デパートのルネッサンスはどこにある? 2025年6月01日号-第116回インバウンドと格差社会

承前
前回(5月15日号)では、大手都心百貨店の売上ベスト10を示し、昨今のインバウンド需要の好影響を見ていった。
アフターコロナと言うコトバも既に聞かれなくなったが、そうしたパンデミック後の景気回復と、円安を背景にした日本の観光ブームを背景に、過去最高益を連発する都心デパートを列挙した。
それは髙島屋、三越伊勢丹、大丸松坂屋、阪急阪神といった都心大手4強だけではない。
100周年を迎えた松屋銀座は、老舗ながら免税売上シェア50%を超え、正にインバウンドバブルの申し子と言って良いだろう。
バブル追想
筆者はここで敢えて、「インバウンドバブル」という言葉を選んだ。
この言葉は「バブル経済の崩壊」という、我々年配者ならずとも、トラウマとなっている1991年の景気後退と、その後の長期不況から低成長期である「失われた30年」を想起させる。
そしてその最悪の副産物である就職氷河期も、当然セットである。
筆者からの「インバウンド景気に浮かれてばかりではいけない」という警戒警報のつもりだ。
バブル崩壊は、日本という国から「中流」を消失させ、結果「アーリーアダプター」とその追随者を減少させ、格差社会を生み出した。
格差社会は、経済的な貧富の差だけでなく、情報に敏感に反応し、流行や市民文化を作り出す人びとを減少させたのだ。
ご興味のある方は、本紙2025年1月1日号の「年頭所感」小見出し「中産階級の喪失」をご参照いただきたい。
※用語解説
・アーリーアダプター
(初期採用者):新しいものを積極的に試し、評価を広める層。
・アーリーマジョリティ
(前期追随者):流行を見極めて採用する層。
バブル前、日本は「一億総中流」社会と言われた。これは日本に上流が少ない事を、批判したり嘆いていたのではない。
下流がマイノリティであったこの国を誇る言葉だったのだ。
格差社会を出現させた犯人は「デフレ」という名の怪物だ。この件は後述する。
昨今の都心百貨店の富裕層シフトやインバウンド対応による「繁栄」を、筆者は批判したい訳ではない。もちろん「昔は良かった」的な話でもない。商売は「買ってくれる人に売る」しかないからだ。こんな話をすると「インバウンドはバブルではない」とか「一過性のブームではない」と反論する方もおられると思うが、一応、反省と警戒は怠りなく、という事で記しておく。
不思議なことに「バブル期」の真っただ中に居ると、人はバブルであることに気づかない様だ。後で種明かしの様に、「あれはバブルだった」と過去形で教えられるのだから、厄介(やっかい)極まりない。
インバウンド減速
本号2面に掲載のインバウンド月報を確認する。
日本百貨店協会が5月23日に発表した4月の百貨店インバウンド売上高( 免税売上高) は、2022年3月以来3年ぶりにマイナスに転じた。前月に続き2か月連続のマイナスで、前年同月比26・7%減の439億4千万円だった。
購買客数は4月としては過去最高を記録したものの、前年が2・9倍に売上が急伸した反動や、円高傾向が消費メリットを減少させ、高級ブランド品など高額品の買い控えが更に強まった。
尚、インバウンド売上高が全国百貨店売上高に占める構成比率は、国内の落ち込みがより大きく前月の8・9%から10・4%に上昇。
4月のインバウンド購買客数は、前年同月比3・1%増の52万1千人で、4月としては過去最多だった。
パンデミックや紛争といった重大事案でもなく、バブルの様に「雲散霧消」してしまう訳ではないにせよ、円安が円高に振れたり、世界経済の先行き不安がニュースになるだけで、インバウンドの「翳(か げり)」は今後も見え隠れするだろう。
例えば、後述するオーバーツーリズムや、日本人観光客との価格格差問題(ニセコ化現象)への批判もそうだ。
ニセコ化現象
ニュース等で、オーバーツーリズムという耳慣れない言葉も散見される程、我が国が本格的な観光立国に近づいた事を、筆者は実感している。インバウンド需要と価格高騰について考えるのに、格好の題材となるのが、このニセコ化現象だ。北海道ニセコ町(隣の俱知安町もそうだが)の様に、外国人観光客をターゲットにした高価格帯のサービス提供が、日本各地(の観光地)で広がりを見せているからだ。
