昭和24年10月創刊

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世界のデパート

海外の百貨店 その2~イギリス

現在のイギリス

2022年は、エリザベス女王在位70年を記念する記念の年であり、6月には「プラチナ・ジュビリー」(70周年の記念式典)と呼ばれる大規模な祝賀行事が多く予定されています。イギリスの百貨店では、即位70周年をお祝いして、様々なイベントやグッズ販売も行われるようです。また、コロナウィルスによる規制が2月24日撤廃されたことも相まって、百貨店への客足の戻りが大いに期待されています。

ハロッズ(Harrods)

世界的に有名な「ハロッズ」は、イギリスで最も歴史のある老舗高級百貨店です。紅茶などの食品やハロッズ・ベア、トートバッグなどは世界的な知名度があります。観光スポットとしても有名で、ハイブランドのブティックが多数あることや、重厚感のある建物、イルミネーション、世界最古のエレベーターなどが、人気となっています。

以前は、ダイアナ妃とともに事故死をしたドディ・アルファイド氏の父親であるモハメド・アルファイド氏がオーナーを務めていました。現在はカタールの政府系投資ファンド「カタール・ホールディングス」が保有しています。ハロッズは、長年、英国王室御用達の百貨店でしたが、2000年にアルファイド氏が指定を破棄しています。

日本とも関わりが深く、「三越」を設立の際に日比翁助がハロッズをモデルにしたことは有名です。そのことから三越各店を中心に、2017年まで、紅茶などの食品や「Harrods Knightsbridge」の文字が入った耐水布のバッグ等のハロッズオリジナルグッズを扱っていました。

ハロッズの歴史

1824年 ハロッズの創業者チャールズ・ヘンリー・ハロッドが洋服店を創業。1831年まで洋服店、生地商としてこの店を経営した。

1832年 ‘Harrod & Co.Grocers’(ハロッド日用品商会)の名で事業を立ち上げ1834年 現在のハロッズの基盤となった紅茶をメインに取り扱う食料雑貨店を163 Whitecross Streetに開業する。

1849年 1851年の万国博覧会での取引のため、ハロッドは現在の店舗のあるブロンプトン地区の小さな店を引き継ぐ。

1861年 息子のチャールズ・ディグビー・ハロッドが経営者となってから、ハロッズは急速に拡大し、隣接する建物を買収し、1881年までに100人を雇用した。

1883年12月初め 火災により店舗が全焼するが、すべての顧客のクリスマスの注文を受け配達を行い、驚異的な利益を上げた。これが再建への近道となった。

1889年 ハロッズはハロッズストアズリミテッドとして証券取引所(ロンドン)に上場する

1898年 イギリス初となるエスカレーターが導入される。

1905年 約11年かけて現在の店舗建物が完成する(チャールズ・ウィリアム・スティーブンスの設計)

1914年 アルゼンチンのブエノスアイレスに初の海外支店を出店。後にハロッズから独立する。

その後、百貨店のディケンズ&ジョーンズ・ケンダルを続けて買収。

ハマースミス橋近くのバーンズにハロッズ家具保管庫が建設される

1920年 ロンドンのデパートSwan&Edgarとマンチェスターの小売業者Walter CarterLtdを買収

1928年 ロンドンのデパートDHエバンスを買収

1946年 シェフィールドデパートのジョンウォルシュを買収。

1949年 リバプールデパートのウィリアムヘンダーソンアンドカンパニーを買収

1955年 バーミンガムデパートのラックハムを買収

1959年 イギリスの百貨店グループハウス・オブ・フレーザーに買収される

1983年 ロンプトン店の外でIRA暫定派によるテロ攻撃を受け、6人が死亡する事件が起こる。

1985年 モハメド・アルファイド兄弟がハロッズを含むハウス・オブ・フレーザーを6億1500万UKポンドで買収

1989年 顧客向けにドレスコードを導入する。禁止事項にはユニフォームや、サイクリングショーツ; ハイカットショーツ、バミューダまたはビーチショーツ。 水着; アスレチックシングレット; ビーチサンダルまたはひもサンダル。 はだし; 裸のミッドリフ; または汚れた服などが含まれる。

