渡辺大輔のデパート放浪記 - ペンを捨てよ、街へ出よう - (第40回 長野編その11)

帰りに松本駅前の土産物屋に寄ってみようかと考えたが、さすがに夜9時を過ぎているのでシャッターが下りていた。ホテルの前でバスがハザードランプを点滅させている。それを見て、自分のうっかりに気が付いた。
今朝、部屋に置いてあるチラシを見て知ったことだ。どうやらこのホテルは、アイシティ21前へもバスを走らせる交通会社の経営らしい。他にも松本駅周辺に数軒のホテル、美ヶ原という高原には温泉宿も展開しているという。
それに関連したサービスとして、ホテルの宿泊客は事前にフロントで受付をすれば、無料で温泉宿の大浴場を利用できるそうだ。もちろん送迎も付いている。
バスを降りた人たちが、次々とホテルの玄関へ吸い込まれていく。送迎は確か夕方と夜の2回、当然このバスは今日の仕事を終えようとしているところだろう。
部屋に戻り、すぐ浴槽に湯をため始めた。冷蔵庫には昨日のうちに買っておいた缶ハイボールと、チェックイン時に倣ってグラスを冷やしてある。温泉サービスのチラシを恨めしく見つめながら、一方で松本という街のホスピタリティの高さにあらためて驚いた。
決められたチェックアウト時間より早めにホテルを出ると、何だか損をした気持ちになる。これは私の貧乏性だろうか。昨夜の心残りも引きずりながら駅へのわずかな距離を歩いた。
松本駅から長野駅までは、特急でも約50分かかる。これは山形駅から仙台駅までとほぼ同じ時間だ。この距離感が、ある世代にとっては県民意識を断つほどの厚い壁となり、ある世代にとっては憧れを生むものとして機能しているのかもしれない。
長野駅構内から外へ吐き出される人の流れには、一つの主たる傾向があった。それを助けているのは、あちこちに見える「善光寺」の文字と、その横に添えられた矢印だ。
東急百貨店の方へ進路を取るつもりだったが、私もつい大きな流れに従ってしまった。駅から真っすぐ歩けば30分ほどで着くらしい。
私の前を行くのはアジア系の外国人グループ、後ろに付いたのはヨーロッパ系の外国人グループだ。雑談をしながら歩く彼らは、しばらくして現れた趣ある仲見世通りで一気に色めき立ち、それぞれスマートフォンを目の前に掲げだした。
確かに魅力的な通りだ。昔風の商店から、現代的なカフェ、いかにもといった雑多な土産物屋では、つぶれた声の男性がしきりに呼び込みを繰り返していた。
これだけ常に人が行き交っていれば、迎える側も楽しいだろう。無責任な想像だと自覚しつつも、同じ商売人としてそんなことを考えた。イオンモール松本で見た売り手の活気も、やはりその約束された集客が熱源になっているに違いない。
巨大な山門や仁王像の迫力に圧倒されつつ、一通りの参拝を終えて帰路につく。同じように駅へ向かう人の流れに加わりながら、今度こそは東急百貨店を見に行こうと駅の直前で左へ折れた。不意にはぐれたような寂しさを感じて振り返る。駅を目指す人の列が、ぞろぞろと視界を横切っていった。
「ながの東急百貨店」の様子は、おおまかには全国の地方デパートが置かれている状況を共有したものと言える。とはいえ連絡通路でつながる別館には保育園やシェアオフィス、クリニックやスポーツスクールなどを配していて、ライフスタイルとの接続、コミュニティを作る場としての機能も備えているようだった。
そろそろ山形へ向かわなければならない。本館を出て、駅の場所を確認する。
その時、コツコツと地面をたたく音が近づいてきた。音の方へ視線をやる。会社の昼休みに抜けてきたのだろうか、制服姿の女性が財布だけを右手に持って、地下食料品売り場への階段を下りていった。
(長野編終わり)