1.高級リゾート
ニセコは、外国人、特に富裕層向けの高級リゾート地として発展し、物価の高騰が顕著な地域だ。
リフト券が一日1万円を超え、おにぎり1000円、カツカレー3000円といった価格設定は、日本人にとって驚きかもしれない。
この「ニセコ化」は、インバウンド需要に特化したサービス提供と高価格戦略を組み合わせたビジネスモデルなのだ。
価格面以外でも、京都や富士山、鎌倉(湘南)の様に来日客の一極集中による、オーバーツーリズムの深刻化は、言うまでもない。
2.インバウンド丼
豊洲市場に隣接する施設「千客万来」で、15000円の高額な海鮮丼や18000円のうに丼等が提供されており、それらの商品を「インバウンド丼」というらしい。
まったく稚拙(ち せ つ)な語呂合わせだ。個人的にはあまり使いたくない。
豊洲市場の新鮮な海鮮を活かし、インバウンド需要に特化した価格設定が、正にニセコ化現象の象徴なのだろう。
筆者には「インバウンド丼は、日本の食文化の高品質さというより、一般消費者との価格感覚の乖離を象徴している」様に見える。
外国人観光客からは、「ぼったくり放題」も許される、というイメージが強く、なんの関係もないのに罪悪感を持ってしまうのだ。
3.超高級ホテル
新宿歌舞伎町タワーの高層階のホテルでは、一室300万円を超える客室も存在し、同ビル内の飲食店も、一般的な新宿の居酒屋よりも当然高めの価格設定となっている。
更に麻布台ヒルズの「ジャヌ東京」に至っては、ラグジュアリーホテルのアマン東京の上級版だと言われても、もはや怖くて宿泊料を調べる気も起きない。
こうした、海外富裕層をターゲットにした、ラグジュアリーな空間とサービス提供も、ニセコ化の代表例と言える。
富裕層向けの高級ホテルは、日本の観光産業の新たな可能性を示唆しているものの、地域経済への波及効果や持続可能性については、時間をおいて検証する必要があるだろう。
4.都心百貨店
豊洲市場の新鮮な海鮮を活かし、インバウンド需要に特化した価格設定が、正にニセコ化現象の象徴なのだろう。
筆者には「インバウンド丼は、日本の食文化の高品質さというより、一般消費者との価格感覚の乖離を象徴している」様に見える。
外国人観光客からは、「ぼったくり放題」も許される、というイメージが強く、なんの関係もないのに罪悪感を持ってしまうのだ。
3.超高級ホテル
新宿歌舞伎町タワーの高層階のホテルでは、一室300万円を超える客室も存在し、同ビル内の飲食店も、一般的な新宿の居酒屋よりも当然高めの価格設定となっている。
更に麻布台ヒルズの「ジャヌ東京」に至っては、ラグジュアリーホテルのアマン東京の上級版だと言われても、もはや怖くて宿泊料を調べる気も起きない。
こうした、海外富裕層をターゲットにした、ラグジュアリーな空間とサービス提供も、ニセコ化の代表例と言える。
富裕層向けの高級ホテルは、日本の観光産業の新たな可能性を示唆しているものの、地域経済への波及効果や持続可能性については、時間をおいて検証する必要があるだろう。
4.都心百貨店
リゾート地や海鮮丼、ホテルだけではない。
前述した様に、我らが都心デパートも、インバウンドと国内富裕層の両方に対応するため、当然の様に「高級路線」を突き進む宿命だ。
例え先行きが不透明であろうと、今はそれしか方法がないからだ。富裕層シフトだけが、デパートの生き残る道なのかどうかは、10年後には判明するだろう。
それでは、インバウンド需要で潤っている都心百貨店は、今後どうすべきなのか。
筆者は「体験価値の提供」がキーワードとなるのでは、と思っている。
いくつか例を挙げる。使い古された表現で恐縮だが「モノからコトへ」の消費変化だ。
デパ地下の進化
百貨店のデパ地下は、訪日客にとっても大変魅力的なスポットだが、今後は単なる高級食品売場ではなく、文化体験の場として進化させる手法を考えたい。
例えば、和菓子作りのワークショップや、地域ごとの食文化を紹介するイベントを開催するなど、単なる買物以上の価値を提供できる。
