渡辺大輔のデパート放浪記 - ペンを捨てよ、街へ出よう - (第27回 富山編その9 )

もつ煮込みうどんですっかり温まった体のまま、帰りの路面電車に乗り込んだ。ソウルフードを食べたからか、土産はどんなものがあるのだろうと興味が湧き、行き先を富山駅に決めた。

路面電車の乗降場は、駅に直結している。ちょうど近くの高校の下校時間とぶつかったようで、制服姿の男女で人垣ができていた。
空に笑い声を放り投げる彼らの間を擦り抜けて、富山駅の構内を散歩してみる。土産店の看板を見つけるまでに、さまざまな飲食店を目にした。それだけ広く、機能が充実していた。
先に訪ねた岐阜市と富山市の人口を比べると、どちらも約40万人と大きく違わない。だが駅の活気だけを取り上げれば、富山が断然勝っているように感じられた。
これは岐阜がJRと名鉄とでお客を分け合っているからかもしれない。そんなことを考えていると、土産店の手前で、誰かを待っているような様子の男性が視界に入った。
年齢は60代後半といったところか。手ぶらでシャツを羽織っただけの格好なので、おそらく地元の人だろう。軽くあしらわれるのは覚悟の上で、私は男性に向かって頭を下げた。
「街の歴史に詳しい方を探しているんですが、どなたかご存知ないでしょうか」
私の暮らす山形市には、この手の話が大好きな商店主や老人が居る。普段から聞き役に困っているからか、訪ねていくと喜んで、奥からさまざまな資料を引っ張り出しつつ語ってくれるのだ。
数時間を差し出す必要はあるが、帰るころには街の姿が違って映る。富山でもそういう人を見つけられれば、街とデパートとの関係についてより深く理解できるはずだ。
「……歴史なら」
男性は一瞬、目線を上に向けてから口を開いた。
「図書館だな」
まあ、おっしゃる通りだ。
図書館の場所はスマートフォンで調べればすぐにわかるが、あえて道順を尋ねてみる。そのやりとりに雑談への入り口を探すが、男性は遠くに何かを発見したようなしぐさをして私の来た方へ歩きだしてしまった。
行く先には奥様らしき婦人が立っている。待ち合わせだったのだろう。
残念だが仕方ない。私も土産屋へ入ろうと体の向きを変えようとした時、男性がこちらを振り返った。
「この辺りは、空襲で焼け野原になったからな」
なぜそれを言い残したのかはわからない。ただ何か手掛かりをもらったような気がした。

富山市立図書館は、大和富山店からさほど離れていない。路面電車で向かってみたが、最寄りの乗降場も大和と同じだった。
何も知らなければ、外観から図書館だと思う人は居ないのではないか。縦に長い四角のパネルをいくつも貼り付けたような外壁は、日常と非日常を隔てているかのようだった。
世界的に有名な建築家・隈研吾の設計だという。ガラス美術館、富山第一銀行も入る複合ビルらしい。書棚もやはり一風変わっていて、だからか郷土資料もそわそわしているように見えた。その中から『富山市史』を始め数冊を抜き出す。
ページを繰り文字を追うにつれ、これまで眺めてきたデパートに、商店街に、人に、生々しい彩色が施されていった。
(続く)

