渡辺大輔のデパート放浪記 - ペンを捨てよ、街へ出よう - (第39回 長野編その10)

 —— 長野市と松本市って、仲が悪いんですか?

 唐突な、しかも無礼とも言える問い掛けに、彼女は笑顔を崩さなかった。それは私が客だからなのかもしれない。

 しかし土産屋の主人があらわにした長野市への対抗意識に触れたら、やはり反対の立場からの話も聞いてみたかった。

「え? それって何ですか?」

 彼女は不思議そうに、また楽しさすら感じさせる声色で返してきた。
 私は土産物屋の主人がこぼしていた憤懣を、とげに多少やすりをかけつつ要約して聞かせた。

その直後、テーブルに残っていた若い4人組が彼女に話し掛けてくる。飲み物の注文のようだが、口調から察するに彼女とは知り合いらしい。

 私も彼女をずいぶん引き留めてしまった。解放するいいきっかけかと答えを諦める。だが彼女は厨房の方へ顔を向け、そちらのスタッフを彼らのテーブルに向かわせた。


 それもそのはずだ。そもそも彼女は私の会計のためにやって来て、私はまだ財布を開いてすらいない。

「憧れでしたよ」

 スタッフが4人組のテーブルに到着したのを見届けてから、彼女は私の方へ向き直って言った。

「長野と松本の仲が悪いのは、まあ上の世代の人たちはそんな話をしてるかもねってくらいです」

 批判でも冷笑でもなく、自然と疎遠になった人を思い出すかのような口ぶりだった。

「中学生のころまでは、松本って都会のイメージでしたから」

 県庁所在地の長野市に住んでいても、買い物に出掛けるといえば松本だったという。その楽しそうな口調は、土産物屋の主人とずいぶん違う。

私は彼女に、それは同じ20代の友人たちも共通して持っているイメージなのかと尋ねた。

「そうです、そうです」

 彼女は考えるそぶりを一切見せなかった。

 「閉店前日の松本パルコ

まだ話を続けても大丈夫なのか心配になったが、彼女の方は他の客席や厨房を気にしている様子がない。この際だから聞けることは聞いておこう。

「松本でのお買い物は、デパートですか?」
 私の質問に、彼女は「はい」と明るい表情でうなずく。
「やっぱりパルコがあったので。それだけですごい。松本は都会だなって」

 数年前までの私もそうだったので偉そうなことは言えないが、彼女にとってはファッションビルとデパートは一緒の箱に入ったものなのだろう。井上百貨店の思い出を尋ねてみると、初めて彼女は笑顔を崩した。

「小さいころ、おばあちゃんに連れられて行ったことがあるかな、くらいですね」
 では閉店にショックを受けることもなかったのだろうか。

「パルコは残念でしたよ。井上百貨店は、閉店のニュースが出てからみんな『悲しい』って押し掛けだしたなって。それを冷ややかに見ていた感じです。私の周りはみんなそうでしたね」

 長野県に残るデパートは、これで長野駅前の「東急百貨店」だけになった。彼女の思い出はこちらについても、「昔おばあちゃんに」のまま更新されていないそうだ。

 いくつもの街を回ってきたので、もう次にどう話が転がっていくかは察しがついている。私は半ば惰性で「イオン」の名を彼女に差し向けた。

「いや、そっちもほとんど行かないです」
 彼女はあっけらかんと私の予想を裏切った。

「駐車場が混むから嫌なんですよ。だからほとんどネットです。服でもアクセサリーでも、自分のサイズを把握してればネットで買えるので」

 繰り返しになるが、それは同世代の友人でもそうなのかと質問する。彼女はやはり逡巡の気配すら感じさせずに、明るい表情でうなずいた。

(次回、長野編最終回)