※余談だが、テレビ朝日の情報番組「タモリステーション」では6月に「デパ地下」特集を放送予定だ。同番組は2022年から不定期に放送されている、タモリさん司会の教養特別番組だ。
観光目的地化
銀座や新宿の百貨店はすでに観光地化しているが、さらに一歩進めて「デパートミュージアム」のような形態を考える。
例えば「昭和100年」や人気の老舗ブランドの歴史展示や、職人技の紹介スペースを設けることで、買物だけでなく体験の場としての価値を高めることができる。
今後は都心の好立地を生かし、アニメやキャラクターのミュージアムも増えていくだろう。
多様な選択肢
百貨店は単なる「買い物の場」から「文化体験の場」へと進化することで、インバウンド需要が落ち着いた後も持続的な成長が可能になる、かもしれない。
勝手にコト消費の方向性を示唆しておいて何だが、筆者はモノを売って稼いでいた百貨店に「これからはモノよりコト消費だ。サービスで儲けろ。」という提案が受け入れられるか心配だ。
都心の百貨店は、小売りの中で「最も立地効率が高い商売」である。
「体験価値の提供」というのは、手間と時間がかかるし、スペースに余裕もない、というのが現場の本音かもしれないからだ。
サービスへのシフトは、片手間や付け焼刃では進まないだろう。簡単な道ではないし、切羽詰まってからでは遅いのだ。
百貨店各社の判断は様々かもしれない。
モノからコトへ
これまでは、インバウンドを制するものが百貨店商戦を制して来た。もちろん都心店舗に限ってだが。
問題はインバウンド需要において、モノからコトへの転換が進んだ場合、その爆買いの恩恵でピークを迎えた百貨店売上を維持するためには、どうすべきかである。
百貨店そのものがモノからコトへの変換に対応するのか、それともインバウンド売上のマイナスを補う、新しい商品や顧客を開拓するのかだ。
そして、インバウンドに無関係の地方百貨店は、更に選択肢が少ない。どうしようもないくらい少ないのだ。顧客も働き手も減っているのだから。
いつも言っている様に簡単な処方箋はないし、衰退への時間もあまり残されていない。
人口オーナス
既にお判りだと思うが、売上=客数×客単価なのだ。インバウンドという客数を増やすのか、富裕層シフトにより客単価をアップさせるしか方法はない。
インバウンド消費は、一般的に両方の数字をアップさせてくれることは言うまでもない。
地方は「都心部への一極集中」による過疎化と、政策の失敗による少子高齢化により客数が減っている。おまけにインバウンドの恩恵もゼロなのだから、トリプルマイナスと言って良い。
そして地方では、富裕層の掘り起こしにも限界がある。
※用語解説
「人口オーナス」とは、国の総人口に占める高齢者や子供の人口割合が高く、経済成長の阻害要因となっている状態を指す言葉。「オーナス(onus)」は、英語で「重荷・負担」を意味する。「ボーナス」の反対語。
少ない若年層
日本では、1990年代の半ばから人口オーナス期に入ったとされ、日本経済の「失われた30年」の裏付けとなる。
※「人口オーナス」について、詳しくは藻谷浩介著「デフレの正体」を読んで欲しい。15年前に書かれた本だ。
著者の処方箋はその優先度の順番で
1.高齢富裕層から若者への所得移転。
2.女性の就労を高める。
3.海外からの観光客と短期定住客を増やす。
であった。
2はゆっくりと3は急速に進んでいる。オーバーツーリズムやニセコ化現象が問題になるくらい。
さて、肝心の1はどうであろう。
例え所得移転が進み、若者がリッチになっても、人数が増えなければ意味がないのでは、と筆者は考える。
人口減少を食い止める、少なくとも改善する策を講じない限り、百貨店だけでなく、国が危うい。
そうではないのか?どなたか教えて欲しい。
政策決定者である為政者が悪いのか?
いや、彼らを監視しない社会、と言うか我々有権者の責任であろう。見て見ないふりをして来たのだから。
人口は減るし、貧富の差は拡大するし、何も良いことのない社会を、誰が望むのだろう。
少なくとも、若者は望んでいないはずだ。

デパート新聞編集長