昭和24年10月創刊

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デパート新聞 第2671号 – 令和3年9月15日

7月全国は4.2%増

 日本百貨店協会は、令和3年7月の全国百貨店(調査対象73社、191店〈令和3年6月対比±0店〉)の売上高概況を発表した。売上高総額は4020億円余で、前年同月比4・2%増(店舗数調整後/2か月ぶりプラス)だった。

百貨店データ

  • SC販売統計7月
  • 都市規模別・地域別 売上高伸長率
  • 神奈川各店令和3年7月商品別売上高

人事異動

  • ㈱大丸松坂屋百貨店
  • ㈱東武百貨店

地方百貨店の時代 その23 – 売場責任者の役割に目ざめよ

デパート新聞社 社主
田中 潤

〈売場のしくみと責任者不在〉

 デパートが小売業の先頭を走っていた頃、各フロアーの商品売り場ごとに、その売場を管理する責任者がいた。仮にマネージャーと呼んでみるが、このマネージャーの下に多くの社員・アルバイト(パート)社員といったデパートが自前で雇用する人たちと、商品を提供するメーカーが自ら用意した派遣店員がいるという形で売場は成立していた。

 デパートの社員は商品の販売の他、商品の出入管理や売場の会計事務、催事の準備などを総合的に行い、派遣社員はそうした作業を手伝うこともあるが主に自社の商品の販売に専心した。つまり、売場ごとに一つのチームとして役割を決め機能していたわけだが、これらの売場を管理するマネージャーの役割が軽視されていったことが重大な誤りであった。

 経営者は売場ごとの売上予算を定め、その数字の達成の可否でマネージャーを評価し、部下への教育・商品知識、利益追求への研究心、顧客管理などマネージャー自身の経営管理能力についてはほとんど無関心であった。つまり個々人の資質についてなんら検討せずまた、管理者教育を行うこともなく任せっ放しにしたことで、そのマネージャーの個人的能力によって売場の盛衰が左右されることになった。

 社員とのコミュニケーションを綿密にとり、売場のチームワークを作っていくことは極めて大きなテーマであるのだが、接客も含め人と話をすることが苦手というマネージャーの存在さえ容認されていたのである。顧客本位の経営が全くなされていない証左である。

 更に、売場経験のためと称して2〜3年でマネージャーを定期的に移動させることで、折角良い形が出来ていた売場の体制が崩れることも少なくなかった。つまり、多人数の社員がフロアーにいたこの時代に、デパートとしての統一した理念をマネージャーに徹底教育して売場に配属すれば、どの売場も共通した高レベルのコミュニケーションを維持することが出来ただろう。

 やがて、人減らしの波はすべてのデパートに及び、いつか売場はマネージャーとレジ係以外はテナント社員だけといった風景になってしまった。売場に立つ人がいないわけではあるまい。この在り様は単純にコストの削減と社員教育の放棄の結果である。つまり、売場管理者の教育をしてこなかったために、その売場で働くすべての人たちの資質を活かせなかったことの重大さに気づかずに、「売場には社員は多すぎる」という安易な結論を導いてしまったのである。

〈今どうなのか〉

 現在フロアーマネージャーなどと呼ばれ、一つの売場でなくフロアー全体を管理する売場マネージャーが増えている。テナントばかり増えたことで商品管理も必要なくなり、会社とテナントの連絡係のような役割を主に担っている。しかし、ここでも経営側は大きなミスを犯している。テナントで働く人も顧客にとっては、そのデパートを構成する一人の社員であることに変わりはない。デパートのことを知らない、そして自分の店以外のサービスはしなくてもいいといったテナントが増え、本来顧客がデパートに最も求めているものを拒否してしまう構造となってしまった。

 デパートはテナントから賃料をとることで、一つの取引の終了と考え、後はテナント任せでほとんど干渉しないということだけでなく、デパートがテナントから売上歩合をとっている形式の場合でも、とにかく売ってさえくれればよいというスタイルになってしまっていることは大問題である。

 一方、テナント側にすれば、売場責任者にディスプレイや広告の仕方、催事場の活用、外商員への橋渡しなどやって欲しいことは山ほどある。こうしたことを聞くだけの時間的余裕も精神的意欲も多くのフロアーマネージャーは持ちえない。そもそも、テナントとのコミュニケーションの重要性を教育されていないので、テナントを大切にすることが結果的にどれだけデパートにプラスになるのかも分からないということなのだろう。

