地方デパート 逆襲(カウンターアタック) プロジェクト その12 顧客とのふれあい

今から30年以上前、私がデパートに勤務していた頃、電気売場に勤務していた若手社員の話です。

 彼は髪をリーゼントに決め、ネクタイをしていなければとてもサラリーマンには見えないパリバリのとんがった(当時流行りのツッパリ風)若者でした。その日は美術品の催事の最終日で、催し替えの準備もあったため、前日までよりも早い閉場時間となっており、その時間が迫っていました。その時、件の若手社員に上品な着物姿の年配女性が、催事場の場所を尋ねました。

 彼は電気売場から催事場までの道筋を要領よく伝え、しばらく付き添うような形で一緒に会場へと向ったのですが、女性の歩行がかなり危なげで遅々として進みません。

 話ながらも、閉場時間が心配です。意を決した彼は、「おんぶしていいですか。」と声を掛けてしまったのです。すると、女性も應揚に応じてくれました。早速、彼は女性をおんぶして、会場へと早足でむかいました。通過する各売場の社員たちも呆気にとられて見送ります。会場に到着後、女性は短時間ながら満足して美術展をご覧になり、お帰りいただいたようでした。

 さて、この後この行為を売場の上司が伝え聞くや、「着物の女性に何てことをしたんだ。もし、転んだら、誰が責任をとるんだ。」と彼は大目玉をくらって、意気消沈してしまいました。高校時代、国体にも出場したハンドボール部では、女性の体重より余程重い物を担いで練習したのだから、そんなやわではないと思いつつも彼はひたすら平身低頭しました。これで一件落着と思いきや、舞台は次に進みます。

 数日後、毛筆で書かれた立派な手紙が人事部に届きました。そこには、当日の状況が活写され、女性が若手社員の咄嵯の行為に、「美術品を見た以上の感動を覚えた」と女性の夫からの報告がつづられていました。そして、「素晴らしいデパートがあるものだ」と感激したと、そのご主人の書面は結ばれていました。

 この話は、このデパート 横浜松坂屋で最も優れた顧客へのサービスヘ与えられるスリーエス賞(Speed Smile Sincerity)を彼に受賞させることに発展しました。いわゆる、社長賞です。顧客に大いなる温かさと信頼を与え、デパートの存在の意味を浮き彫りにしたこの出来事は、長く記憶されることになったのでした。

 さて、件の若手社員、今は中堅の建築サービス会社の社長として多くの社員を従え、堅実な経営を行っています。社訓はもちろん、顧客への徹底したサービスと思いやりです。彼は、今も、次のような考え方や行動を大切にしているそうです。

「他喜力を常に念頭に置き、人様の御かげで生きている事を忘れない。道端にゴミが落ちていれば必ず拾う。」