松屋銀座 開店100周年 記念セレモニーに出動

 5月1日10時40分、松屋銀座本店にて開店100周年の記念セレモニーが開催された。

 古屋毅彦社長や石脇聡子本店長らが登壇し、社員や顧客、メディアに向けた挨拶の後、店頭で鏡開きなどのイベントを行った。筆者と広報部長の2人で取材に参加した。

来歴

 松屋銀座は、関東大震災の発生から1年待たずに1925年5月1日に誕生。

 前身である横浜の呉服店「鶴屋」が神田今川橋にあった「松屋」を買収、三越や松坂屋等と同じく、呉服店から百貨店に転身した典型的な老舗デパートだ。

 当時既に日本一の繁華街であった銀座に居を移し、最新設備を備えて誕生したのが松屋銀座だ。当時の建物は、建設中に関東大震災に見舞われ、今川橋や横浜の店舗も焼失したため、銀座店の開店どころか一時は経営の存続も危ぶまれた。

 その後も第二次世界大戦では空襲被害に遭い、終戦の1945年11月から7年間は進駐軍に接収されてPX(進駐軍のための店舗)になり、百貨店の営業ができなかった。

 その後も高度経済成長やバブル崩壊、リーマンショック、コロナ禍など、様々な荒波を乗り越えてきた。

 尚、大増床やロゴの変更などを経た銀座店の建物は、内装や外装の変更を加えながらも、開店当初から建て替えを行わずに現存している。

直近の成績

 4月に発表された松屋の2025年2月期連結業績は、売上高に相当する総額売上高が前年比19.3%増の1371億8400万円で、過去最高を塗り替えた。旗艦店である銀座本店の総額売上高は、前期比20.3%増の1224億円。館単位でも売上レコードを更新し、100周年に花を添えた。

 営業利益は同50.8%増の44億8500万円、経常利益は同51.9%増の44億6400万円だった。主力事業である百貨店事業が売上をけん引し、銀座店に関しては売上高が1225億円を記録。過去最高を更新した。

記念式典

 開店前の店内で実施された、社内向けの開店記念祝賀式に登壇した古屋毅彦社長は、「100年を迎え、一言を選ぶとするならば『感謝』」と口火を切り、様々な苦難を乗り越えてきた先人たちや社員、顧客、銀座の街の人々への感謝を述べるとともに、「百貨店は平和産業、色々な人びとの繋がりで百貨店は出来ている。社員、取引先、お客様、そして銀座の街の人びとにありがとうと伝えたい」とスピーチ。「つなぐ、つながる、つなげる」という100周年のテーマを強調しながら、感謝の意を表した。
※筆者は特に古谷社長の「百貨店は平和産業」という第一声を聞き、深く首肯した。長引くウクライナ、ロシアの戦争、均衡の崩れたパレスチナ、イスラエルの紛争、米中対立とトランプ関税といった国際情勢、パンデミックや巨大地震、気候変動などなど。日々の生活の中、平和な日本であることが、百貨店という商売が100年続く大前提であることに、今更ながら思い至ったのだ。

 そして、この先の100年はと言うと、既に中盤に差し掛かった「百貨店淘汰の時代」だ。それはデパートにとって「苦難の時代」であり、同時に消滅の過程なのかもしれない。おめでたいセレモニーに本当に申し訳ないが、筆者の思いはそうだ。

社長コメント

 「グループ全体で過去最高の数字を出すことができた原動力が銀座店にあったことは間違いない。しかし、世の中の変化は非常に早く、日本のお客さまだけでなく、海外の消費者の行動も日々変化している。『去年と同じ1年』はやってこない、そんな時代だからこそ、自分たちが何者なのかをはっきりと持って進んでいくことが大切」とコメントした。

 今年4月に発表した新中期経営計画の通り、

  1. グローバル都市となった銀座で、圧倒的な存在になること。
  2. リアルとデジタルを掛け合わせた「トップレベルのプレミアムリテーラー」になること。
  3. 世界中の人びとが立ち寄りたくなる世界的な観光目的地になること。(Global Destination化)

が同社の目指す姿であると説明した。

 加えて「100年を機に、改めて『お客さま第一主義』という経営方針に立ち返って欲しい。そしてお取引先や地元の皆さんとともに共存共栄の精神、人間尊重の精神を大事に常にチャレンジをしていくことが松屋らしさ」と鼓舞し、話を締めくくった。

 その後、優秀社員16名を表彰し、石脇本店長の大〆でお開きとなった。
石脇本店長の挨拶は以下参照願いたい。
https://ginza100thmatsuya.com/post/1/ 

松屋銀座 店長・石脇より、100周年のごあいさつ ―松屋銀座100周年 
※筆者の担当する4面コラム「デパートのルネッサンスはどこにある?」の5月1日号でも言及しているが、昨年2024年は確かにインバウンド景気の高まりにより、都心の大手百貨店は軒並み「過去最高益」を更新し続けた。

 但し前述した世界情勢の変化により、直近2か月のインバウンド売上には早くも「翳り」が見え始めている。パンデミックからの捲土重来を果たした都心デパートにも、トランプショックの影響は出始めているのだ。

