渡辺大輔のデパート放浪記 - ペンを捨てよ、街へ出よう - (第10回 岐阜その4)

すでに30人ほどが列を作っていた。2024年7月31日の午前8時半、この日で47年の歴史に幕を閉じる「岐阜タカシマヤ」の正面玄関前だ。
先着470人にバラの花が贈られるのだという。行列はそのためか。よそから訪ねてきた私が加わるのは図々しいかと思いつつも、これも仕事のためなどと言い訳をして最後尾に並んだ。
岐阜に着いたのはその前日だった。5月に初めて柳ヶ瀬商店街を歩いて以来2度目だ。ホテルに荷物を置いて、柳ヶ瀬に向かったのが午後4時前だったろうか。
道すがら、バラ柄の紙袋を提げて歩いてくる人の姿をいくつも見た。タカシマヤの特約駐車場近くには警備員が立っていて、空き待ちで連なる車を誘導している。明らかに、ふた月前とは街の様子が変わっていた。
劇場通りのアーケード下、タカシマヤの正面玄関前には、スマートフォンを目の高さに掲げて撮影する人々が居る。その横を過ぎる通行人の中には、彼らを見てか、もともとそのつもりだったのか、少し足を止めてレンズを向ける姿も多かった。
その間にも玄関のガラス扉は、たくさんの人を迎えたり見送ったりしている。ただし人々の動きは直線的で、柳ヶ瀬商店街を回遊しているようには見えなかった。
中に入ってみる。5月には閑散としていた売り場も、あちこちに人の固まりができていて、話し声もにぎやかだ。見回してみると、多くの棚や商品に割引の札が貼ってある。これを目掛けて集まってきたお客も多いのかもしれない。
化粧品売り場だけが静かだ。ディスプレイは整然として、その奥に立つスタッフも上品な雰囲気を放っているというのに、妙だった。以前はむしろここにお客が居たのにと不思議に感じながら歩く。そうしてみて分かった。飾ってある化粧品は、そのほとんどに売り切れの表示がされているのだ。ここについては、すでに別れのあいさつを終えた後なのだろう。
普段から比較的にぎわっている地下の食料品売り場にも、当然ながら群れができている。だが生鮮食品は仕入れを終えているのか、空になっている棚も多かった。その中に、ひときわ目を引く行列がある。「御座候」を買うために待つ人々が作ったものだった。「1時間以上かかるって」 一番後ろに並んだ50代くらいの女性は、長蛇の列への驚きを顔に浮かべる。それもそうだ。列はすでに売り場をはみ出して、1階へ続く階段の踊り場まで伸びていた。
「御座候」とは、小麦粉で作った生地であんこを挟み、丸い形に焼いたものだ。「大判焼き」や「回転焼き」など、地域や作る店によって名称が変わる。ちなみに山形では「あじまん」の名で親しまれている。
「小さいころから、親がここに来たら必ずお土産に買ってきてくれたの」一つ税込110円、中身は粒あんと白あんの2種類だ。岐阜県内で買えるのはここだけだという。それでこの大行列ですかと尋ねてみると、電車に20分乗ればJR名古屋駅直通のタカシマヤでも売っていると教えてくれた。
「御座候はね、他のと比べて中身がおいしいの。昔から食べてるからそう感じるのかね」
その説明に食欲をそそられたが、他に回るべき場所も考えていたので、さすがに1時間以上待つのは難しいと一旦タカシマヤを後にした。
その私が、明くる日になって開店前の列に加わったのだ。まだ1時間半もあるのにと自らに皮肉を言っていると、次第に背後にも人が増えてきた。
午前9時半が近づいて、劇場通りに分厚い人垣ができる。私もその一部だ。どうやら先着470人はここで締め切りらしい。7割ほどが女性だろうか。私のすぐ後ろに居る70代くらいの婦人が、誰かと電話でしゃべり始めた。
「あたしはずっと前から並んどるよ。あんたと違って行動派なの。後で、もらったバラの花見せびらかしたるわ」
間もなく玄関の扉が開かれる。
その日、私は盛大な葬式を目の当たりにした。
(続く 4/6回)
