年頭所感 デパート新聞編集長 山田悟

 日本のデパートが衰退し、「絶滅危惧種」と化しているのには、様々な理由が考えられます。

 先ずは、ちょっと宣伝めいて恐縮ですが、筆者はBS-TBSの情報番組「関口宏のこの先どうなる!?」にデパート新聞編集長として、出演させていただきました。

 今回のテーマは「デパート」。1月12日(日)の昼12時に放送を予定しております。

 番組では、デパートの歴史、現状、衰退、そして未来について語らせて頂きました。

 是非そちらも併せてご覧ください。それでは本題に入ります。

デパート衰退の原因

デパート(百貨店)の衰退には様々な原因が考えられます。

  1. 購買チャネルの多様化 → 大型SCなど競合施設の乱立+ネット通販の台頭
  2. 人口減少と社会構造の変化 → 少子高齢化による若年層の減少、地方の過疎化
  3. 貧富の格差の拡大(中流の消失)による、消費マインドの長期低迷とデフレ不況

原因1と2は良く目にしますが、実は3も非常に大きな社会課題です。

 結果として、都心と地方で、デパートは二極化してしまいました。

×地方独立系百貨店は、不採算店舗の増加により閉店連鎖が進行。

◎都心の大手百貨店は、インバウンド需要が戻り最高益を更新。

中産階級の消失

 デパート衰退の原因として考えられるのがこの国の「社会構造の変化」なのですが、端的に言うと、消費マインドの低下は、「モノを買う事に『喜び』が伴わない事」なのです。日本全体になんとなく蔓延しているあきらめムードや、停滞感の正体もそうです。日本に「暇があって、小銭がある人」が減った結果、1億総中流時代が終わり、失われた30年で日本は貧しくなった。という仮説を検証したいと思います。ここで、最近筆者が読んだコラムにヒントがありそうなので引用します。

※2024年7月に掲載された内田樹さんの著書を紹介した東洋経済オンラインの記事より抜粋

 今の日本ではアーリーアダプター層(真っ先に流行に飛びつく人びと)がどんどん少なくなくなっています。アーリーアダプターの条件はただ「変化に対する感度がよい」というだけではなく、「暇があって、小銭がある」というのが必須の条件です。

 朝から晩まで働き詰めで、かつ財布が空っぽというような人は「新しいこと」なんかに興味を持つことができません。この「暇があって、小銭がある」人たちが一定数存在するためには分厚い「中産階級」が必要です。アーリーアダプターは「中産階級の副産物」だからです。

 戦後のイギリスそして西欧は「ゆりかごから墓場まで」の手厚い福祉制度を整備しました。その結果、それまで文化資本にアクセスする機会がなかった労働者階級の子どもたちの中から大学に進学したり、楽器を演奏したり、絵を描いたりする者がでてきたのです。それはもちろんアメリカも同様です。

 1950年代末から1980年代末までの30年間の日本もその状態に近かったと思います。活気があったのです。今の日本が失った最大の人的資産はこの「アーリーアダプター」イコール「暇と小銭がある人たち」だと思います。イノベーションは「中産階級の副産物」なのです。

 今の日本だと、こういう人たちはたぶん「寄生虫」とか「フリーライダー」とか呼ばれて排除の対象にしかなりません。それなら、今の日本から「新しい世界標準」が生まれるチャンスはほとんどないと言って良いと思います。

日本に「暇があって、小銭がある人」が減った結果 https://toyokeizai.net/articles/-/773986?display=b

用語解説 : アーリーアダプターは、マーケティングの考え方のひとつであるイノベーター理論に登場するコトバ。新商品・サービスを購買するタイミングによって顧客層を5つのグループに分けた際に、イノベーターに次ぎ2番目に早く購買する層。この層は市場全体の13・5%を構成し、流行に敏感で、自ら情報収集を行い判断する。新しい商品やサービスなどを早期に受け入れ、他の人々に評価を広めるため消費者に大きな影響を与えるため、マーケティングにおいては、特に重視すべき顧客層とされている。これで百貨店が1991年をピークに、30年かけて衰退してしまった理由がほぼ判ります。

都心であっても

 冒頭に申し上げた、「関口宏のこの先どうなる⁉」の中でも解説していますが、大都市圏に本店のある大手百貨店4強、三越伊勢丹、大丸松坂屋、髙島屋、阪急阪神は、富裕層への注力とインバウンド需要により、生き残れると思います。だとすれば、東京、大阪、とその周辺(横浜や京都など) 、札幌、仙台、名古屋、福岡以外の都市ではデパートは生き残れないかもしれません。

