昭和24年10月創刊

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デパート新聞 第2672号 – 令和3年10月1日

8月東京は9.1%減

 日本百貨店協会は、令和3年8月東京地区百貨店(調査対象12社、24店)の売上高概況を発表した。売上高総額は745億円余で、前年同月比マイナス9.1%(店舗数調整後/6か月ぶりマイナス)だった。店頭・非店頭の増減は、店頭マイナス9.5%(89.0%)、非店頭マイナス5.6%(11.0%)となった 

百貨店データ

  • 3社商況8月
    • 三越伊勢丹ホールディングス
    • 髙島屋
    • 大丸松坂屋百貨店
  • 8月店別売上前年比(%)
  • 都内各店令和3年8月商品別売上高
  • 関東各店令和3年8月商品別売上高

明日を目指す百貨店探訪 第3回 うすい百貨店

平城社長

先ず、直近の決算実績についてお聞かせください

売場の現状と今後の施策について

商圏と顧客層について

外商の現状と今後の施策について

うすい百貨店の特色について

創業360年を迎えるにあたって

続きは ㈱うすい百貨店 平城大二郎社長 直撃インタビュ – 明日を目指す百貨店探訪 第3回 を御覧ください。

地方百貨店の時代 その24 – 外商カード

デパート新聞社 社主
田中 潤

【重要だった外商カード】

 今は、コンピューターで管理されるクレジットカードがキャシュレスの基本だが、昭和の頃は外商カードというアナログ形式で厳しい外商審査を通った顧客だけのための提示型カードを渡して、買い物をしてもらうという制度があった。外商カードを持っている顧客は、売場においても当然一目置かれ、そのカードを所定の書類に印字するだけのキャッシュレス方式で商品を引き渡されたのである。その特典として10%の割引が適用され、商品を売場から直接預かった外商員が顧客の自宅に無料で配達するなど様々な優遇措置がとられたのである。

 つまり、外商顧客は一般顧客よりも一定の所得があるなど購買能力が高いにもかかわらず、より安い買い物が出来るという一つの矛盾が生じていたわけだが、多くの外商顧客は高額商品の購入や購買量が桁違いであるという〝貢献″をデパートにしてくれるので多少の経済的サービスは、デパートとって当然と考えられていたのである。

【消えていった外商カード】

 こうした外商カードの存在は、クレジットカードの普及で埋没し、外商顧客への各種サービスも大幅に削減されていく。特に、″担当″として自分の買い物のサポートを専属でしてくれた外商員がいなくなったことで、外商顧客は楽しいデパート遊びができなくなってしまったことは大きなリスクとなる。面白くないのでデパートから足が遠ざかれば自然に購入する金額も比例して減っていく。担当外商員の顔が見えなくなったことで、外商員のために買ってあげなければというギブアンドテイクの意識もなくなっていく。両者の関係の希薄化は、悪循環を続けていったのである。

 つまり、一枚の手形として強力な機能と存在感を有していた外商カードがなくなったことは、デパートがもっていた有力顧客との手形交換所機能も同時に失くしていたのである。

【求められる無形のサービス】

 コンピューターが管理するクレジットカードの合理性では、カバー出来ない人と人との結びつきが内蔵された外商カードの持つ付加価値は、今改めて見直すべき時である。そのためには、外商員を強化する教育システムを作ることが喫緊の課題といえよう。そして、クレジットカードとは異なる新たな手形の役割をする外商カードを創設することである。

 日本人の所得と金融資産保有額は平成の30数年で大幅に伸びている。お金を使いたくても使えない高齢者も沢山いる。単純に商品だけでなく、介護や相続対策など継続的にサポートを求められる無形のサービスの必要性は増している。外商顧客のターゲットとなる人たちを的確に絞り込み、新しいサービスを提案してくことが出来れば、デパートが力を発揮する伸びしろは少なくないのである。

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 今年は9月に入るや全国的に急激に涼しくなり、残暑を引きずるようなことはほとんどなかった。そんな中で、迎えた中秋の名月は、数年ぶりに完全な形の満月となり、多くの人が季節の恵みを味わった。

