無駄の物語 – 特別編 – AIと社会負担

増え続ける社会保険料

 企業に勤める人が負担する所得税や社会保険料の額は、本人の給料に対して少ない人でも10〜15%、多い人は50%以上になります。また、企業自身も従業員の負担する社会保険料の同額を国に支払わなければなりません。国は、「国民の税負担を増やさない」という表面的ポーズをとりながら、隠れ負担ともいうべき健康保険料や厚生年金の負担金を年々増やしてきたのです。

 従業員と企業が負担する社会保険料の金額の合計額は、既に給料額面額の30%弱になっています。月収40万円の人から国が受け取る社会保険料は、12万円程度であるということです。その際、企業は従業員を雇用することで、企業自身の活動で生じた所得に対する法人税の他に多額の負担金を義務として国に納めているということです。

 法人税は、赤字の場合には納付する必要はありません。しかし、赤字でも給料を支払っている限り、その個人の存在を通じて企業は国に多大な貢献をしているわけです。今、非常に厳しい徴収をしているのは社会保険料を回収する国民年金機構です。確実にとれると踏めば企業の預金等にも彼らは徹底的に介入し、食いついてくるのです。
(少し表現が過激になりました)

AIが国を破綻させる

 さて、ここからが本題です。AIの導入によって従業員が駆逐され、企業から人がいなくなったら、どうなるのでしょうか。AIは人間ではありませんから所得税も払いませんし、社会保険にも加入しません。つまり、企業は雇用している人の公的負担額を預かる義務も、自ら一定の負担をすることもなくなります。

 繰り返しますが、今企業は行政の代わりに、働いている人の所得税の源泉徴収や社会保険料の徴収を義務として行っています。社会保険料については、前述したように従業員が納めるのと同額を国に納めています。人を雇うために相当の負担を押し付けられているのです。

 更に、企業には厳しいコンプライアンスが課され、雇用した人とのトラブルは年々深刻になっています。こうした金銭的負担・労力的負担が一気に解消されるとしたら、大変な魅力です。結論として、多くの従業員が淘汰されていくのではないでしょうか。こうした事態となったのは、行政が合理的基準だけを掲げ、企業の尊い協力に対するケアーが甚だ怠慢であった結果です。

 近い将来のある時点でAIが整理しようと考える社員の退職金を合理的に算出し、企業は大規模な人員合理化に踏み切るのではないでしょうか。その時、行政は何でも企業に押し付け、どれだけ手を抜いてきたのかを、思い知らされるかもしれません。
AIを導入する大企業から人が激減し、税金も社会保険料も支払う能力のない零細企業にのみ人が残る、ということになれば果してどんなことになるのか…。

 資本主義の論理にそのままのっかり、人に対する思いやりを後回しにしてきた行政は、このしっぺ返しをどう補っていくのでしょうか。合理性の行きつく先に人の温かさも国の豊かさも見えません。