1990年 カリフォルニア州ロングビーチに係留中のクイーン・メリーの艦上にハロッズの店舗が開業する。

1994年 ハウス・オブ・フレーザーとハロッズの関係が断絶。ハロッズはフェイド家の所有下にあったが、ハウス・オブ・フレーザーは証券取引所に上場した。

1997年 息子のドディ・アルファイドが当時交際中のダイアナ妃とともに事故死

英国の裁判所が、ブエノスアイレスのハロッズ店がハロッズの名前で取引することを制限する差止め命令を出す。

2000年1月 モハメド・アルファイドは、1910年から続いた王室御用達の指定を破棄する

キュナードラインが所有するRMSクイーンエリザベス2号にハロッズショップがオープン

2006年 モハメドの末息子オマール・ファイドがハロッズの経営陣に参加

2010年5月 カタール・ホールディングスがハロッズの新しい所有者となる。カタール・ホールディングスは、取引の際、ナイツブリッジ店に15億ポンドを支払ったと報告されている。

2012年 かつてハロッズのフードホールを飾っていた比喩的な彫刻が、ウェストミドルセックスオークションルームで販売された。シャコガイとイングリッシュオークの下で保護されているクワガタとイノシシを支える2人の人魚は、ワイト島のライドの精巧な噴水に飾るためグリーブス&トーマスによって購入された。

2013年4月22日 「ミキハウス」が日系アパレル企業として初の出店

2016年 アパレル部門、2017年夏頃に紅茶などを含む全てのアイテム販売・ティールームが閉鎖し日本から撤退。

2020年7月 新型コロナウイルスの影響で落ち込んだ売り上げの回復に時間がかかるとして、従業員の14%にあたるおよそ670人を減らす方針を明らかにした。

2021年1月5日から 新型コロナウィルスによるロックダウンのため臨時休業中

2021年4月 新型コロナウィルス感染対策によるロックダウンが一部緩和され、デパートの営業を再開した。

2022年4月以降 エリザベス女王在位70年を祝って制作された、女王をモデルにした記念のバービー人形を販売される予定

Harrods – Grocery.com

Harrods – Wikipedia

Charles Henry Harrod

英国ニュースダイジェスト

リバティー(LIBERTY)

1875年に設立されたロンドンを代表する老舗百貨店。イギリスのロンドン中心部「ウェスト・エンド」の一角に位置する。解体した3隻の船からの板材を利用して造られたという木造の美しい外観は、チューダー・リバイバル(イギリスで15世紀から17世紀初めごろに流行した建物)と呼ばれる建築様式で、イギリスの第2種指定建造物に指定されている。また、リバティプリントと呼ばれるオリジナルプリント柄は、世界中で愛されている。

リバティーの歴史

1875年 アーサー・ラセンビィ・リバティ (Arthur Lasenby Liberty) が「リバティ商会」を設立。日本や東洋の装飾品、織物、その他様々な芸術工芸品を販売する店として、リージェント・ストリートに「イースト・インディア・ハウス」を開業する。東洋の装飾品、織物などが人気となり評判となった。

1884年 著名な建築家であり、コスチューム協会の創設メンバーであるエドワードウィリアムゴッドウィン(1833–86)が監督するコスチューム部門を紹介した。彼とアーサー・リバティは、パリのファッションに挑戦するために社内アパレルを作成した。

1885年 142–144リージェントストリートが買収され、カーペットや家具に対する需要が増え続けた。地階はイースタンバザールと名付けられ、「装飾品」の販売場所でした。彼は、彼が育った場所にちなんで、この物件をチェシャムハウスと名付けた。この店はロンドンで最もファッショナブルな買い物場所になり、衣料品と家具の両方にリバティ生地が使用された。

1888年5月、11月 リバティはインドから42人の村人を連れてきて、インドの職人の生きた村を上演。リバティはオリエンタルグッズ、特に輸入インドシルクを専門としており、展示の目的は店の宣伝と売り上げの両方を生み出すことだった。

1889年 夫人とともに日本に3か月間滞在し、あらゆる美術工芸品を大量に買い付ける。

19世紀末から20世紀初頭 木製のブロックを用いるハンド・ブロック・プリントによって生み出されたペイズリー柄が一世を風靡。ペイズリーは、アール・ヌーヴォー柄や小花柄とともに、リバティ・ファブリックスを代表するプリントとなった。