 「プレミアムリテーラー」や「グローバルデスティネーション」は東京銀座「だからこそ」の価値である。地震も戦争も不景気もパンデミックも乗り越えた、と胸を張るのは結構だが、インバウンドの一本足打法は「危ういのでは?」と危惧している。お祝いに水を差す様で申し訳ないが。

 筆者はインバウンド復活に縁がなく、忘れられたまま、次々と閉店していく地方の中規模百貨店をいくつも見て来ているからだ。
いかんいかん、今日はめでたい100周年イベントの取材だった、話を戻そう。

お出迎え 鏡開き

 11時の開店に合わせ、店頭では古屋社長や石脇本店長ら役員や社員が法被はっぴ姿で自ら来店客たちを出迎えた。古屋社長の対談や松屋銀座の歴史が収められた100周年記念冊子などの記念品を配布する広報の社員たちは、全員松屋のロゴマークTシャツを着用していた。

 その後、正面口外の特設スペースで、銀座の若手経営者による地元青年団体「銀実会」の露木佐瑛子理事長(天ぷらの銀座天國5代目)、呉服店「銀座もとじ」の2代目、泉二啓太代表取締役社長、「銀座松﨑煎餅」の松﨑宗平代表取締役社長といった、ともに銀座を支える経営者を迎え、メディアの前で鏡開きが行われ、来店客に升酒を振る舞った。

迎接(げいせつ)と相互敬礼

 実は、筆者は松屋銀座(の広報部)とは「はじめまして」ではない。
2025年1月12日にBS―TBSで放送された「関口宏のこの先どうなる!?」を本紙2月1日号で紙上再録した。そこで脱デパート化を目指す近鉄百貨店とともに番組で取り上げたのが松屋銀座だった。番組のインタビューの中で古谷社長は「デパートで大事なこと」として「迎接」を挙げていたことを思い出した。

 お客様対応(挨拶、接客、接遇)であり、顧客との関係性まで含めた意味を持つ。コンビニやファミレスの無人レジや配膳ロボットとは真逆の方向性と言える。

 周年式典の始めと終わり(開式と閉式)には「相互敬礼」と式次第に大書してあった。礼に始まり礼に終わるのは、武道だけではなく商道(あきないのみち)もそうなのだ。日本の礼儀作法であり、元は仏教に由来する言葉だと言う。こちらも文字通り頭が下がる。囲み取材で、今後の100年に向けた地域貢献について問われた古屋社長は「『銀座に本店をもつ唯一の百貨店』として、そして銀座に店を構える商店の一つとして、街の方々とコミュニケーションをとりながら、これからも街を盛り上げていきたい」と話した。

記念イベント

 4月29日から5月1日まで「松屋銀座開店100周年アニバーサリーウィーク」と題し、様々なイベントを展開した。

 出入口5ヶ所に、100周年を彩る奈良の伝統麻布「奈な らざらし良晒」で仕立てたのれんを設置。「麻(魔)を除ける」という意味から、商売繁盛につながると言われる。ちょっと話がそれるかもしれないが、数ある百貨店の中でも「デザインへのこだわり」は松屋の真骨頂というべきかもしれない。
21世紀を迎えた2001年から、多くのラグジュアリーブランド導入、それに伴い2006年には館(建物)全体を現在の「白い箱」にリニューアルした。建物をギフトボックスに見立てたのだ。この外観の「先見性」は大いに評価したい。

 但し、天井が低く、内装が古くなっていることもまた事実であり、その辺は次の100年ではなく5〜10年ぐらいで解消して欲しいと思う。
※天高は無理かもしれないが。

 もう一つ褒めたいのは、地元の人気店である、木村家、煉瓦亭、三笠会館、銀座アスターとコラボした「銀座をつなぐコッペパン」の販売や、限定スイーツなど、デパ地下発の企画も目立ったことだ。それらは百円〜千円単位から購入できるので、幅広い客層に支持される様にと考えた松屋の気配りが感じられる。

オリジナルグッズ

 縁起物でもある松と鶴のモチーフをデザインした松屋の社章「松鶴マーク」をモチーフに銀座店開店当時のロゴの復刻デザインを採用したオリジナルハンカチ(1980円) 同トートバッグ(4400円)、マグカップ(2750円)などを1階正面スペースにて販売。(5月13日まで)こうして、2026年2月28日までをアニバーサリーイヤーとし、「つなぐ、つながる、つなげる」をテーマとしたコンテンツを継続していくという。
※蛇足だが、店内で一番にぎわっていたのは、8階イベントスクエアで行われていた「生誕70周年記念 ミッフィー展」であった。おなじみのディック・ブルーナによる、うさぎのキャラクターだ。世はまさに「IPコンテンツ」時代であるが、癖がなくシンプルで上品なミッフィーは、デパート顧客の年齢層とのマッチングも良く、その人気は別格で絶大だ。5年毎に実施なので60周年65周年も東京開催は松屋銀座だった。

 最後に、今回100周年記念式典にお招きいただいた、株式会社松屋の矢吹直子広報部長に改めてお礼を言いたい。そして広報部の小笠原専任係長には松屋銀座のデパ地下で人気のスイーツ「ミルフィユメゾンフランセの銀座アヴェニュ」を教えて貰った。本当にサクサクで美味しかった。

文:編集長 山田悟

撮影:広報部長 山口清秀