グラフは語る その6(最終回)「全店合計」

デパートの月間売上の趨勢から ここ10年間の消費を読み説く

 本紙デパート新聞は、毎号、独自取材に基づき、全国の百貨店73社、189店舗の売上データを元に、その月間概況を掲載している。ここに掲載したグラフは、2013年1月から2021年の12月までの、首都圏30店舗の売上の推移を辿っており、顕著な月別動向が見て取れる。尚、2020年2021年のグラフには緊急事態宣言の発出時期に網掛けをしている。
※グラフ左の売上の単位は百万円

グラフデータの対象店舗は以下

 さいか屋、そごう千葉店、そごう大宮店、ながの東急、グランデュオ立川、スズラン前橋店、井上本店、京王聖蹟桜ヶ丘店、伊勢丹浦和店、伊勢丹立川店、八木橋、小田急町田店、小田急藤沢店、岡島、新潟伊勢丹、東急吉祥寺店、東急町田店、東武宇都宮百貨店、東武宇都宮百貨店大田原店、東武船橋店、松坂屋静岡店、水戸京成百貨店、西武所沢店、遠鉄百貨店、静岡伊勢丹、高崎髙島屋、髙島屋大宮店、髙島屋柏店、髙島屋立川店、丸広百貨店川越店
※日本百貨店協会の中で、全期間を通してデータがある首都圏30店舗の売上を合算している。関東圏の主要百貨店を網羅する一方、銀座、新宿、池袋といった東京の主要ターミナルは、敢えてはずしている。大手百貨店の本店には外商や大型企画といった「イレギュラー売上」が計上されるため、消費の実態像がつかみにくくなるからだ。ご容赦頂きたい。

全店合計

 今まで5回にわたり、①子供服、②食品、③化粧品と家具、④婦人服、⑤身回品と美術・宝飾・貴金属の年間グラフを見て来た。メインアイテムの「婦人服」に続き、前回は身回品と高額品を取り上げた。コロナ禍になり、各百貨店とも客数減↓売上減↓収益減を続ける中で、起死回生の策として、こぞって「富裕層シフト」に舵をきった。6月15日号の本欄の結びで、日本橋三越本店の「M I T S U K O S H I A r t Weeks」の展覧会の盛況ぶりについて記した通り、前回のグラフにはその効果が如実に反映されていた。

 以上を総括し「グラフは語る」の最終回として、首都圏30店舗の売上合計から、およそ9年間の趨勢を検証してみよう。

駆け込み需要

 グラフを眺め、先ず触れるべきは、2014年の3月売上の突出だ。これは消費増税前の駆け込み需要である。全店計で900億に達した2013年12月並みの売上規模となっている。翌月の4月に消費税が5%から8%にアップされ、そのマイナス影響もグラフに刻まれたが、こちらも2月並みの低さである。一方、2回目の消費増税は、それほど顕著ではない。2019年の9月の「山」は、さほど高くなく、翌10月の8%から10%への再増税による売上マイナスは2月、8月並みの凹みだ。通年、8月の売上の底から、12月まで、4ヶ月かけて徐々にアップするグラフに、9月の丘と10月の谷が刻まれただけだった。百貨店売上の合算は、日常使いの食料品から、宝飾等の高額品までを「十羽ひとからげ」にするので、月間売上のカーブは、必然的に「なだらかに」なる。全アイテムの合計値は、極端なプラスもマイナスも飲み込んでしまうのだ。

非常事態宣言

 当然、最も大きなマイナスは、2020年の緊急事態宣言下の百貨店に対する「閉店圧力」だ。同年4月、5月には総売上が200億を下回り、前年12月のピーク売上である800億の1/4。アベレージ売上600億の1/3まで落ち込んだ。それは増税やリーマンショックの比ではない。デパート各社にとっては、開業以来の未曽有の大幅マイナスと言える。その後、2021年度もまん延防止等重点措置も含め、2月、5月には400億を、8月には3 5 0 億を下回った。2020年と2021年の売上ピークである12月は700億前後まで回復したが、2013年12月の9 0 0 億からは200億減少した事になる。

コロナ以外の要因

 もし、直近12月のピーク売上の減少を「コロナが原因だ」と思われたのだとしたら、筆者の説明不足だ。2013年12月に900億あった売上は、既に5年後の2018年に800億に減っている。それから4年後の2021年の12月には、まだ700億をキープしている。実は、これは通常のダウントレンドと言って良い。グラフを良く見ていただければ、コロナ前の7年間、ゆっくりと売上は下降していることが判る。本紙4面のコラム「デパートのルネッサンスはどこにある」でも度々言及している様に、百貨店の売上はコロナ前から徐々に悪化しているのだ。このグラフを構成する30店舗には、銀座、新宿、池袋といった超都心は含んでいない。従って、都心ターミナル立地の様な、「コロナにより失われたインバウンド売上」は、そもそも存在しなかったのだ。

