月八木橋(熊谷市)
2022年1月京王百貨店新宿店
2022年3月さいか屋横須賀店
2022年3月西武池袋本店(前半)
2022年3月西武池袋本店(後半)

 この応援フェア開催の成功を受け、三重県より、次は県外消費を考えたいと、コロナ対策事業として首都圏での食のフェアを主催できる業者を募集する委託事業「三重の食フェア」企画提案を発信され、当社もエントリー致しました。

 コンセプトは、「百貨店が生産者の商品を取りまとめ、百貨店に物産展を提案する」です。これは業界初の事例です。三重県が求めるものは、一過性の商品供給では無く、催事で販売する商品が継続的に色々な場所で採用してもらえる様になれることが目的。生産者の商品を使い、首都圏で販売する新たな機会作り・新たなイベント作りが出来る業者を募集しました。数社によるプレゼンテーションの結果弊社が落札。

 三重県としては、新しい三重県を発信して欲しいとの思惑もありました。今までに無い三重県を東京等で発信して貰い、新たな三重の名物を次々と作っていって欲しい。との思いがありましたので、弊社が受託することができたと考えています。

 その後、出店できる生産者のリストを百貨店10数社に提示し、出店者(商品)を決めて頂きました。

 とても苦労したのは、出店者がコロナ感染で生産が停止してしまう事を恐れ、商売は二の次の時期に、予定していた出店者数が集まらなかったケースです。出店者は百貨店の催事場に行かないが商品だけは供給しましょうとのスタンスですから、私が代わりに会場で直接販売を行う販売代行をして出店に漕ぎ着けました。

 2021年9月の松屋銀座様を皮切りに今年3月の西武池袋本店様までのべ8か所で開催しました。緊急事態宣言や、蔓延防止措置が発信されていた時期にも当たりました。また、会場の規模(地下食品売場の一角、駅のコンコース、上階の催事場等)、1か所の出店者数の規模(5社~20数社)もあり、結果は様々(売上高300万円~1,500万円) でした。今年3月のさいか屋横須賀店では大勢の来場者で売り切れ続出の商品もありました。通じての売れ筋は、松阪牛弁当、てこね寿司、うなぎおこわ、天むすです。伊勢うどん、餃子、伊勢茶、カステラ、熊野みかん、コーヒー、クラフトコーラも好調でした。リピーター客も生まれました。三重県に対する7か月間の販売実績報告については、三重県の産品は我々が思っている程、知られていないと結論づけて提出しました。三重にはまだまだたくさん面白いもの、美味しいものがあるが知られていないとの分析です。その一方で、百貨店の方々には、こんな面白い商品が三重にはあるのだと発見して頂けましたし、三重の素材の広がりが多少は出せたと感じました。

 この事業はコロナ対策事業として単年度事業でしたが、この4月に今年度も行うこととなり、来年3月までの委託契約を落札しました。6月は東武船橋店様で開催しました。8月には京急百貨店様で開催します。また今年度は関西地方でも開催します。

 「三重の食フェア」は三重県がコロナ禍で疲弊する県内生産者を救済するとの目的がありましたが、コロナ禍が収束・沈静化したとしても今後もこのフェアは、県内の知られていない商品を継続して紹介する手段として続けていく意義・価値はあると考えております。

「地域の商店街との連携について」

(川合常務)
 当店の北に位置する大門地区、丸之内地区は津における中心市街地であり、商店街があります。この地域商店街を立て直すことは市の長年の課題でありましたが、令和3年度から津市が動き出しています。大門・丸之内未来ビジョン策定委員会を発足させ、弊社をはじめ商店や企業が参加し、街の活性化を図るためのプロジェクトが始動しました。

「津松菱の今後の在り方についてお聞かせください。」

(川合常務)
 弊社は地方の一百貨店ですので、私どもだけで何かが出来るものではありません。地域の方々に支えられて存在できているという事をよく認識した上でお客様方の豊かな生活を応援させて頂くことに我々の存在意義があると考えます。単にマーケットがあるから商売で儲けるのではなく、この地で生活される方々のお役に立つ店でありたい。生活向上意識が高いお客様のお役に立つ店でありたい。その様な店作りの考え方を先達から受け継いて参りました。今後も一消費者の方に対してはその生活にお役に立つために、地域に対しては地域の経済が廻っていくためのお手伝いをする所存です。三重の商材を県外に発信していく役割を担うことにより少しでも地域経済が活性化していくと考えています。地域のアンカー的存在としての賑わい創出が経営の考え方にあります。お客様にありがとうと言って頂ける百貨店作りが基本です。これらを更に具現化するために社員一丸となって邁進してまいります。

敬称略

店舗データ

①店舗名  津松菱
②所在地   三重県津市東丸之内4番10号
③アクセス 近鉄名古屋線・津駅からバス約10分
     柏同駅線直・結津 新 町駅から徒歩約15分
④設立   1955年10月
⑤代表者 谷政憲 (代表取締役社長)
⑥売場面積 15,500㎡ 営業フロア: BIF~7F
⑦売上高 49.29百万円(2022年2月期)
⑧食品売上比率 38%(2022年2月期)
 ※32.4%(2019年2月期)
⑨周辺地域の人口:津市27.3万人、松坂市16万人、伊勢市12.2万人