日本の百貨店のあゆみ36~加古川ヤマトヤシキ百貨店

創業120年の老舗百貨店で地元民から絶大な支持を受けている。発祥となった姫路市の洋品雑貨店から姫路市最大の百貨店へと拡張をとげていった。現在はラオックスのグループ企業「株式会社加古川ヤマトヤシキ」が運営する兵庫県播磨地区にある「加古川ヤマトヤシキ」が百貨店営業を続ける。

創業から戦後復興

1906年(明治39年)兵庫県姫路市二階町に米田徳次が洋品雑貨店「米田まけん堂」を開店。屋号の「まけん堂」は正札制を表したもので、キャッチコピーの「ねぎっちゃいけねえ まけん堂」や輸入雑貨が並ぶショーケースの店舗が人気を集めた。

1945年(昭和20年)戦争で焼け野原となった周辺の土地を買い集めて敷地を確保した。

1946年(昭和21年)10月 「やまとやしき洋裁学校」が入った「ショッピングセンターやまとやしき」(木造2階建て約3,000m2)を開業。復興への第一歩となった。

屋号は多くの商店が仲良く。という意味で「やまと(=大和)」、一つ屋根の下という意味で「やしき(=屋敷)」と名付けたものと言われている。

百貨店設立へ

1947年(昭和22年)株式会社やまとやしきを設立。販売品目を拡張した。

1951年(昭和25年)11月 村野藤吾設計の鉄筋コンクリート造4階建ての新店舗が完成、「百貨店やまとやしき」を開業。播磨地方初の百貨店のため「播州のお買い物センター」をキャッチフレーズとした。

1957年(昭和32年)姫路城の見える展望レストランを8階に増築。

1963年(昭和38年)加古川駅前映画館跡にスーパーマーケット「加古川ストアー」を開業。

1972年(昭和47年)  「加古川ストアー」を百貨店化して「ヤマトヤシキ加古川」へ改称。

1979年(昭和52年)老朽化などにより「ヤマトヤシキ加古川」閉店。スーパーへの進出は失敗に終わる。

1981年(昭和56年)これまで4階の増築を行い播磨一の高層ビル建築など姫路市内最大の百貨店として営業を続けた。

1989年(平成元年) 加古川店がオープン。

「播州のお買い物センター」からファッション関連の強化へ

1985年(昭和60年)女性を中心としたファッション、ブランド導入などの専門特化の方針が功を奏し、売上高200億を超えた。

2001年(平成13年)2000年に閉店した「加古川そごう」跡に22年ぶりに「ヤマトヤシキ加古川店」をオープン。

2005年(平成17年)「ヤマトヤシキ加古川店」は年商約120億円となり、売り上げは姫路本店を上回った。

2006年(平成18年)約3,000m2をリニューアル。ビル同居のカピル21専門店会と活性化委員会を立ち上げる。

2010年(平成19年)売上高減少、赤字転落を受けて早期退職を30人募集。

親会社の変更

2015年(平成27年)投資ファンド「マイルストーンターンアラウンドマネジメント」を引受先とする第三者割当増資を実施、創業者一族が保有する持ち株会社「ヤマトヤシキリテイリング」の株式を全て「マイルストーンターンアラウンドマネジメント」に無償で譲渡した。創業者一族の米田徳夫会長と米田譲社長は退任し、「マイルストーンターンアラウンドマネジメント」の早瀬恵三社長が代表取締役に就任した。

2017年(平成29年)8月31日 免税店大手のラオックスがヤマトヤシキの7億円の新株予約権(うち3億円は社債に付属)を取得した。

2018年(平成30年)姫路店閉店。加古川店は新会社「株式会社加古川ヤマトヤシキ」として運営を引き継ぐ。

2023年(令和5年)姫路みゆき通りに小型店「姫路ヤマトヤシキ」開店。

2026年(令和8年)2月20日 「姫路ヤマトヤシキ」の閉店が発表。3日後23日に閉店。

2026年4月(令和8年)加古川ヤマトヤシキ店は、催事・イベントの開催などで地域密着型店舗として営業を続けている。

加古川ヤマトヤシキ百貨店

住所:〒675-8505 兵庫県加古川市加古川町篠原町21番地の8