売上減↓客数減

 12月のピーク売上の推移をもう一度検証しよう。銀座、新宿といったターミナル立地の老舗デパートに対し、このグラフを構成する関東近郊の30店舗は、都心郊外及び地方都市をその基盤としている。そのため、

  1. インバウンド需要の恩恵はほとんどうけておらず、
  2. コロナ禍であっても都心店ほどの「閉店圧力」を受けなかった

というコトだ。従って、この10年弱の売上の趨勢は、単純な「漸減」であり、複雑な計算や考慮すべき要素はない。

 では、首都圏百貨店の売上減少の要因は何か。筆者は40年に渡り、小売、流通の世界に身を置いているが、売上マイナスの主要因は8割方「客数減」なのだ。

 「知っているよ」という声があちこちから聞こえて来る。皆さま既にご存知の「常識」だ。

 ではなぜ、客数が減っているのか。

〈仮説1〉

百貨店の顧客はシニア層が多く、特に郊外、地方はその傾向がより顕著である。高齢化が進んだ顧客が、加齢、病気、死去により来店不可能になったから。加えて、今まで百貨店に来店していない( 比較的若い) 新たな顧客がほとんど増えていないから。

〈仮説2〉

基本的に顧客自体の絶対数は、ほとんど減っていないが、百貨店に来店する頻度(回数)が減った。あるいは、来店しても、あちこちの売場を掛け持ちする「買い回り」が減ったから。

〈所得格差と人口減少〉

 筆者の見解は次の通りだ。日本は今、少子高齢化が進む「人口減少社会」であるから、当然〈仮説1〉は要因として間違ってはいない。但し、このグラフが表す様な、ピーク売上が4 〜5 年で1 0 0 億、8 〜9 年で200億も減少するほどの「急激な」マイナス要因ではい。30店舗の百貨店のほとんどで、〈仮説2〉に基づいた、来店頻度と買い回りの減少が続いている、というのが実態ではなかろうか。

 理由は様々である。食品で言えば、近隣のスーパーやコンビニ、そしてもちろんネット通販へのシフトが挙げられる。ファッションや雑貨であっても、百貨店購買から、ユニクロや無印良品、100均ショップに鞍替えする顧客は少なくない。ネット利用は言うまでもない。

 もちろん購買のすべてをシフトするのではなく、購買先の一部を「デパート以外」に変更する顧客が大多数であろう。

〈非デパート化〉

もう一つ考えられる要因は、〈仮説3〉百貨店自体の閉店とテナント化、である。

 前段で謳っている様に、このグラフは「全期間を通してデータがある首都圏30店舗の売上を合算している」としているが、閉店はせずとも、その実態として、徐々に「百貨店部門」としての売上を減少させている店舗は少なくない。来年「百貨店区画の営業を終了」すると発表された髙島屋立川店も、ひと昔前は百貨店区画(フロア)の比率が今より高かった。他の百貨店でも、営業効率を上げるために、家電や家具やスポーツといったMDを、徐々に縮小して来た歴史があるからだ。

物価高と円安そして暗殺

 世界では「ロシアによるウクライナへの侵攻」の様な、信じられない事態が勃発し、収束の兆しも見えないままだ。前号では、平和であってこその国家、百貨店であり、不満はあっても、民主主義の国に生まれたコトを感謝し、自由に買物が出来る幸せを謳歌したい。等と、結論めいたことを呑気に語っていたが、国内でも「選挙期間中の元首相の暗殺」といった、平和と安全だけが「取り柄」だった我が国の情勢も怪しくなってきた。そして、円安と物価高騰に加え、コロナ禍もまだまだ治まらず、BA5による第7波が不気味に忍び寄っている。

 所得格差も少子化も、何も改善されないまま、10年でピーク売上が200億下るなら、今後の物価高と円安により、次の10年でも確実に200億超下がるだろう。加えて「水と安全はタダ」の日本でなくなってしまえば、2030年には900億が半減して450億となっていても不思議ではないのだ。コロナ前には最低月の売上水準であった500億にも届かない。そしてグラフの30店舗が、残り20店舗になっていても、驚いてはいられないのだ。百貨店関係者は、この現実、この予測を直視しなければならない。残念ながら。