㈱ながの東急百貨店 平石直哉社長 直撃インタビュー – 明日を目指す百貨店探訪 第7回

平石直哉社長

【平石 直哉社長 略歴】
1963 年 1 月生まれ 早稲田大学法学部卒
1985 年 4 月 ㈱東急百貨店入社
2009 年 8 月 同社経営企画室渋谷開発推進部長
2017 年 2 月 同社執行役員
2018 年 2 月 ㈱東急タイム代表取締役社長
2020 年 4 月 当社取締役社長
2021 年 10 月 当社取締役社長執行役員(現任)

 ㈱ながの東急百貨店は、㈱東急百貨店の子会社であったが、2021年6月に東急㈱の完全子会社となった。(5月28日に上場廃止)長野県最大・長野市唯一の百貨店である。

「先ず、ながの東急の現状についてお聞かせください」

(平石直哉社長)
 今年6月から、東急㈱の子会社となり、東急百貨店とは、東急㈱を親会社に持つ兄弟会社の関係に変わりました。今期(2021年2月~)の予算は、コロナ禍からの回復基調を予想して立てましたが、結果的にコロナ禍に翻弄され続けています。入店客数、売上共に厳しい状況です。長野県、長野市は一連の緊急事態宣言等は対象外でしたが、当社の主力のお客様は不要不急の外出自粛要請をいい意味で真面目に守られた様です。「2回接種を終えたから久しぶりにお店に寄りました」とのお客様の声がようやく売場から聞かれ始めていますが、お客様にはまだ「外出やお買物を楽しむ」という精神的な余裕・解放感が乏しいように感じます。年間を通じての売上が大きい11月以降のクリスマス商戦、年末年始商戦において、コロナ禍のマイナスを挽回するべく会社を挙げて臨んでいます。目標を達成できるかはここにかかっています。我々の頑張りを見て頂きたい。商圏の中心は長野市です。全エリアのカード会員顧客の60%を占め、千曲市、須坂市を含めると70%を占めています。須坂市にイオンモールが2024年春に開業予定です。圧倒的な規模の売場・駐車場があり、映画館等で終日遊べる商業施設であり、当店と距離的には離れていますが、かなりの脅威です。ここにお客様が流出しないようにすることが重要です。この状況で、売上がⅤ字回復するのは難しく、そこで、売上が若干減少しても、利益が着実に安定して出せるような収支構造にしたいと考えています。これが弊社の経営方針の根幹であり、その為には、構造改革に取組むしかありません。どこを目指して、何をするという事を 社内で共有できて、10年20年先でもぶれない事業ビジョンを作りました。それが、「共に暮らしを育む」です。地域のライフスタイルと向き合い、魅力ある暮らしへアップデートする。この長野駅前地域の百貨店として、我々の存在価値をより上げていく、これが事業ビジョンです。

事業ビジョン「共に暮らしを育む」とはどのようなものですか」

(平石直哉社長)
 3つあります。

①ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)の向上です。

お客様との接点(オフライン、オンライン)を増やし、購買機会を拡大し、長く、深くお付き合い頂ける存在であり続けること即ち、生まれた時から一生涯お付き合いを頂ける存在を目指します。

②ローカリスト(地域の顔)としての存在感の発揮です。

地域唯一の百貨店としての強み(目利き力・編集力・販売力)を活かし、長野ならではの上質で洗練されたライフスタイルを提供し続けます。

③サステナブル(持続可能)な事業モデルの構築です。

既存事業の魅力向上・安定収益化と新たな事業機会の創出に取り組み、常にお客様に寄り添い、地域とともに発展する企業であり続けます。
10年20年と我々は東急百貨店の看板を背負い次世代にバトンを渡していく使命があります。この駅前に君臨していけるように企業として皆様に愛されながら存続したい、との思いです。継続的に同じ方向を全社員が向いてやっていきたい。お客様にも「こういった店になるんだよね」と理解して頂くためにビジョンを策定しました。そしてその実現には構造改革に取り組むしかありません。

「構造改革の具体的な内容はどのようなものですか」

しなのづくりの中の中元ギフト「おしくり」

(平石直哉社長)
 構造改革の具体的な重点施策として5点を実行していきます。まず営業的な側面の①カスタマー戦略は、ハウスカードの強化と、LINEアプリの導入やSNS会員の獲得等によるデジタルツールの強化です。また、2月には、4名体制のショッピングアテンダントサービスをリスタートしました。これはお客様のご要望に合わせ、売場を横断してお買物をサポートするものです。

