デパート破産 第6回 ~山形県からとうとうデパートの灯が消えた~
「今日、大沼がつぶれます」
日曜の夕方に差し掛かろうというころ、彼は私の店に突然やって来てそう吐き出した。
いつもは催事場で、責任者として、また配膳や接客係として朗らかに振る舞っていた彼だ。その顔には一見すると笑みが浮かんでいるが、現実感のなさと、私への気遣いに由来するものなのだろう。
私も同じだった。一瞬にして債権者となり、それが回収できないものだと悟った。だが落胆以上に、320年続いた老舗が何ら予告なくが倒れるという衝撃と、私よりずっと過酷な状況にある目の前の彼を案じる気持ちとを、混乱に化けさせないようにするので手一杯だった。
̶̶本日が最後の営業となりました。
彼から口止めされ、その約束は守ったが、嗅ぎつけた地元テレビ局によって、その夜に報じられた。各家庭の動揺は、SNSに写し取られた。
私の携帯電話に、さっきの彼からメッセージが入る。「食品は、持ち出してもいいそうです」
建物内の一切は差し押さえの対象だそうだが、賞味期限のあるものは例外ということなのだろう。確かに、腐敗してしまっては換金ができない。彼の情報に従い、翌日の午前中に大沼へ向かった
裏の搬入口はシャッターが降りている。守衛らしき人に尋ねると、1時間に1度しか開閉しないそうだ。辺りに業者風の男たちがたむろしているのはそのためか。しばらく待つと、金切り声を響かせながらシャッターが上がり始めた。
隙間が腰の辺りまで広がった時、中から身を屈めて擦り抜けてくる人影があった。箱を抱えている。地下から商品を回収してきたのだろう。食品会社の制服を着ている。目が合うと、私の店も担当している男だと分かった。
̶̶大変なことになりましたね。
互いに目配せだけでやりとりをした。
やや頭を下げてシャッターをくぐる。地下への階段を降り、売り場に入ると、自分の商品が陳列されている場所に直行した。
所々、棚が歯抜けになっている。その光景が「もうここにお客を迎えることはないだ」と語っていた。持参した箱に商品を詰める。1分にも満たない作業だった。
さて、と辺りを見回した。再びシャッターが持ち上がるまでにはまだ時間がある。大沼デパートの中を眺めるのはこれが最後かもしれない。いまだ続く動揺が感傷を遮ったが、がらんとした空間はむなしさそのものだった。
何かが聞こえた。はなをすするような音だ。そっと近づいてみると、私服姿の女性が数人、小さな輪を描くように座っていた。皆、背中を曲げている。その中の1人が、大きく肩を上下させていた。
私に掛けられる言葉などない。物音を立てぬよう注意を払いながら、売り場を後にした。
結局、シャッターの前で待つことになった。時間はまだまだある。搬入口の内側に焦点を迷わせながら、夜のために仕入れや仕込みの段取りなどを考えた。こうやって、何ら飾り気なく日常は戻ってくるのかもしれない。ふと、誰かの靴が階段を鳴らした。
上から降りてくる。しかも数人だ。やがて現れたのは、スーツ姿の男女だった。女性がシャッターの操作盤に近寄る。守衛の制止はない。間もなく、耳障りな甲高い音が響いた。
覚悟していたよりもずっと早く、外の景色を拝むことができた。床に置いていた箱に手を伸ばすと、スーツの集団が日の光に向かって歩いた。笑い声がする。発したのは、集団の中で最も年長に見える男だ。
商品を抱える私に一瞥もくれず去っていったその男は、大沼デパートの社長だった。