渡辺大輔のデパート放浪記 - ペンを捨てよ、街へ出よう - (第33回 長野編その4 )

シャワーで汗を流した後、スマートフォンで長野の食の名物について調べてみる。混む時間を避けて、早めに街で晩酌をしようという魂胆だ。
「馬刺し」「山賊焼き」「信州サーモン」。この三つに興味を引かれた。
しばらく情報の密林をさまよって、全てがそろっている、それでいて地元の人も足を運ぶ店を探し当てた。
繁盛店のようだし、検索に長いこと費やしてしまったせいですでに開店時間を過ぎている。急いでホテルの部屋を出た。
松本駅前から5分ほど歩いただろうか。古民家風の店の前に到着した。人通りは当然ながら昼下がりよりもさらに増えている。
——お客さんの足はここに来るまでに止まっちゃうんだよ。
パルコ跡そばで話した男性の言葉がよみがえる。私も典型的な「お客さん」というわけだ。

店の戸を開けると、すでに席は半分以上が埋まっていた。お客の談笑の向こうから、威勢の良い店員のあいさつが響いてくる。
「ご予約は?」
これを聞かれると、すでに予約で満席なのだと勝手に落胆してしまう。
しかしタイミングが良かったのか、入り口そばのカウンター席に案内してくれた。
生ビールと、目当ての名物料理をそれぞれ注文する。次第に目の前がにぎやかになってゆく。その間も、数組の予約客がやって来てきて、座敷席に通されていた。観光客と地元客の割合は7対3といったところだろうか。
馬刺しも信州サーモンも、味が良いのはもちろん、土地の歴史の一片をかじっているようで心を躍らせてくれる。特に箸を震わせたのが山賊焼きだ。「焼き」とはいえ食感は揚げ物に近い。醤油とニンニク、生姜でしっかりした下味を付けた鶏もも肉に、片栗粉をまぶして表面がカリカリになるよう調理されている。それでいて中は一つの水分も失っていないと思えるくらいにしっとりとしていた。
すでに地酒に切り替えていたのだが、ついビールも追加で注文してしまう。その時だ。
「一人で、予約はしていないんですが」
戸を開けたのは60代半ばくらいの、白髪交じりの男性だった。きょろきょろと店内を見回しているのはこの店が初めてだからだろう。着ているジャケットは、忙しい1日だったのかひどくくたびれていた。
「すみません、もうご予約でいっぱいで」
やはり私はタイミングが良かったようだ。カウンター席にいくつが空きはあるが、これから座るお客が決まっているのだろう。
男性は申し訳なさそうに背中を丸め出ていった。私は自分がもっと早くホテルを出ていればな、などと考えながら、山賊焼きを頰張り、2杯目のビールに口を付け
た。
「すみません、一人です」
また戸が開いた。今度のお客も予約はしていないようだ。年齢は先ほどの男性と同じくらいだが、会社の重役らしい雰囲気で、見るからに高級な生地のスーツを身にまとっている。
「カウンターにどうぞ」
しばらく私の箸が制止した。
「ビールをお願い」
男性は椅子を引きつつ店員に声を掛ける。全てが、先ほどのお客などいなかったかのように当たり前に進行していった。
——やっぱりね、閉鎖的なところはあると思うよ。
パルコそばで聞いた言葉が、これを指していると考えるのは単純だろう。私が初めてのお客だと推察しただけで、かつてあの男性はこの店で何かしらの問題を起こしたという可能性だってある。
2杯目のビールを飲み終え、料理も皿だけにして、私は想定していたよりも早めに店を出た。
ホテルに戻ろうとしたわけではないのだが、足はそちらへ向いていた。途中、土産物屋の看板を見つけて入ってみる。
「ご旅行ですか」
話好きの主人なのか、いくつか品物を手に取っているとそう声を掛けてきた。
「デパートを見に来たんです」
私の言葉に、年老いた主人は残念そうな表情を浮かべた。
「どらかというと、パルコがなくなったのが痛いね」
パルコは他県から人を呼ぶほどの集客力を持っていたという。
「井上へ行くのはお金持ちだけ」
主人はやや皮肉っぽく笑う。
「これで、長野県にはデパートが一つになってしまったと」
私は長野駅前の東急百貨店に触れようとした。
主人は唇の端をさらにつり上げる。
「松本は、長野県じゃないからね」
私はまずこの店で何か買うことにした。
(続く)