 さて、今地方百貨店がすべきことは、こうした歴史を踏まえ売場活動すべてに采配をふるう態勢をつくることである。つまり、売場ごとに責任者を常駐させ、その下にプロパーの社員を配する。更に各テナントのスタッフもテナント社員と位置づけ、そのデパートとしての教育を行う。むろん、その教育はデパートの理念を始め統一して徹底して行う。これらのコストは、その後の効果を考えれば極めて小さなものと経営者は早々に気づくだろう。

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 菅総理が退陣を表明した。記者の質問に小学生レベルの回答も出来ず、自らの考えを国民に伝えることを徹底的に拒絶し続けた上での辞任である。思えば、官房長官時代にもその素養は十二分に発揮されていたが、寡黙な仕事人という不思議な評価で済まされてきた。

 結果的に、安倍・菅政権下で、国民は政府への信頼を著しく無くしてしまったようである。国民へのメッセージを怠った報いが、情報を最も大切にしなければならないコロナ禍に如実に顕れてしまったことは、悔やんでも悔やみきれない

無駄の物語 part19 – 無駄と挨拶

犬懸坂祇園
作詞、作曲などをしております

変容していく挨拶

 人生の中で最も無駄なことの一つは、挨拶だろう。子供への教育として最初に家庭で行われるのは、「挨拶をしなさい」という躾である。挨拶をすることは、人として最低の礼儀、人間であることの原点であると教えられ、挨拶ができれば子供としての及第点をもらえるというほど重んじられてきた。

 初めはコミュニケーションの手段として、比較的楽しく発信できる。ところが、学校に入り「大切なこと」として義務付けられると、だんだん挨拶することに抵抗を覚えるようになっていく。部活動に入れば、挨拶を「大きな声で」「深々とお辞儀をして」「言葉を伸ばして」と、その集団のルールに従うよう強制される。上手にできないと処罰の対象にもなる。入社試験では「相手の目を見て」「歯切れよく」と様々な訓練をさせられる。

 結果的に、社会に出て自身の挨拶の仕方について自由になった頃には、人はきちんと挨拶をすることに疲れ果て、消極的になってしまっている。つまり、挨拶はその人の人生において常に大事なことであったにも関わらず、その大事さが具体的に何なのか明確な答えが出ぬままに、その時々に「何かのため」にしなければならないとされてきたので、その何かが無くなった時には、挨拶はわざわざしなくても良いものに変化してしまうのである。

 これはまさに自ら生きていく折々に合理性を選択させられた悲しい結果である。挨拶が大切であるとずっと強制され続けたことへの反動で、誰からも挨拶について指示されなくなると挨拶をすることは非常に困難なものになってしまう。挨拶をして得られる経済的利益は、基本的にない、からである。

 路上で他人にぶつかっても、その時だけの相手なので無視する。仕事が忙しいから、部下にはいちいち挨拶しようなどと考えない。知っている人でも気づかずにすれ違えば、わざわざ声をかけない……。様々なところで合理的判断が働いて、挨拶は廃れていくのである。

無駄だからこそする挨拶

 挨拶が無駄なことかどうかの判断基準で見ていくと、挨拶をスムーズにできない人の合理的思考ではおそらく無駄なことであるということに行きつくのだろう。確かに挨拶をすることで具体的成果が得られることはない。つまり、自分にとって目先の利益はない。だからこそ、挨拶はしなければならないのである。

 自分にとっては無駄であっても、挨拶をされた相手は心を込めた挨拶であればあるだけ、強い感動を得るのである。

 定常型(トントン)社会を迎え、コミュニケーションの重要度は飛躍的に高くなる。誰かとつながっていることの重要さも、社会不安が拡がるほど大きくなっていくだろう。その時、しっかり挨拶できることは大きなアドバンテージとなる。それでもなお、その重要さに気づかずにいる人も多いだろう。だからこそ、言いたい。挨拶は無駄だからこそ、するべきである、と。

 地域密着産業である百貨店。特に地方百貨店は地方経済のバロメーターでもあるのではないだろうか。地域一番店である地方百貨店を全国津々浦々に訪ねてその様々な実情を発信するシリーズ。

[新連載] 探訪 地方百貨店 第2回 東武宇都宮百貨店宇都宮本店

守 徹社長

買い物の満足は勿論、買い物以外の「ふれあい」、「集い」、「体験」、「相談」の提供がMUS T

  • 「先ずは、店舗の立地をお聞かせ下さい」
  • 「現状をお聞かせください」
  • 「商圏と顧客層について」
  • 「東武宇都宮百貨店宇都宮本店の特色について」
  • 「今期以降の計画について」
  • 「地域活性化を目指す」