1917年 アーサー・リバティは、彼の店の完成を見ずに亡くなる。

1920年代 シルクが高騰した時代、リバティの代名詞となるシルクのような光沢と手触りをもつ生地、タナ・ローンを開発し、人気は不動のものとなる。

1924年 グレート・マルボロ―・ストリートに現在も変わらないチューダー様式の店が完成。

チューダーリバイバルビルは、他の建物の改修が完了している間も取引を継続できるように建てられた。記録によると、24,000立方フィートを超える船の木材が使用され、そのデッキは現在、製造現場になっている。その材木はイギリス海軍の2隻の軍艦「HMSImpregnableインプレグナブル」「HMSHindustanヒンダスタン」に使われていたものを流用している。グレートマールボローストリートの間口は、ヒンダスタンと同じ長さとなっている。イギリスの第2種指定建造物 (Grade II listed building) に指定されている。

1950年代 ファッショナブルで折衷的なデザインを作り続けた。ショップのすべての部門には、現代的なデザインと伝統的なデザインの両方のコレクションが存在した。新しいデザイナーが昇進し、多くの場合、手作りの作品の自由の伝統を今でも代表するデザイナーが含まれていた。

1960年代 アールデコ様式と同様に贅沢な東洋のファッションが再び流行になり、リバティはそのアーカイブから家具のデザインを採用した。

リバティプリントは、エルメスやイヴ・サンローランをはじめ有名ブランドとのコラボレーションが実現した。今も、ナイキやアクネなど数多くのブランドがリバティプリントを採用している。オリジナルプリントは43,000種を数え、現在もシーズンごとに100種類にも及ぶ新作が発表されている。

1988年 日本に卸売を行う子会社を設立。

1996年 Libertyはロンドン郊外の20店舗の閉鎖を発表し、代わりに空港の小規模な店舗に焦点を合わせた。

2000年代
リバティのロンドン店は4,150万ポンドで売却され、2009年に会社からリースバックされ、売却前に債務を返済しました。その後、

2010年 リバティはプライベートエクイティ会社のブルージェムキャピタルに3200万ポンド相当の取引で買収される。

2018年 売上高は1億3,300万ポンドと予測されており、その成長の多くは、ファブリック、家庭用品、アクセサリー、既製服の自社ブランドコレクションによるものである。

2021年1月5日から 新型コロナウィルスによるロックダウンのため臨時休業中

2021年4月 新型コロナウィルス感染対策によるロックダウンが一部緩和され、デパートの営業を再開始。

リバティ Liberty 公式オンライン

引用元: Wikipedia リバティ百貨店の歴史

リバティプリント生地の通販 丸十オンライン

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』リバティ百貨店

フォートナム&メイソン(Fortnum & Mason)

紅茶で有名なフォートナム&メイソン。イギリスのロンドンを拠点とする老舗百貨店で、150年以上にわたりイギリス王室御用達の店舗として認定されている。店名は略して「フォートナムズ」(Fortnum’s) とも呼ばれる

フォートナム&メイソンの歴史

1707年 大英帝国が誕生。ウィリアム・フォートナムとヒュー・メイソンによりフォートナム・アンド・メイソンが創業。当時は食料品店を営んでいた。

1738年 旅行者向けのスコッチエッグを考案。固めにゆでたゆで卵をソーセージ肉で包み、パン粉をまぶして揚げるという世界初のスコッチエッグを編みだした。美味しくて食べごたえがあり、持ち運びやすいということで大人気を博した。

1794年 郵便事業を開始する。当時は郵便事業は誰でも行うことができたため、1日に6回集配するサービスを開始。(当時はまだ切手がなく、大抵の場合手紙の受取り側が料金を払っていた。)これがきっかけで人々の店への出入りが盛んになり、美しく飾られた店先のショーウィンドーや内装が多くの人々を魅了していった。1839年に中央郵便局が設立されるまで郵便事業は続いた。

1814年 英国王室と英国軍両方の御用達となり、ナポレオン率いるフランス軍を破って英国に勝利をもたらした兵士たちの胃袋を満たした。はちみつ、ドライフルーツ、香辛料、特にジャムは、戦地の兵士たちに大変喜ばれた。

