「バンクシー展」の同時代性 - デパート新聞編集長の特別コラム


山陰初【バンクシー版画展】JU米子髙島屋にて開催
前号(10月1日号)にて、JU米子髙島屋にて開催された「バンクシー版画展」の告知記事を掲載した。山陰地方で初となるバンクシー展ということもあり、今月13日に盛況の内に幕を閉じた。米子の髙島屋といえば、本紙「デパート新聞」が三重県津市の松菱百貨店にて常設展開している「選べるガチャガチャランド」の夏休み催事を実施している。因みに開催期間は7月16日(水)〜8月17日 ( 日) だったが、好評につき8月30日(土)まで延長した。丁度、今回バンクシー展が開催された同じ4階の催事スペースで実施した。そういった「ご縁」もあり、今回は筆者なりにこの催事の意義について語りたいと思う。今展はWCP(ウエスト・カントリー・プリンス)によって制作されたバンクシーの新作版画の発表展であり、バンクシーがパレスチナの壁に描いた「花束を投げる少年(フラワースローワー)」、戦禍のウクライナに残された「JUDO」など、日本初上陸となる特別版の新作版画6作品のほか、初期のリプロダクション版画60点以上を一堂に集めた。
版画の価格は30万円から様々だが、一番高い作品は1500万円というから驚きだ。例え複製と言っても、さすがはバンクシーである。尚、「複製」については後述するが、版画作品以外のグッズを含めると、価格帯は大変幅広い。例えば、一番人気のポスターは1枚1万円で購入出来るのだ。
※WCP
バンクシーはその人気の高さゆえ、偽物も多く出回っているが、今回の作品はバンクシーのリプロダクションを長年にわたり制作、販売しているイギリスの West Country Prince( 通称W C P )によって、バンクシーの初期の作品と同等の方法で忠実に再現されたもので、裏面にWCPのロゴとシリアルナンバーが入っている。(一部除外品あり)
同時代性


バンクシーとそのアート作品の特異な点は、その作品が出現することによる影響力と、その事象(作品)が現在進行形であることだろう。※ここでは、複製やプリントは芸術作品なのか、という問題には言及しない。筆者の専門の埒外であるからだ。只、一つ申し上げるならば、複製は贋作ではない、ということだ。
そうでなければ、一般大衆が芸術にアクセスする事が非常に困難になる一方だからだ。そういう意味でも、バンクシーは「現代」アートの旗手なのだと思う。
彼の作品は、それが発表されたとたんにニュースになる。そんなアーティストが今までいただろうか。
風刺画
シロウトの大雑把な発言なので、ご批判は勘弁して欲しいが、バンクシー作品は「政治批判」や「人類のアイロニー」を描いたモノであり、筆者は一種の「風刺画」だと認識している。昔は新聞の3面や週刊誌の巻末にも載っていたあれだ。そういう意味では、かつてロック(音楽)が、当時の政府を批判したり、戦争反対のムーブメントを主導したことに近い姿勢をバンクシーに感じるのだ。
そして作品(レコードであれ版画であれ)は再生産され拡散される。それは作品であると同時に「情報」であり、我々民衆(庶民)が「知るべき」モノなのだ。
民主的な国では、市民が政治を、そしてその担い手である政府を批判することが出来る。それが民主的である事の必要最低限の要件であろう。我が国に隣接する二つの超大国で、それが国民に許されているのか、問うてみればわかる。
権力者
いや、我が国と同盟関係にあるもう一つの超大国であっても、最近そこのトップは、自分の気に食わない意見はすべて「フェイクニュース」だと言って否定し、自分勝手に関税を上げたり下げたりするから、前述した二つの超大国と代わり映えしないかもしれない。「大国で権力を持つ」というのは、そういうモノなのだろう。
ちょっと怖い話になってしまった。大丈夫だろうか。
もし、来月11月1日号の紙面に、筆者の記事が載っていなかったら、賢明なる購読者諸氏は、いろいろと察していただきたい。それでも、他言は控えた方が良いと思う。これが筆者の最後の忠告にならない事を願いつつ。

デパート新聞編集長