②ハイブリッド化リモデルの考え方は我々の目利き力・編集力・販売力という、百貨店ならではの強みを凝縮し、得意分野である食品、化粧品、ギフト等にできるだけ集中します(強みの凝縮)。
他のスペースは大家さん的に場所を貸して、お任せし、売場の責任を明確に分けます。これがハイブリッド化です。2024年春の須坂イオンモール開業迄には、ある程度のハイブリッド化リモデルを完了させたいと考えています。ちなみにアパレルについては、当店は他社様にくらべてアパレル不況がそれほど深刻ではないのですが、現状の規模で良いのかとの議論はあります。百貨店の百のうちいくつかはこのようにハイブリッド化していきたい。その特徴的な例が賃貸化です。この一例が、今回の本館7Fのリモデルです。店頭の構造改革として、この9月には、本館7Fのゾーンに今までの百貨店に無いサービス系テナントを利用価値の拡大のために導入しました。誘致前はレストラン街でしたが、レストランを抜いたらレストランを入れるのではなく、違うものを入れてみようと考えました。それが顧客拡大に繋がります。ツヴァイは百貨店業界への初出店ですが、他は、ネイルサロンやエステなどのビューティ関連のテナントです。基本の考え方としては、そういったお客様は必ず店に足を運んで頂けます。ネットでエステはできません(笑)。誘致をしたのは、百貨店の実店舗として、来店して頂けるメリットが大きいからで、これで入店客が増えます。しかも安定した賃料が期待できます(新たな利用価値)。また、リモデルをしながら「過ごす価値」を徹底強化していきたい。(リアル店舗ならではの強み)入店されたお客様の店内での滞留時間を増やす工夫を考えています。現在、入店顧客の滞留時間が減少傾向にあり、ひとつの指標ですが、駐車時間が減っています。コロナ禍でお客さまがご来店されても、ひとつの目的だけで、買いたいものを買われたらすぐに帰られてしまう。その対策の一つとして今計画しているのがカフェの強化(来店目的となるカフェ、売場、 MD との 連動、一体化したカフェ 等)です。

③業務改革は、業務効率の改善を進めるものです。組織の再編、業務フローの見直しを先行する東急百貨店の事例を参考にしつつ、同社と連携して進めます。小人数で業務の生産性を効率化させます。マルチタスクやクロスタスク、ひとりで複数業務をこなす、何人かが共同して同じ仕事ができる、そのようなことを進めています。テナントに売場を任せる際、こちらがテナントのオペレーションをチェックする必要はありますが、テナントが仕入れから販売まで一気通貫で全部手掛けることになり、その分、当社が関わる業務量が減ってきます。

④人事施策で、力を入れているのが出向政策です。ながの東急は1店舗のみですから、このお店一筋で、この店を出たことがない社員が多く、今後、構造改革に向け、社内で力を発揮してもらう前に、外で経験を積んで戻ってきて貰う。また、百貨店の売場運営に対する業務の集約・効率化という視点から、例えば、グループ関係企業への出向として、店内でのレジ打ち、商品の仕分け、ギフト商品の梱包・配送の専任業務を東急ビジネスサポートに委託します。これらの仕事は機動的であり、これにより店頭の社員は販売のみに専念できる。いい意味での仕事のリストラです。これは既に東急百貨店がノウハウを持って運営していますので、弊社でも活用していきます。また、人事施策として女性の登用や社内呼称を「さん付け」にし、意識の改革を行っています。

⑤新規事業は、EC・デジタル戦略強化と、人材サービス事業です。人材サービス事業は新たなテナントが出店はしたいが、長野で人を採用するのが難しい場合に、東急ビジネスサポートを介し、新テナントの販売員 として弊社社員を出向させることも考えています。そうしたビジネスモデルがあれば、出店意欲があるが地元で人材が確保できない、とあきらめてしまうテナントに出店の提案と後押しができます。

ECについて

 他社が運営するECショッピングモールへの出店に留まっていましたが、今年2月のバレンタイン商戦に合わせて自社のサイトを立ち上げました。今後も益々重要になり、拡大していきたい部門です。ECの売上は確実に伸びており、この1年の目標は達成しましたが、決して満足はしておらず、さらに拡大する必要があります。肝心なのは品揃えですので、SKUをきちんと整備していきます。お客様との接点としてはご来店がベースになりますが、今後はデジタルでの繋がりも重要なコンテンツになります。コロナが収束しても、いつでも、どこでも繋がるチャネルは持っておかなければなりません。商品環境がかなり変わり、デジタルシフトや、インターネットの活用は慣習化してきます。その中でもバレンタイン商戦で特徴的と感じたのは、受注はオンラインだが、実際商品の受取りを店舗で行うサービスの利用が非常に多かった点です。ECで完結するのではなく、来店も促す取組み、リアルとデジタルのシームレス化が最重要ポイントであると考えています。