1840年 新装開店。新しい建物は、ガス灯に照らされた厚板ガラスのショーウィンドーを英国でいち早く採用した建物である。

1846年  お客様ショッピングを楽しんでいただくためには、まず現場の従業員に手厚い待遇を施す必要があるとリチャード・フォートナムは理解していた。リ数あるエピソードの中でも、リチャードが与えた1,500ポンドのギフト(現在の貨幣価値換算で約50万ポンド)は有名である。

1851年 皇太子アルバートが情熱を注いだ万国博覧会が開催される。フォートナム・アンド・メイソンはドライフルーツとデザート各種の輸入業者として最優秀賞を獲得したが、それ以上に、イギリスの人々の食習慣に与えた影響が、はるかに大きかったのである。また、この万博で注目されたプレハブをヒントに、ハンパー(食べ物を入れる蓋付きのバスケット)を考案。その中に詰める「スコッチ・エッグ」を始め新しい調理・盛付け済み高級料理を生み出し、屋外イベントの立役者として有名になった。

1854年 「Charge of the Light Brigade」の名で知られるイギリス戦士の大惨劇が報道されたことを受けて、ビクトリア女王自身が直々に「スクタリのナイティンゲールに大量の濃縮ビーフティー(病人用牛肉スープ)を直ちに発送せよ」とフォートナム・アンド・メイソンに命令を下した。

1872年 社会貢献の一環として、中国茶・寿眉のサンプルをロンドンのキュー国立植物園に寄贈した。

1886年 フォートナム・アンド・メイソンは、アメリカからやって来たハインツ氏から缶詰を購入し、イギリスに初めてベークドビーンズを広めた。

1911年 第一次世界大戦勃発。戦場でねずみから食料を守るために、缶詰が大変重宝された。

1922年 「遠征探検」専門部門があった唯一の店。この年のエベレスト登頂遠征では、60缶のうずらのフォアグラや4ダースのシャンパン(モンテベロ 1915)が、隊員たちにとっての必需品となった。

1930年 スポーツ用品売り場を開設。店内特設ミニチュア・スキースロープとスローモーション・フィルムによって、来店客にスキーの滑り方を伝授した。

1931年 現代装飾売り場を開設。マリオン・ドーンがデザインした豪華な絨毯、アラン・ウォルトン、レックス・ウィスラー、オリバー・メッセル、ニコラス・デ・モラスらによる壁画を陳列

1937年 英国の陶磁器メーカー、スポードが、手描き磁器Fortnum & Mason Centres(中央に手描きの図柄が入ったランチョン・プレート)を制作

1940年 軍人向けのアクティブ・サービス(戦地勤務)チョコレートをつくる。

1955年 ロンドンきっての美麗で刺激的なレストラン、ザ・ファウンテンを開店

1964年 ピカデリー本店正面の時計が落成

1999年 ショッピング用ウェブサイトの立ち上げる。

2008年以降 屋上にミツバチが棲み着く。4つのミツバチ・コロニーがピカデリー本店屋上の名物となった。

2012年 エリザベス2世女王陛下が、カミラ妃殿下とキャサリン妃を伴ってフォートナム・アンド・メイソンを訪れ、ダイヤモンド・ジュビリー・ティー・サロンの除幕式に臨まれた。

2013年 、1707年以来初めて、英国のセント・パンクラス国際駅に新店舗をオープンさせる。

2014年 ヒースロー空港ターミナル5に店舗をオープン

2018年 13年間の年月を経て「Ruby Chocolate」を販売

2019年 香港に海外初の店舗とレストランをオープン。

フォートナム・アンド・メイソンの歴史

セルフリッジズ(Selfridges)

ロンドンを代表する老舗高級デパート。ハイブランドのショップが数多くある。アメリカ式の新しいショッピングのスタイル(現代式)をつくり、大成功したデパート。ウインドウディスプレイも世界的に有名で、世界中の多くのメディアで取り上げられている。また、世界のベストデパートに4度も選ばれた唯一の店舗である。国内ではマンチェスターに2店舗、バーミンガムに3店舗展開している。

1910年代のハリー・ゴードン・セルフリッジと彼のロンドンの百貨店セルフリッジズを描いた歴史テレビドラマ『セルフリッジ 英国百貨店』が2013年から2016年までテレビ放映された。

セルフリッジズの歴史

1909年 アメリカ人のハリーゴードンセルフリッジがロンドンのオックスフォード・ストリートに開業。ダニエル・バーナムの設計によるこの旗艦店は、ハロッズに次ぐ大きな百貨店である。

