デパート破産 第24回 ~山形県からとうとうデパートの灯が消えた~

 デパートが苦境に立つ理由を語る時、まず挙げられるのが郊外の巨大ショッピングモールの存在だろうか。

 山形においては、1997年に「ジャスコ山形北ショッピングセンター」が、2000年には「イオン山形南ショッピングセンター」が開業している。大沼デパートが属していた中心商店街の振興組合によると、1997年のジャスコ進出が決まった当時は大慌てしたものの、いざ開店してみると、商店街の売り上げにはさほど影響がなかったらしい。それで特に対策をせずにいたそうだが、徐々に人々のライフスタイルが郊外型に書き換えられていったのだろう。気が付いた時には取り返しのつかない事態に陥っていたという。

 さまざまな業態がひしめく空間や活気、かつて商店街が備えていたものがそこにあるのだから、車が吸い込まれていくのも当然だ。

 並んで挙げられるのは、やはりインターネットだろう。通信販売というシステムに、初めのうち抵抗を覚えた人は多いはずだ。実際の商品を目にせず買うのだから、どんなものが届くか不安になるのが自然だろう。私の場合は、個体差の少ないであろうCDや家電から恐る恐る試した。今では口に入るものすらネットで購入している。

 価値観が書き換わった証だろう。こうなれば、豊富な品ぞろえをうたっていたデパートが、無限の陳列棚を持つインターネットにかなうはずがない。ただし、だ。

—ネットによって商取引が進化した。

 私はこの考えを全面的に支持はしない。布団に埋もれたままであらゆる物が手に入るのは革命だろう。だが「生産者」と「消費者」との関係に注目すると、むしろ時計は巻き戻されたのではないかと思えるのだ。

 私の会社では醤油を作っているのだが、仮にインターネットのない時代にそれを販売すると仮定しよう。消費者の手に届くまでには卸業者を介し、小売店に並べてもらう必要がある。商品の宣伝をするために広告代理店や印刷会社へ依頼をすることもあるだろう。

 だが今はどうか。ネット上に店を作ることで、消費者とほぼダイレクトにつながることができる。宣伝にしてもSNSをうまく活用すれば自前でできるのだ。

「作った人から買う」

 まさに商売の原点ではないか。出版業界においても、これまでは新人賞をもらってデビューしようと多くのアマチュアたちが出版社や審査員たちの前に列を成していた。今もそれは残っているものの、ネット上で公開した小説が大当たりしたり、書いた作品をアマゾンで次々と公開して売り上げを得ている人も増えている。書店や取次が減っていく一方で、自作の本を持ち寄って販売する「コミックマーケット」や「文学フリーマケット」などは熱気を上昇させているのだから「出版不況」とはどの立場からの分析なのだろうと疑問が生まれる。

 いずれにせよ「生産者」との距離の近さというのは、現代の購買行動にとって重要なものに違いない。

 さて山形の大沼デパートは本来、自らが目利きしたものを売り場に並べていた。ところがある時期からテナントを呼び込む。すでに知名度のあるブランドに売り場を割り当てることで、集客と安定した収入が約束されるという期待からだろう。だがそれは、デパートと顧客との距離を広げる結果ももたらしたのではないだろうか。

 顧客がブランド商品に魅力を感じて通っているのであれば、買う場所は大沼でなくともよい。むしろ、より品ぞろえの豊富な仙台やインターネットに流れていって当然だろう。

 デパートが「生産」するものを「売り場の空間」や「商品の選定・推薦力」だと仮定すれば、替えのきかない「生産者」として、顧客との距離を取り直すのが時代に合った戦略なのかもしれない。

 もし大沼デパートがそれを実現できていたなら、山形の中心街は景色を変えていただろうか。