パフェ屋のパフェ子さん ~梅菱百貨店不思議喫茶室~ 第一話 世界一甘い桃のパフェをカレースプーンで食べる(10)
もし、彼女の言う通りこのお清めスプレーや熱海レモンミストを作っているのが彼女の会社で、彼女がオーナーや役員なんだとしたら……
(あの大ヒット商品の会社の、社長⁈ パフェ子さんが⁈)
思わず、パフェ子さんの背中をじいいいっと見てしまう。
テーブルの上にテスターのボトルが並べてあったので、思わず手に取って裏のラベルを見た。伊勢の塩お清めスプレーの会社は『株式会社ENGIMONO』、一方熱海のレモンミストは『ココロファースト』。
(違う会社だ。ENGIMONOは縁起物ってことよね、レモンミストのほうは、心が一番ってこと?)
普段はほとんどしないネット検索というものにチャレンジしてみる。スマホで検索サイトを開いて、ぽち、ぽちと人差し指で一ひ と文字ずつ打ち込んでいく。これが面倒なのでほぼやったことがないのだが、この時ばかりはどうしても知りたいという欲のほうが勝っていた。
(株式会社ENGIMONO……、これだ。ちゃんとホームページがある……)
少し和風のデザインのシンプルな白を基調としたサイトに、さまざまな商品が掲載されていた。トップページには百貨店への出店スケジュールがずらりと並んでおり、今がちょうどお中元シーズンというのもあってか、ギフトセットが一番プッシュされているようだ。
商品はさまざまだが、コンセプトははっきりしていた。沖縄のユタが修行する山の湧き水で作ったサイダーもあれば、ゲンを担いだ合格祈願のお守り、果てはマルタ島の近くのゴゾという島にあるという奇跡のマリア教会のメダイまで売っていて、宗教的というより、本当に縁起の良いものをかき集めた、という感じ。
試しに祥世は今の気分のまま、〈自信がない・不安だ〉というボタンをタップしてみた。すると、『金運があがる縁起物』『縁切りグッズ』などが出て来てさらに驚いた。
(確かにこれは、欲しくなるわ……)
どの商品も縁起物と言われるようになった理由だとか、ご由緒などが説明されていて、なんなら現地で手に入れる方法、場所まで掲載されている。これを見れば、このサイトでわざわざ通販しなくても自分で旅行がてら買いに行けるだろう。
これでお金になるのだろうか? 伊勢の塩スプレーみたいにオリジナル商品でもないのに? 祥世にはよくわからないが、それでも日々売れていることは、ホームページにリアルタイムランキングが出ていることからも明らかだ。
縁起がいいグッズが欲しい人がこんなにもいるのか、と改めて驚いた。でも言われてみれば祥世だって息子の大学受験の時は、合格祈願にとあらゆる神社仏閣に何度もおまいりしたし、お守りもしこたま買い込んだ。自分のような平凡な主婦ですらそうなのだから、毎年の受験シーズンには売り上げはものすごいことになるだろう。
それに、考えてみれば受験は大学受験だけではない。世の中にはあらゆる資格試験があるのだ。それを応援する家族が、その何倍もいてもおかしくはない。
一方熱海レモンスプレーのほうは、縁起物サイトと違ってとにかく華やかだった。ホームページに、雑誌やテレビで取材された記事がばばーんと載っていた。まだ若い三十代四十代の男女が集まって、なにやらレモンを片手に笑顔で写真に写っている。中にはパフェ子さんもいたし、彼女と同じく車椅子の男性もいた。
『耕作放棄地を活用。地植えされたまま収穫されないみかんが百万本ある静岡で、NPOがSDGsの取組み』
『民間リゾートマンションが所有する温泉の源泉を利用し、レモンのミストを開発』
『築五十年以上を経過した築古リゾートマンションは住民が減少し、年々維持費がかさんでいく傾向にある。そこで、マンションが所有する源泉の温泉水を利用した製品を開発し、地元の商工会などの援助を得て独自に商品化。年間一万本を売り上げ、令和三年の経済産業省地方創世商品化賞を受賞』
代表としてパフェ子さんの横に写っていた女性のインタビュー記事もあった。
『民間が所有する温泉は、十年ごとに管理と届け出が必要ですが、維持し続けるのが難しくそのまま廃泉となるものが珍しくありません。我々はこのような貴重な資源を後世に伝え、また地域の活性化につなげるため……』
なんだか難しい言葉がずらずら並んでいる。要するに余っている温泉水を商品にしたら大ヒットして国から表彰された、ということなのだろう。
祥世は店の中をぐるりと見渡した。それまで気にもとめていなかったが、ここにある商品は全部、パフェ子さんが開発したり、関わったり、会社で売ったりしているものなのだろうか。
(これ全部、パフェ子さんの会社のものなの。じゃあ、一体いくつの会社を経営しているの)
ただのセレクトショップの雑貨棚だと思っていたのに、こうして違う視点で見ると、彼女自身が作り上げた自社商品が数え切れないほどあるのだ。
祥世は口の中に残った桃果汁の甘さもすっかり忘れてしまっていた。カルチャーショックとはまさにこのことだった。だって祥世にとって、勤める会社は一つ、が基本だった。一つの大きな会社に五十年間いることが幸せで普通という価値観はまだ拭えないし、その企業が上場していれば言うことはない。逆に、小さくてワンマンとか出来たばかりの会社には、子供にはあまり就職して欲しくないイメージがある。
彼女はきっと違うのだ。新しくて、小さな会社にいくつも関わっている。ただ雇われるのではなく、おそらくは経営に深く関わるポジションにいる。
(お金持ちなんだわ)
夫が言ったことと違うのは、彼女自身が稼いているってことだ。もちろん実家が太いとかお嬢様とかいうことまではわからないけれど……
(え、でもどうしてそんな人が、こんなところでパフェ屋なんてやってるの??)
と言うことは、このパフェ屋もパフェ子さんの会社の事業の一つってことだ。しかし、一体なんのために? どう考えてもパフェ屋とスプレーが結びつく要素は見当たらないし、パフェ屋がスプレーや縁起物販売以上に儲かりそうな感じもない。
さらに言うとスプレーを売るためならもっと大々的に売り場を作ってもいいだろうに、そこをわざわざパフェ屋にする必要はないはずだ。
しかしながら、本当にパフェ子さんが大ヒット中のスプレーを作っている会社のオーナー、もしくは出資者で、ここに並べられているさまざまな雑貨の中に、彼女が開発した商品がたくさんあるとしたら、祥世には一つ思い当たる理由がある。
(税金対策)
田舎の専業主婦歴が無駄に長いと、都会ではなかなか味わえないような経験を積んでくるものだ。祥世もかつては子育ての合間に働ける場所を探して、さまざまな小さい会社でパートをしたものだった。
都心部と違って地方にはオーナー企業が多く、多くはデジタル化されていないため、レシート管理はノリとハサミで、出し入れ帳尻合わせは現金で、という会社も少なくない。そういう会社では、ただただ郵便物の管理や経費をパソコンにぽちぽち打ち込むだけのために、祥世のようなおばさんが雇われるものなのだ。
だから、経営の細かいことまではわからないけれど、ざっくりとしたことならわかる。ベンチャー企業やファミリー経営の零細企業ほど、税金対策のために儲かりもしない店を出している。商店街や商工会に所属していれば補助金も受けやすいし、いろいろと小回りが利くのだ。
作家・小説家 著作リスト
2000年、『マグダミリア 三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞
小説・漫画原作・脚本。『上流階級』『トッカン』『グランドシャトー』『シャーリーホームズ』『メサイア』『傀儡戦記』『魔界王子