1925年 新しく発明されたテレビを英国の顧客に提供した最初の小売業者。店から首都に生演奏を送るために屋上に電波塔を建てる。

1928年 旗艦店の全館が完成。メイン入口上部の彫刻は、ロンドン出身の彫刻家「ギルバート・ベイズ(Gilbert Bayes)」が作成した。

1947年 ハリーゴードンセルフリッジ肺炎のため亡くなる。

1950年代 デパートチェーン「ルイス」に買収される。

1965年 リトアニア系ユダヤ人の「チャールズ・クロア」が投資するシアーズ・グループ(※米シアーズとは異なります)が事業を引き継ぐ。

2003年 カナダの大富豪ガレン・ウェストンによって買収される。百貨店もウェストン家が所有している

2010年 グローバルデパートサミットで世界最高の百貨店に選ばれる。その後も2012年、2014年、2018年にも受賞した。

Selfridges – Delivering to Japan

ハーヴェイ・ニコルズ(Harvey Nichols)

ナイツブリッジにあるデパート。ハロッズからも近い場所にある。有名ブランドやイギリス若手デザイナーのオリジナルブランドまで取り揃えていて、おしゃれに敏感な若者に人気が高い。ウインドウディスプレイも有名で、フォートナムメイソンとはまた違った趣向でシーズン毎に楽しめる。愛称は「ハービー・ニックス」

ハーヴェイ・ニコルズの歴史

1813年 ベンジャミン・ハーヴィーが、ロンドンのナイツブリッジとスローンストリートの角にあるテラスハウスにリネンショップをオープンする。

1845年 雇い人のジェームズニコルズが経営陣に昇進し、コロネル・ニコルスと共同経営となる。

1847年 ハーヴィーの息子ベンジャミン・チャールズが生まれる。

1850年 ベンジャミン・ハーヴェイ亡くなる。ジェームズ・ニコルズと妻のアン(ハーベイの姪)でハーヴェイ・ニコルズ&カンパニーを設立。

1872年 アン・ハーベイが亡くなり、翌年にジェームズ・ニコルズも亡くなる。

1975年 Harvey’sというレストランが5階にオープンし人気となる。ダイアナ元妃は常連客であった。

1889年から1894年の間 新しい店舗が段階的に建設される。

1985年 バートングループに買収される。

1991年 ディクソン・コンセプト(インターナショナル)・リミテッドのディクソン・プーンに買収される。その後、店は革新的な改装を行い、 5階に新しいレストラン、カフェ、バー、フードマーケットがオープンした。これが人気となり、ファッショナブルな高級ダイニングとシャンパンのライフスタイルで永続的な評判を得た。

1996年 ハーヴェイニコルズグループplcはロンドン証券取引所に上場し、ロンドンのサウスバンクにOXOタワーレストラン、バー、ブラッセリーを立ち上げる。

2000年 サウジアラビアのリヤドに海外発の店舗がオープン

現在、ハーヴェイニコルズは、英国とアイルランドに7店舗を展開しており、ロンドン、エジンバラ、バーミンガム、リーズ、マンチェスターに5店舗、ブリストルとダブリンに2店舗を展開している。海外には、リヤド、ドバイ、香港に2店、クウェートと5つの大型店がある。

引用:Harvey Nichols公式サイト

ジョン・ルイス(John Lewis)

イギリスの老舗百貨店。ハイブランドからカジュアル衣料、プライベートブランドまで品揃えが豊富。キャッチフレーズは”Never Knowingly Undersold”(どこよりも安く)。イギリス国内では50店舗を構える。

「環境への取り組み」「ロボティクス活用施策」を積極的に実施し、2019年、 RTIH (Retail Tech-nology Innovation Hub)のイギリス・リテール イノベーションアワードの最高賞を受賞している。

ジョン・ルイスの歴史

1864年 20代後半だった創始者のジョン・ルイスが、オックスフォード・ストリート132番地(当時)に絹や羊毛製品、雑貨小間物を取り扱う店を開業する。

1919年 息子のスピーデンが、社員の代表による協議会(Council)を設立。このパートナーシップ協議会は現在も存続されている。

1925年 スピーデンが「ネバー・ノウィングリー・アンダーソールド(知る限り、どこよりも安く・Never Knowingly Undersold)」のスローガンをとりいれる。

