渡辺大輔のデパート放浪記 - ペンを捨てよ、街へ出よう - (第37回 長野編その8 )

あの落胆は、2年ほど前だったろうか。
たまに買い物に行っていた山形市の食品スーパーが、しばしの休業期間を挟んでリニューアルオープンを迎えた。以前の外観はいかにもローカルスーパー然とした、親しみやすさとお得感を演出したものだったが、改装後は直線と余白を生かした、現代的な見た目になっていた。
セールはもちろんだが、中がどう変わっているのかにも興味があって、初日に足を運んでみた。駐車場にわずかな空きを見つけて車を止める。運転席のドアを開けると、20メートルは離れているであろう正面玄関の方から、店員の呼び込みが聞こえてきた。
もとから威勢のよい店員のいるスーパーだったが、これほどの活気は初めてだ。思わず頰を緩ませながらドアを抜ける。
その瞬間、何かが私の膨らんだ期待をしぼませた。
配置の変わった棚はにぎやかだ。目新しい商品も並んでいる。店員たちはせわしなく動きつつも、お客への声掛けも気配りも失っていない。なのになぜか、私の買い物かごはしばらくがらんとしたままだった。
買ったばかりの折り畳み傘をバッグにしまいながら、私はあの時の不思議な落胆を思い出していた。
メインカルチャーからサブカルチャーまでを抱き込む巨大なイオンモール松本も、2階の端まで来るとお客の姿がまばらになる。それでも寂しさを感じさせないのはなぜだろう。私の目に張り付く、人だかりの残像のせいだろうか。それを脳裏に浮かぶ、あの日のスーパーと重ねてみて、はっとした。
気づいてみれば答えは単純だ。改装後のあのスーパーは、確かに華やかだった。新鮮そうな肉や魚、野菜たちが、力の入ったポップも相まって、お客が手を伸ばすのを誘っているようだった。
だがそれは、目の高さより下の部分に限ってだ。視線を上げてみると、その先にあるのは白く塗られただけの壁ばかりだった。もちろんきれいに仕上げられているのだが、書割の裏側を見せ付けるような、冷酷なまでの現実感を帯びていた。

イオンモール松本は、床から天井までどこへ目を向けても、お客を非日常に閉じ込めておく工夫がされているように思える。画家は絵を描く際、その主役をじゃましないよう配慮しつつ、キャンバスの四隅に鑑賞者の興味を引く何かを配置することが多いそうだ。鑑賞者の視線が四隅から逃げがちであることを知っているので、長く絵の世界にとどめておくための細工を施しているという。
私が「アイシティ21」で感じた寂寥感も、あの日のスーパー同様、この細工の有無に理由があるのかもしれない。
そろそろ出ようとエスカレーターで1階に下りる。中央の広い廊下はやはり人であふれていた。
その端に、60代くらいの男性が誰かを待っているようなそぶりで立っている。
私が言うのも何だが、明らかにこの辺りの住人ではない。非日常への装備品のような糊の利いた白いシャツが、そう感じせたのだろう。
「いやあ、すごい混みようですね」
相変わらず白々しいと自嘲しつつ、どこから来たのか尋ねてみた。
「茅野市よ。下道を走って50キロくらい」
松本市の南東に位置する市らしい。たまに大きな買い物をする時にはイオンモール松本へ来ているそうだ。井上百貨店の話を出してみると、「昔はね……」とだけ返ってきた。山形村のアイシティ21については、その施設そのものを知らないという。
奥様らしき女性が、両手に買い物袋を提げて近づいてきた。二人にあいさつをして、一番近い出入り口のドアを抜ける。
バッグの折り畳み傘に手を伸ばしたが、空はしばらく私の視線を奪うほど真っ青だった。
(続く)

