渡辺大輔のデパート放浪記 - ペンを捨てよ、街へ出よう - (第30 回 長野編その1 )

 デパートにとってこんなにも残酷な街を、私は初めて見た。

 以前に岐阜市柳ケ瀬を訪ねた時も、名古屋へ電車で30分足らずで行けてしまうという環境に驚いた。だが今回の目的地である長野県松本市の場合は、駅から歩いて15分ほどで巨大なイオンモールに着いてしまうのだ。

「車を運転できる人は、イオンで買い物してるよ」

 これまで岐阜以外にも、弘前、郡山、富山などさまざまな地方都市の中心商店街で聞いてきた言葉だ。私の住む山形市でも飽きるほど繰り返されている。対して松本は、駅前商店街の一角にイオンモールが組み込まれていると言ってもいい。そんな条件下に置かれた「井上百貨店」は今年3月末、「松本パルコ」はそのひと月前に、どちらも閉店という結果を迎えた。

イオンモール松本

 私が松本駅で電車を降りたのは、2025年6月の昼過ぎだった。改札を出てすぐ目の前に観光案内所が見える。扉を開けると、明るいあいさつで迎えられた。周辺地図やパンフレットを集めつつ、カウンターの奥に座る50代くらいの男性に話し掛けた。

「井上百貨店は閉めてしまったんですか」

 連載も1年を過ぎて、自分のわざとらしさが恥ずかしいという感覚も麻痺したようだ。もらったばかりの地図にわざわざ人さし指を置いてみせる辺り、すっかり板に付いている。

 男性は井上とパルコそれぞれを惜しむ言葉の後で、やはり「みんなイオンに」と続けた。隣に並ぶ20代後半らしき女性二人も、互いに目線を交わしながらうなずいている。

 イオンには売っていないもの、つまりデパートで買っていたものが欲しい時はどうしているのか聞いてみる。男性は「東京で」と答えた。先だって掲載された山田編集長の取材記事と同じ反応だ。


「若い人は高速バスで3時間くらいかけて出掛けてるみたいです」

 男性の言葉に、当の「若い人」である女性二人が同意した。

 彼らの様子からして、井上やパルコがなくなったからという感じではない。ずっと以前から、そうしてきたのだろう。

 特別急行列車を使えば松本から2時間ほどで名古屋に着くのだが、そちらの選択をする人はほとんど居ないという。

「実家が向こうにある人くらいだと思います」

 女性の一人がそう付け加えた。

 案内所を出ると、大きなスーツケースを転がす外国人たちの姿が見えた。お目当ては国宝・松本城だろうか。

 松本市の人口は、令和7年6月1日現在およそ23万3千人で、山形市より数千人少ない。だが駅構内の垢抜け方、平日でも3人をそろえる観光案内所などからして、人の流れは圧倒的に松本が多いのだとすぐにわかる。これは「松本城」「旧開智学校校舎」と二つの国宝を街に備えるがゆえだろう。同じく国宝である善光寺を擁する長野市とは電車で1時間ほどの距離なので、これらをセットで観光しに来るお客も多いはずだ。

 市街地に面する「お城口」を出ると、正面に構えるビルが、1階の袖看板に見覚えのある文字を並べている。

 ——桜井甘精堂。

 大和富山店の「全国うまいものフェスタ」で、モンブラン・ソフトクリームが人気だった店だ。あの時はお客の多さに遠慮してしまったが、あそこへ行けば同じものが食べられるのだろうか。

 そんなことを考えながら視線を上げていくと、屋上看板には観光客を待ち構えていたような文言が記されていた。

 ——ご当地グルメも、松本文化も。

 広告主は「イオンモール松本」だ。

「残酷だな」

 つい口から漏れる。

 まずは井上百貨店の跡地へ向かうことにした。

(続く)