1928年 ジョン・ルイスが92歳で亡くなる。 

1940年 旗艦店のオックスフォード・ストリート店は、第二次世界大戦中の空襲で全焼。1955年から店舗の再建を始める。

1960年 店舗は、20年の歳月をかけて完成。バーバラ・ヘップワースに制作を依頼した「Winged Figure」は、翼をイメージした長さ6メートルのアルミニウム製の彫刻で店舗東側の壁面に掲げられている。

2008年 生活用品と服飾品の英国王室御用達指定を受ける。

2009年 「ジョン・ルイス・アットホーム」1号店をプール (Poole)に開店。これまでの百貨店とは異なり、ショッピング・センター等、既存店の中に出店し、家電やインテリア、生活雑貨といったホーム用品に特化した。

2019年 RTIH (Retail Tech-nology Innovation Hub)のイギリス・リテール イノベーションアワードの最高賞を受賞した。

2021年2月 新型コロナウィルスによるロックダウンのため臨時休業中

2021年4月 新型コロナウィルス感染対策によるロックダウンが一部緩和され、デパートの営業を再開始。

フェニック(Fenwick)

老舗百貨店チェーン。女性向けのファッション、小物、コスメを中心に扱う英国で最大の家族経営のデパートグループ。9店舗を展開する。

フェニック(Fenwick)の歴史

1882年 JJとして知られるジョンジェームスフェンウィックは、ニューカッスルアポンタインのノーサンバーランドストリート5番地に旗艦店となる店を開店する。マント、シルク製品、ドレス、布製品などを販売し、特に女性層に人気がでる。店舗の拡大を続ける。馬やカートでの配達を行う。

1890年 長男フレッドが事業に加わる。フレッドは、デパートの新しい小売コンセプトをトレーニングするためにパリに旅行し、特にボンマルシェ百貨店に影響を受けた。

1937年 キングジョージVIとエリザベス女王即位のための戴冠式用ローブを作る。

1971年 ニューカッスル店で、最初のアニメーションのクリスマスウィンドウディスプレイを行う。以降、街のイベントとなる。

1976年 ブレントクロスショッピングセンターのオープンでは、フェンウィックを旗艦店とした。

1984年 ヨーク店オープン 1986年 カンタベリー店オープン 1992年 タンブリッジウェルズ店オープン 2008年 コルチェスター店オープン

2013年 創設者JJフェンウィックの曾孫であるジョンジェームスフェンウィックは、小売業向けのサービスに対してCBEを授与された。

2014年 オンライン販売を開始する。

2017年 ブラックネル店オープン

2021年2月 新型コロナウィルスによるロックダウンのため臨時休業中

2021年4月 新型コロナウィルス感染対策によるロックダウンが一部緩和され、デパートの営業を再開始。

マークス&スペンサー(MARKS&SPENCER)

イギリス各地に店舗を構え、空港や駅には食料品をメインに扱うコンビニ店に近いスーパーもあります。食料品、衣類や雑貨、化粧品など、プライベートブランド商品が多い老舗デパート。Marks & Spencerを略してM&Sと呼ばれている。

M&Sの店舗形態は、①デパート「マークス&スペンサー」②食料品をメインに扱うスーパー「M&Sシンプリーフード」(ナショナルレールの駅構内にある店舗はスーパーというより、コンビニに近い形態)③「M&Sアウトレット」に分けられる。

マークス&スペンサー(MARKS&SPENCER)の歴史

1894年 イギリスへ移民してきたポーランド系ユダヤ人露天商マイケル・マークスと、イギリス人のトマス・スペンサー(英語版)の2人がリーズで開業する。2人の名前から店の名前をつけた。

1920年代 株式会社となる

1930年 ロンドンのマーブルアーチに本店を開店

1983年 レイナー男爵デリック・レイナーが社長就任。同族経営は終了する。

1999年 オンラインショップを開始。“マークス&スペンサーウェブサイト”を開設する。

2018年 2020年までに、英国内の100店舗を閉鎖する計画を発表。この数は全店舗の10%に当たる。

2021年現在 英国と62か国で、世界中の1,519の店舗と44のウェブサイトから、高品質で価値の高い自社ブランド製品を販売する一連の企業を運営している。