渡辺大輔のデパート放浪記 - ペンを捨てよ、街へ出よう - (第25回 富山編その7 )

心の距離を態度として素直に表す。
これを富山の「県民性」または「市民性」として大半の人に当てはめるのは乱暴だろう。だが私がこの街を歩き始めて触れた人々には、そう受け取れる振る舞いが見られたし、だから初めこそ萎縮もしたが、うそ臭さのない人柄に今はむしろ親しみと憧れを覚えていた。

酒屋を出た後、街のまだ見ていない場所を求めて小さな道に入りながら散歩をした。工事中の中央通り周辺もそうだが、デパートを擁する総曲輪商店街も、しばらく開いていないであろうシャッターが目立つ。
——25年も前ならね、この辺りはまだ人が多かったんですよ。
先に話をした紳士服売り場の男性の言葉を思い出した。だからか、自然と足は大和富山店の方へ向いた。
正面玄関を視界の真ん中に入れた時、ちょうど左手から歩いてきた老婦人が何かを地面に落とした。ハンカチだ。
「あら、気づかんかった。ありがとうね」
落とし物を拾った立場からコミュニケーションが始まったのは幸運だった。これなら会話が続くかもしれない。
「今日は、デパートですか」
変にかしこまっても、逆になれなれしくても遠ざけてしまうだろう。自分なりに素直な口調で雑談を仕掛けてみた。
「普段はほとんど来ないんだけどね。今は食べ物の催しがあるでしょう」
いい感触だ。
婦人はどうやら「全国うまいものフェスタ」のためにやって来たらしい。普段に近いその格好を見るに、ついでに他の売り場も回っていこうという気はないのかもしれない。
「年に1回か2回、これがある時だけ」
痛みからか、婦人は右膝をなでた。
「何かお目当てがあるんですか」
お勧めを教えてほしいという感じを込めて、私は会話の継続を試みる。
婦人は吹き出すように小さく笑った。照れなのか、よくぞ聞いてくれたということなのかはわからない。いずれにせよ、この雑談はうまくいきそうだ。
「あれが好きなのよ。『おやき』。必ず買うの」
その響きに聞き覚えはあるし、何となく形状を想像できるが、食べたことはない。
「私も買いに行ってみます」
愛想でなく、本心からだ。社交辞令めいた言葉はこの街にそぐわない。
婦人がまた膝をさすったので、つい「大丈夫ですか」と声を掛ける。婦人「年よ、年」とまた笑った。
「でも、あれがあるから助かってる」
婦人が振り向いた先には路面電車の乗降場があった。
右足をかばいながらデパートの玄関をくぐる婦人を見送り、しばらくして私も催事場へ向かった。

相変わらずお客同士が肩をぶつけて歩くほどの盛況で、かつての表通りもこうだったのだろうと想像する。マラサダドーナツ店の行列はやはり群を抜いていた。
人と人との間を擦り抜けながら、看板の一つずつに焦点を移動させる。見つけた「おやき」の店は、マラサダほどではないにせよ、10人ほどが並びにぎわっていた。
最後尾に加わる。列に先ほどの婦人の姿は見当たらなかった。待っている間に「おやき」について調べ、長野県の郷土料理であることを知った。山形の「あじまん」や岐阜で知った「御座候」のようなものを頭に浮かべていたのだが、あんを入れたものだけでなく、旬の野菜を入れるものもあるらしい。順番が来たので、それらを一つずつ求めた。
外のベンチで高菜入りのおやきを頰張る。甘辛く味付けされたそれは、長野の地酒と合わせてみたいと私のだらしない欲求をかき立てた。
あの婦人とのやりとりがあって、今こうしているのだ。失敗続きではあったが、ようやく富山という街に近づけた気がした。
そしてふと考える。富山の「ソウルフード」は何なのだろう。
(続く)