 それは広島クラスの中核都市であっても状況は厳しく、例えば四国ではデパートがゼロになる公算が小さくないと思われます。逆に九州は福岡以外にもサバイバル可能な百貨店は考えられます。例えば、熊本の老舗デパート鶴屋はTSMCの進出を機に、外商強化に舵を切り、新たな富裕層の囲い込みに注力しています。今後も同様のケースは増えるかもしれません。都市部の百貨店の命運は、正にその都市の生き残りにかかっているのです。

用語解説 : TSMC Taiwan Semiconductor Manufacturing Company, Ltd. は、中華民国 ( 台湾) にある世界最大の半導体受託製造企業(ファウンドリ)。世界初の半導体専業ファウンドリであり、世界で最も時価総額の高い半導体企業の一つ。1987年創業。

 熊本空港の北側に位置する、人口4万人余りの菊陽町にTSMCの巨大な新工場が2024年2月に完成。敷地面積は20万平方メートル。投資額は日本円で約1兆2900億円。

 因みにTSMCの新工場がもたらす熊本県内への経済波及効果については10年間で7兆~20兆円上ると試算されています。もちろんこれは大変稀有な例ではありますが。

デパートは不死鳥か?

 ご推察の通り、都心デパートは富裕層シフトに加え、インバウンドの回復により「我が世の春」を謳歌しております。翻(ひるがえ)って地方デパートは取り残されたままです。

 富裕層シフトがすべてのデパートにとっての「万能薬」でないことは、自明です。

 また、地方デパートの処方箋は、当然ですがその症状(原因)により様々です。

 高度経済成長下の日本の消費は「1億総中流」と呼ばれ、ちょっと背伸びをしたいと思う一般消費者がデパートに足を向ける世の中でした。それがバブル終息からの「失われた30年」で小売りの王様であったデパートは衰退し、折悪しくコロナがとどめを刺した格好です。

 現代は、良く言えば「多様性の時代」なのですが、その実態は、デパートがいろいろな選択肢の一つになってしまったということなのです。デパートでなくてはならない「強烈な理由」がなくなってしまったのです。「客を集め売上を上げるのに、百貨店という業種にこだわる必要はあるのだろうか?」東急も小田急も、そして近鉄もそう考えている様です。

 原因は「貧富の格差」の増大ですが、マス消費者にとって、それは「貧困化」とイコールなのです。今は富裕層というマイノリティを相手に商売順調の都心デパートも、決められた小さなパイの奪い合いはそう長続きしないでしょう。日本がシンガポールの様にみんなが金持ちの国になれるなら別ですが。

 解決策の一つは人口増加です。但し、前首相が「異次元」の少子化対策と銘打ち、対策を実施しましたが、お金を使った割には誰も成果があったとは思っていませんし、そもそも政治は30年間なにも出来ていません。

 そういう意味で言えば、都心も地方もなく、デパートの将来は明るいとは言えません。

 そして、デパートは日本という国を映す鏡なのかもしれません。

 日本の国同様、ガラパゴス化して、果てはシーラカンスになって絶滅してしまうのか、それとも生存競争の過程で恐竜が翼を得て鳥類に進化した様に、大空を羽ばたけるのか。

 筆者とデパート新聞は、僅かな希望であっても、後者の可能性を信じて行きたいと思います。「デパートが衰退し日本は貧しくなった。」のではなく「日本が貧しくなって、デパートも衰退した。」のでしょうか。まあ、鶏も卵も鳥には違いないですよね。

「関口宏のこの先どうなる!?」

https://bs.tbs.co.jp/konosaki/

毎週日曜ひる12:00~12:54 BS-TBSで放送中 
◇ <司会> 関口宏  <解説> 西内啓(統計学者)
「AI」「医療」「環境問題」「食の安全」など気になる話題すべてをテーマに、世界が抱える〝今〟の問題と、私たちの生活および日本の〝未来〟を紐解いていく。
●2025年の第一回のテーマは「デパート」♯35
1月12日(日)12時からの放送に、デパート新聞山田編集長が出演します。
番組では、編集長がデパートの歴史から現状、衰退、そして未来について語ります。
是非ご覧ください。
※1月13日から1週間はTVerでもご覧いただけます。