英雄たちの経営力 第10回 荻原重秀 その1

毛嫌いされた男

 本稿の主人公の荻原彦次郎重秀ほど「毀誉褒貶(きよほうへん)」という言葉が当てはまる人物も少ないだろう。江戸時代を代表する経済官僚で、その優秀さは比類なく、また携わった仕事のほとんどを成功裏に終わらせ、何ら責められる理由はないのだが、どうしたわけか一人の男に偏執(へんしつ)的に付きまとわれ、稀代の悪人にされてしまった。

 その男の名は新井白石。押しも押されもしない江戸時代中期を代表する大政治家にして大儒学者である。白石は自分の考えや業績をまとめた膨大な著作を残したことで、後世の人にも知られることになり、今日でも高く評価されている。

 一方の重秀は何ら著作を残さず、その評価は後世の史家の手に委ねるしかなかった。

 白石はなぜ重秀を毛嫌いしたのか。本稿では重秀の事績をたどるとともに、白石がなぜ重秀を葬り去ることになったのかを解明していきたいと思う。

 なお重秀については村井淳志著『勘定奉行 荻原重秀の生涯 ―新井白石が嫉妬した天才経済官僚』(集英社新書)、高木久史著『通貨の日本史』(中公新書)、磯部欣三著『佐渡金山』(中公文庫) に、白石については自身の著で桑原武夫訳『折りたく柴の記』(中公クラシックス) と宮崎道生著『新井白石』(吉川弘文館) に負うところが大きい(敬称略)。

続きは本誌紙面を御覧ください

伊東 潤