渡辺大輔のデパート放浪記 - ペンを捨てよ、街へ出よう - (第32回 長野編その3)

 辺りに目をやると、妙に色彩が鈍く見えた。どうやら松本パルコが閉じているからだけではない。まだ午後2時前だというのに、近接する飲食店にほとんど明かりがついていないのだ。

 定休日の店が多いのかと思ったが、よく見るとそうではないらしい。入り口の扉に張り紙があって、廃業を告げている。
松本駅から5分と少し歩けばたどり着く繁華街だ。なのにこの空気の重たさは何だろう。

「これは、みんなやめちゃってるんですか」

 ちょうどパルコの暗い軒下を歩いてきた男性がいたので、例のごとく白々しく尋ねてみた。

 男性は50歳くらいだろうか。「ああ」の第一声が朗らかで、私を警戒するよりむしろ、話し相手の登場に喜んでいる様子さえあった。

「昔からそうなんだよね。この辺りは何をやってもだめってくらい、飲食店が続かない」

 聞くと男性も、ここからやや離れた所で飲食店を経営しているらしい。だから事情に詳しいのだろう。

「食べるにしても飲むにしても、お客さんの足はここに来るまでに止まっちゃうだよ。駅のすぐそばがにぎわってる」

 もしくはもう少し歩いて、松本城のエリアを目ざすそうだ。パルコ周辺はその中間地点、人は通るがとどまらない、繁華街の空洞だという。

 生気を失った看板たちを眺めつつ、話題をパルコに移す。先ほど井上のサテライト店で聞いた「パルコは松本の人間にとって自慢だった」という言葉をきっかけにした。

閉店した松本パルコ

「僕は松本で育ったんで、小さいころはあるのが当たり前だったの。大きくなって初めて、人口23万くらいの市にパルコがあるのはすごいんだとわかった」

 一方、井上百貨店へは幼い時期に親に連れられて何度か行った覚えがあるそうだ。

「昔は屋上に遊園地があったからね。そことレストランが楽しみだった」

 これから店の買い出しなのだろう。そろそろ切り上げ時かと考えつつ、山田編集長のレポートが頭をよぎり、松本市民の気質について尋ねてみた。

「やっぱりね、閉鎖的なところはあると思うよ。山に囲まれてるから、昔から外と交流があったというわけじゃないんだろうね」

 それを初対面の私に明るい口調で話しているのが妙におかしかった。

 それから男性はいったん言葉を区切り、「ここで言うのは説得力がないんだけど」と前置きをした。

「センスのいい人が多いかな。芸術にしても、商売にしてもね」

 引き留めたことを詫びて別れる。男性の背中を見送ってから、駅へ向かって歩いてみた。

 男性の言っていた通り、交差点を一つ越えただけでまるで活気が違う。ひしめく看板は昼下がりの街に光を放ち、スーツケースを転がす観光客たちに、通りの両側から呼び込みの声が掛かる。壁や窓に貼り出された紙には、日本語と共に英語・中国語・韓国語での案内が書かれていた。


 私の脳裏には、今朝通ってきた山形駅前の光景が立ち上がる。人口は松本とほぼ同じだが、山形の繁華街にはこのようなホスピタリティが欠落している。ちなみに山形市は行政主導で「日本一の観光案内所」なるものを作ろうとしているが、その前にやるべきことは山ほどあるだろう。

 チェックインの時間が近づいてきた。そういえば着いてから何も食べていない。名物を楽しむのは夜まで待つことにして、とりあえずコンビニでおにぎりと飲み物、いや正確には缶ビールを2本買った。

 駅のすぐそばのビジネスホテルに入り、部屋へ案内される。喉が渇いた。ビールで潤してからシャワーを浴びようと小さな計画を立てる。だが困ったことに、グラスが見当たらない。

 雰囲気は出ないが缶のまま飲むか。諦めて、買った2本のうち1本を冷蔵庫にしまおうとした。

 そこで再び、国宝を二つ擁する松本の接客力を見せつけられる。
(続く)