顧客の特性について

 顧客の年齢層の大半が50歳以上で、カード会員の購買金額では、55歳以上が50%を占めます。売上が漸減傾向にある中で、既存のお客様に既存の商品を販売していくとなると、ライバルの出店もあり、どうしても売上のパイが縮んでいきます。そこで、最も注力しているのはハウスカード「natoQカード」です。長野市、千曲市、須坂市、中野市、飯綱町、小布施町の4市2町計(人口約55万人)でnatoQカード、natoQゴールドカードの合計のご利用は顧客全体の50%を占めており、ハウスカード会員は潜在的に我々のファンになって頂けると思います。当店は駅前立地ですが車での来店客が多く、ハウスカード優待としての駐車場の時間延長優待サービスを利用し、車でできるだけご来店頂きたいと考えています。付与ポイントの上乗せ (2%~5%付与へ)等も行い、会員を拡大するべく全社的な取り組みをしています。新規拡大することによりお客様の支持が最大化されると認識していますし、売上増へのアプローチのためには生命線ともいえる取組みです。お客様にはカードを持ってもらうことによる利便性を享受して頂くとともに、我々とお客様との接点を持つ意味でも、カード会員を拡大していきたい。それでパイを広げ、顧客基盤をより強固にしたいと考えています。

地域との取り組みについて

 長野を代表する地域の一番店であるとの考えからいろいろな事に取り組みたい、するべきだとの理念を持っています。食品売場におけるコロナ禍で苦しむ地元の飲食店と連携した弁当販売「長野駅前市場」、 駅前飲食店・老舗ホテルの新規販路の開拓と新規顧客の獲得、長野市街地の活気を取り戻すため、当社の催事スペースを活用してもらい中心市街地活性化につながるイベントを開催しました。また、地元自治体などと協力し、コロナ禍により 開催が出来なかった「長野県農業大学校」の学園祭に代わるイベントを当社で 開催しました。 本年度は、さらに地元との関わりを深くしていく為に、地元商店街・長野県内全域の「道の駅」との取組みを強化し情報発信・地域の魅力を伝える場として活用してもらえるイベントを企画しました。
長野は特産品などに魅力的な商品が多数ありますが、中小生産者が多いので個々の販売力には限界があるように思われます。また、地元で商売が成り立つため、敢えて地元から外へ出るとの意識の方があまりない様にも見受けられます。それを何とか弊社が取り纏め、外へ打って出られないか、我々が先導していけないか、それは我々の使命であると思います。まだ手探りの段階ですが、ビジネスとしても取り組むべき期待する分野、成長する分野です。県別シェアは低いが品質は一流の商品が結構あるので、それを集めるだけでも随分違うと思います。いい意味で我々が取り纏めをして、将来的には、東京に出店する位の気概を持ってやっていきたい。

 須坂イオンモールについては、ながの東急対須坂イオンの対抗軸ではなく、長野の市街・長野駅前対須坂イオンと捉えています。今後は、行政や地元の方を交えながら、駅前を協働で盛り上げていくことを積極的に働き掛けていきたい。長野駅前の魅力を上げていくのは、弊社単独ではできません。色々なところと力を合わせてやっていきたい。「共に暮らしを育む」が弊社の事業ビジョン。これを皆様と共有しながら、一企業でできないことをやっていきたいと思っています。

外商について

 口座数は法人約3000。個人約14000。稼働する口座数は法人約2500。個人約7000。全売上に占める比率は約25%。外商員は約40名。サテライト店2店舗にも数人常駐しています。外商は強化したい部門で、お客様個人との繋がりが強い部門です。属人性が強い点もありますのでその良さをキープしながらチーム制へと移行しています。チーム制に移行し、その効果や課題を検証のうえ、増員が必要ならそのように対応するスタンスです。中心顧客は60歳代で、ロイヤルティが非常に高い方々です。外商の売上増を目指すためのひとつに考えているのは、手数料ビジネスです。リフォーム、家事代行等幅広く、モノ以外のコトの部分です。お客様の「困った」をソリューション解決ができるようにサービスを幅広にやりたいと考えています。いい意味で、外商員が御用聞きに廻りながらお客様の「困った」を解決に導いていく。お客様が困っているなら、信用のある業者を紹介するビジネスがあってもいい。販売できるサービスメニューを増やしたいというのが基本的な考え方ですが、結構ビジネスチャンスが存在しているとの感触を得ています。

