渡辺大輔のデパート放浪記 - ペンを捨てよ、街へ出よう - (第36回 長野編その7 )

車は水を弾く音を立てながら走っているが、私の肩口をぬらすものはない。相変わらず重たい空の様子から察するに、雨はいったん休憩といったところだろうか。
——ご当地グルメも、松本文化も。
駅前の屋上看板を見上げつつ、その広告主である「イオンモール松本」へ向かって歩き始めた。
スマートフォンのナビゲーションによると、15分ほどで着くらしい。やはり郊外ではなく、駅から広がる商店街の「一角に」構えていると表した方が適切だろう。

間もなく到着かというころ、駅から続く大通りを歩く私の視界に、奇妙なものが飛び込んできた。それはさまざまなデザインのひしめく街の風景の中でも特に異質で、明らかな非日常感を漂わせる物体だった。
公園の遊具と花とを掛け合わせたら、こんな風に造形が変化するのだろうか。そう感じさせる巨大なオブジェが、派手な色彩と大小の水玉模様をまとって並んでいる。その奥の横に長い角張った建物も、やはり外壁の前面に赤い水玉を張り付けていた。
松本市美術館。私が見たオブジェは、長野県松本市生まれである草間彌生の作品らしい。外壁の装飾も氏のデザインだろうか。向かって右上に「YAYOI KUSAMA」とサインが配されている。
イオンモール松本があるのは、ここから目と鼻の先だ。まるで共犯として手を取り合うかのような二つの集客装置を前に、井上百貨店とパルコの亡骸を思い出さずにはいられなかった。
中を見てみたい誘惑を、時計に断ち切ってもらう。程なく私の視界は、堂々とそびえる商業施設に占領された。

白と黒のコントラストが強調された外観は、国宝・松本城のイメージに重ねてだろうか。「晴庭」「空庭」「風庭」とそれぞれ名付けられた3棟から成り、「風庭」の2階には8スクリーンの映画館を有する、まさに大型ショッピングセンターだ。
計2300台収容の駐車場は、その立地条件からか完全無料ではない。だが平日なら購入金額に関係なく5時間無料、土日祝でも3時間無料とのことなので、これは実質的に無料駐車場だろう。自分の体が小さくなったような錯覚に見舞われながら、メインのモールである「晴庭」の入り口を探した。
「これは、無理だ」
閉店した井上やパルコ、山形村で奮闘するアイシティ21に後ろめたいものを感じたが、私はそのつぶやきをがまんできなかった。
お客の数が多いのはわかっていたことだ。膨大なテナントの数も、今さら驚くことではない。では何に圧倒されたのか。極めて単純だが、ここにいる皆が楽しそうだということだ。
家族や友人と連れ立って、棚を指さしたり品物を手に取ったりするお客たち。彼らを迎え、応対し、時折セールの掛け声を発する店員たち。きらびやかな照明が彼らの活気を増幅させているのか、彼らの笑顔が照明の輝きをより強く感じさせているのか、因果関係はわからない。確かなのは、その光景によって私の購買意欲が刺激されたことだ。
人波をかわしつつ、モール内を観察する。エスカレーターで2階へ上がって間もなく、私は足を止めた。
「兼用か。これだな」
手に取ったのは折り畳み傘だ。雨傘としても日傘としても使えるものらしい。
先ほどの雲はまだ黒ずんでいたので、出るころには必要になるかもしれない。レジで包装を断り、タグを取ってもらって、買ったばかりの傘をバッグに忍ばせた。
私の胸に満ちたのは、安心ではない。傘を買うことでこの華やかなにぎわいに参加できた。その高揚感だった。
(続く)

