連載小説 英雄たちの経営力 第1回 織田信長 その4
信長は何を見ていたのか
信長の国家構想は、その死によって未来永劫の謎になった。だがその後継者の秀吉によって、その痕跡を読み取ることはできる。それゆえ秀吉が信長から何を学んでいったかを、まず考えることから始めたい。
秀吉が大坂に本拠を定めたことについては、信長の考えを引き継いでいたと考えていいだろう。信長は交易と商業を基にした国家像を描いていた形跡があり、それを引き継ぐのに秀吉は適役だったと思われる。
秀吉は全国統一を成し遂げた後、太閤検地を行って石高による所領支配の統一基準を打ち出したが、こうした全国一律の基準作りも信長の好むもので( 桝の統一など)、ここまでは信長の意向を踏襲していたと思っていい。
だが朝廷の官位秩序の中に自らも包含させようとしたのは、間違いなく信長のものではない。信長は朝廷を重んじる傾向が皆無ではなかったが、朝廷の官位秩序の埒外に己とその子孫を置こうとしていたからだ。
秀吉は藤原氏のように朝廷の身分秩序の中に豊臣家を置くことで、武門の棟梁としての豊臣家が衰退しても、公家しての豊臣家が続くようにしたかったに違いない。
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『黒南風の海 – 加藤清正』や、鎌倉時代初期を描いた『夜叉の都』、サスペンス小説『横浜1963』など幅広いジャンルで活躍
北条五代, 覇王の神殿, 琉球警察, 威風堂々 幕末佐賀風雲録 など。