 一方で、夕暮れの訪れは一日一日目に見えて早まっている。9月という月は、一年の内で最も日本が四季のある国であることを伝えてくれる時なのかもしれない。それは、人が人生の来し方行く末を省みて物思いに耽るタイミングともいえよう。気持ちを明るく切り換えて、残り3カ月元気で頑張りましょう。

無駄の物語 part20 – 一枚起請文と無駄の哲学

犬懸坂祇園
作詞、作曲などをしております

一枚起請文

 浄土宗の開祖である法然上人は、その臨終の際、「一枚起請文(いちまいきしょうもん)」(別記)という遺言を残している。「一枚起請文」は、「ただ心に念仏を唱えるだけで、極楽往生できるのです。すべての理屈を捨てて、南無な阿弥陀仏(なむあみだぶつ)と念仏を唱えるようにしましょう」という心構えを伝え、念仏を信じる人は自身を愚者とするべしと言い切っている。

 本項では、法然上人の教えに宗教的解釈を加える意図はない。筆者の理念とする無駄の思想の見地からこの言葉の意味を考察しているということをご理解いただきたい。

 「一枚起請文」は、理屈でモノを考えるなという教えであり、念仏を唱えることに全神経を集中すべきであると言っている。合理性を排除し、ただ一心に自ら信ずることを行うべしといっているように見える。

 「一文不知(いちもんふち)の愚鈍の身になして」というところが何より強烈である。理屈をつけず、何も考えずに一つのことに集中することこそ大事で、それは利益を前提とした行為ではない。裏を返せば、利益を得ることを優先して考える賢者になってはいけない、と戒めているのである。自らが愚者であることを自覚し、合理的な計算をあきらめて無駄な時間を費やしていくことを良しとする。但し、一生懸命集中してその場に身を置くのである。

究極かつ崇高な「無駄な行為」

 「一枚起請文」が書かれたのは、1212年であり今から800年以上前のことである。中世の巨人は宗教家であり、哲学者であった。現代の私たちが精神を不安定にしてしまう急所をしっかり把握していたことは、凄まじいことと言えるだろう。南無阿弥陀仏の南一枚起請文と無駄の哲学無は「挨拶」を意味する。また、無(む)と陀(だ)という無駄につながる響きがしっかり内包されている。これも、大変興味深い点である。

 無駄である挨拶をしつつ無と陀を唱える念仏は、究極の、そして崇高な、無駄な行為といえるのではないだろうか。

連載:デパートのルネッサンはどこにある – 苦境続く百貨店

閉店相次ぐ百貨店 コロナ追い打ちで経営破綻も

 百貨店の8割が赤字に転落し、デパート業界にリストラの波が迫る

 8月はコロナ禍のオリンピック・パラリンピックの開催に端を発した「感染爆発」と、それに翻弄される百貨店( ショッピングセンター)を時系列で追った。

 9月に入りコロナ禍の政治+経済=「日本という国の舵取り」を誤った総理大臣の退任から政局( 自民党総裁選挙というコップの中の嵐) までを伝えた。

 本欄は「デパートの復活を担う」という本分に立ち返り、今号より気分も新たに下半期をスタートしたいと思う。

 標題に掲げた様に、百貨店の苦境が深刻さを増している。東京商工リサーチによれば、全国の主要百貨店70社の今期( 2 0 2 0 年4 月期~2021年3月期)の売上高は合計5兆円を下回り、前期より1兆5000億円減少した。純利益は合計1500億円超の赤字(前期は88億円の黒字)に転落し、大幅な減収減益となった。

 新型コロナの感染拡大により、それまで頼みの綱であったインバウンド需要が消失。加えて、休業要請や時短営業が追い打ちをかけた形だ。百貨店の市場規模は、かつてのバブル期に10兆円にまで達したものの、ここ数年は地方郊外の不採算店舗の閉店が相次ぎ、売上は半減した。

 そこにコロナ禍が直撃したこの1年半はかつてない苦戦を強いられた。売上はピーク時の約4割にまで落ち込み、利益も想定以上の売上マイナスにより、費用を吸収できない店舗が続出した。雇用調整助成金の特例など、コロナ関連支援を受けながらも、8割以上が赤字転落という危機的状況に陥っている。

続きは デパートのルネッサンスはどこにある? 2021年10月1日号 を御覧ください。

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