英雄たちの経営力 第9回 田沼意次 その3

暗転する運命

 絶頂期が転落の芽を内包しているのは、幾多の歴史が教えている。だが田沼父子の場合、それは突然襲ってきた。天明四年( 一七八四) 三月、意知(おきとも)が殿中で旗本の佐野政言(まさこと)に惨殺されるという事件が起こった。意知は三十六歳の若さだった。

 幕府は佐野を乱心者と決めつけ、切腹を申し付けたが、実際は私怨が理由だったようだ。すなわち佐野政言は本家筋にあたるにもかかわらず、知行五百石の旗本にすぎず、田沼家に嫉妬心を抱いていた。しかも意知に頼まれて佐野家の系図を貸したにもかかわらず、幾度催促しても返さなかった。また佐野家の七曜の旗を見たいというので貸したが、こちらも取られてしまった。また任官のために賄賂を贈ったにもかかわらず、任官が叶わなかったという。これらの私怨が重なり、犯行に及んだというのだ。これらの理由を取り調べの際に述べているので事実だろう。

 しかも殿中の事件であり、しつこく追いかけて背後から何度も斬りつけたという。周囲には多くの人がおり、取り押さえようとすればできたという取り調べの結果も出ている。つまりこの事件自体は突発的だったとしても、そこにいた者たちは佐野に「討たせた」としてもおかしくない状況だったようだ。事実、傍観していた者たちは、事件後に罰せられている。

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伊東 潤