続きは ㈱東武宇都宮百貨店宇都宮本店 – 探訪地方百貨店 街づくりの担い手 第2回 を御覧ください。

特別寄稿 NY視察2019から見る、百貨店のさらに恐ろしい未来

第6章の1 – 野球・駅と共存する都市型商業施設‐プルデンシャル・センター、CopleyP l a c e( コプリー・プレイス)

株式会社クリック&モルタル
代表取締役 大和 正洋

 ボストンといえば、ボストン・レッドソックスですが、今回のボストン視察では、プルデンシャル・センターとCopley Placeが印象的でした。

 アメリカは基本的に車社会ですが、フェンウェイ・パーク(スタジアム)とプルデンシャル・センターはLansdowne駅前に立地し、お互いに徒歩圏内です。Copley Placeも、歩いて。行くことが出来ます。

 エリアとして、スタジアム・電車・ショッピングモールが渾然一体となっており、歩いて利用する人たちが多かったのが、アメリカでは珍しい光景でした。ボストンにおいては野球は切り離せないが、野球観戦をした後に、買い物・食事のためにモールを訪れるのが、ボストンでの暮らし方の一つです。

 また、MLB(野球)のボストン・レッドソックばかりではなく、NBA(バスケットボール)の試合も大変な人気があり、やはり、観客は試合の前後にモールを訪れるようです。ボストンでは、スポーツが消費活動の大きなカギになっているを感じました。

続きは 特別寄稿 NY視察2019から見る、百貨店のさらに恐ろしい未来 第6章の1を御覧ください。

連載:デパートのルネッサンはどこにある – 8月のコロナ葬送曲

だれも責任を取らない論理的な裏付けのない楽観論

 前号、9月1日号に続き、オリンピック開催後の8月の百貨店を取り巻く状況を時系列で追った。

8/15終戦の日に考える

 例えコロナ禍であっても、終戦記念日は巡って来る。最近目にする各紙のコラムでは、76年前に終結した、先の大戦とコロナ禍を比べる論調が目に付く。曰く「コロナ敗戦」で繰り返される「失敗の本質」、曰く「今更やめられない」が生んだ350万人の悲劇等々。日本の太平洋戦争における犠牲者の数は、300万人とも350万人とも伝えられているが、そのほとんどが戦争末期の1年間に集中している。

 2021年8月15日現在、日本の新型コロナによる累計死亡者数は15402人となっている。

 死者数が1万人を超えたのは4月26日なので、直近4ヶ月弱で5千人の増加という勘定だ。何が言いたいかというと、2020年の最初の緊急事態宣言下では、世界的な流行に歯止めがかからず、「未知のウイルス」ということで、治療法はおろかワクチンもない状態であった。だが今は、重症化予防の切り札であるワクチン接種の総人口に占める割合は、1回接種が50%を上回る所まで来ている。1日当たり100万回の首相公約については、最近は供給不足からあまり喧伝されなくなったものの、着々と集団免疫の獲得に近付いている印象であったのだが・・・ もちろんデルタ株という、より感染力の強い変異株に置き変わり、人間対コロナの戦いは一進一退の攻防となるのは、仕方ないのかもしれないが。

 結果として、秋までにはコロナ禍の終息を見通せる段階に近づいているのでは、という「楽観的な予測」は、真に「楽観的」であったと、今更ながら気づかされた。実は、この様な為政者の無責任と楽観論が、戦争末期に、日本人犠牲者を急増させたのだ。

 各紙のコラムから読み取れたのは、我々日本人の「だれも責任を取らない」+「論理的な裏付けのない楽観論」の体質(習性)は、76年前の終戦から何も変わっていない、ということだ。

 戦争もコロナも、我々国民は文字通り「耐え忍んで」来た。「理不尽さ」に程度やレベルがあるのなら、もちろん今は戦時下とは比べ物にならないのは明白ではある。しかし、お上( 政府) の無策、無作為によって、庶民の生命が脅かされる事態に、事象として大小の差はない。我々は今、あの忌まわしい過去を追体験しているのではないのか、そんな気さえしてくる。

 7月末で全世界の新型コロナ感染症による死者の累計は400万人を超えた。先の大戦での日本人犠牲者の数を上回り、コロナ禍は戦争をも上回る災害となった。驚くべきことに、感染者数も死者数もいくつか小康状態はあったものの、未だにピークを過ぎたとは断言できない状況だ。それは、今日本でも猛威を振るっているデルタ株だけでなく、先日日本でも第一号が確認された、未知のラムダ株の出現など、判っていないことが、まだまだ多いからだ。終戦記念日を過ぎても、コロナとの戦争は容赦なく続く。

続きは デパートのルネッサンスはどこにある? 2021年09月15日号 を御覧ください。

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