店頭について

本館1F 自然派化粧品 売場

 強みである食料品が期待ほどに伸長していない原因の一つが、これまでのコロナ禍で故郷長野へ帰省するお客様が少なかったことにあります。例年のGW、お盆休み、夏休みは、帰省客の需要がありましたが、実家へのコロナ感染の心配で帰省を断念しています。来たる年末年始には帰省の客が帰ってくると期待をしています。その需要を取り逃がさない、できるだけ取り込む、取り切るのが全社員への私の社長宣言です。また、県内唯一の店舗となる自然派化粧品をラインナップするなど地域において 最大の化粧品展開をしており、リピーターに加え、新規顧客獲得に向けて新たにWEBカウンセリンの取り組みを実施しています。若い方もコスメで取り込みます。現在 は19ブランドを展開しています。当店は、駅前立地という特性もあり、催事が強みで、物産展はかなりの集客力があります。
今年は駅前開店55周年です。それにあたり、いくつかの文化催事を開催しました。店内に比較的広い会場を持っており、アーティストを含めた集客力の強い催事や展覧会なども開催可能です。美術催事では、人間国宝や地域出身のアーティストの展覧会・販売会を精力的に実施し、集客に結び付けています。サテライトショップ(上田・9名、松本・8名)の役割は、長野市近隣区域外の外商強化の拠点でもあります。長野に無いラグジュアリーブランドは、実験的にWEBでサテライトと渋谷の東急百貨店本店を繋ぎ、お客様に商品を紹介していきます。今後、百貨店本体ではなく、サテライトならではの商売の可能性が出てきた場合や、店内の売上がなかなか上がらない時にこのサテライト店の期待度、重要度が増すのではと思います。新規出店、拡充を視野に入れられる期待できるビジネス拠点です。

地場産業の育成を目指す長野県ならではの農産物や加工品、伝統工芸などの地域の魅力を発信する「しなのづくり」プロジェクトの発足

 ビジョンの実現のためのもう一つの重点施策です。

 新たな事業化を目指して今年から準備を始めた成長が期待できるもので、既に商標の登録が済んでいます。地場商品の発掘、バイイングし、私たちの企画力でパッケージングし、私たちの販路にて販売していく、さらには店舗・デジタルにおいてのチャネルもフル活用し、プロモーションを行っていくビジネススキームとなります。デジタルの拡大や店舗のリモデルを行うにあたっても、このような視点のモノやコトを随所に盛り込んでいく想定です。将来的には、地域産品をパッケージで大都市店やアンテナショップ、東京の東急百貨店で展開していきたい。その際は、ながの東急が商社的な形でBtoBのビジネスをする構想も視野に入れていま。事業計画としては、現在は正式な事業としてデビューさせる前段階ですが、様々な取引先様や行政、団体とも連携し、それが一部形になってきています。長野県の産品を中心に展開するセレクトショップ「石森良三商店(上田市)」の長期POPUP展開や、長野県との共同事業として、木曽漆器やお六櫛、内山紙など、国や長野県が指定する「伝統的工芸品」の技術や商品を伝承するための展示販売コーナー「WAZAありセレクション」の設置、長野県を代表する観光地「小布施町」の栗菓子老舗店とのコラボ商品の開発などを行っています。これらの取組みを通じて、地域の皆さんの「長野県のためになるのであれば」という地元愛の強さを改めて認識しました。それを具現化し、商社的に動けるのは、ながの東急百貨店しかないとの期待も強く感じています。その気持ちにしっかりと応えられるように、「しなのづくり」のブランド力を高めていきます。

「貴社のイチオシ教えてください。」

(平石直哉社長)
 事業ビジョンである「共に暮らしを育む」をどれだけスピードを持って具現化できるかです。事業ビジョンについては、既に全従業員に説明をし、全社で共有されています。ただ、これは、今後、会社が何処に向っ ていくべきか、何に拘り、何を目指していくかという大きな方向性の共有であり、これに基づく、具体策への落し込みとスピーディーな実行、そしてこれによる成果が、我々に求められる最重要課題です。事業ビジョンの共有というステップはクリアしましたが、これから、具体的な成果をあげるために、私を含め、全従業員が「事業ビジョンに基づいて何をやるか」を自ら考え、実行していかなければならず、社長自ら先頭に立ち、率先垂範していく所存です。
(敬称略)

ながの東急百貨店

ながの東急百貨店本館外観

店舗データ

  1. 会社名: ㈱ながの東急百貨店
  2. 基幹店名: ながの東急百貨店長野店
  3. 所在地 :長野市南千歳1-1-1( 長野駅前)
  4. アクセス: JR 北陸新幹線、信越本線、しなの鉄道線、北しなの線、長野電鉄長野線
  5. 開店: 1958 年11 月
  6. 売場面積: 22,173㎡ 本館及び別館シェルシェ
  7. 営業フロア:本館B1F、1F ~ 7F 別館1F ~5F
  8. 売上高: 120 億円(2021 年1 月期)
  9. 駐車場台数:870 台

※長野県人口:202 万人、長野市人口:37 万人

長野駅前中心地の大型店の変遷

  1. 長野そごう(11,000㎡ ): 1983 年~ 2000 年
  2. ダイエー長野( 11,973㎡ ): 1976 年~ 2000 年 
  3. イトーヨーカドー長野(11,200㎡ ): 1978 年~ 2020